ACT.3

『良く似合ってるな。なかなかのものだ。』

 ワゴン車の中で、俺は”ベル”を褒めた。

 翌週の水曜日、時刻は午前11時30分。

 今日の彼女はいつもとは違い、髪を大人しく纏め、化粧も抑えめで、服装も明るい色のジャケットにインナー、白のストレートパンツと、どこから見ても”ちょっといいところの若奥様”という風情に見える。


『そう?でも私あんまり好きじゃないんだけどな・・・・』彼女はまんざらでもなさそうだったが、それでも少し不満げに言った。


『この眼鏡をかけておけ、真ん中のところにCCDカメラが付いてる。音も拾える優れものだ。それから料理が出たら、一部でもいい。ビニール袋に取って持ち帰ってくれ。いいか、くれぐれも慎重にな』

 彼女は”眼鏡って似合わないのよね”などと言いながら、眼鏡をかけ、ルームミラーを覗く。

 ますます若奥様風だ。

 まあ、確かに彼女は危ない場所を幾つも潜り抜けてきたのは事実だ。そうそう馬鹿な真似はすまい。


 店の前には相変わらず女どもの行列が出来ている。


 たかがランチを摂るのに、30分待ちだそうだ。


『じゃ、行ってくるわね。探偵さん』


 彼女はランクルを降りると、横断歩道を渡り、軽い足取りで店に向かった。


『大丈夫かよ。ダンナ。』

 くわえ煙草のまま、ジョージがいつになく心配そうな声を出す。

『大丈夫か、大丈夫でないか。やってみなけりゃわからん』

 俺はシナモンスティックを咥え、彼女の行く手を見やった。


 しばらくして、車内に据え付けたモニターから、彼女のカメラの映像と音声が届く。


 幾ら性能がいいとはいえ、小指の先ほどのカメラだ。映せる範囲などたかが知れているが、それでも大体の様子は分かった。


 落ち着いた作りだ。

 ”ラ・ブランシュ”という店名通り、内部は殆ど白に統一され、やはり白いアンティークが置かれ、如何にもフランスの田舎のカフェというアレンジにしてある。

 どうやら彼女はしばらく待たされているようだ。

 やがて、順番が着て、例のカマキリみたいな顔をしたギャルソンが現れ、彼女を席に案内した。


 ベルは自然な風を装って頭を動かし、店内の様子を映す。

 席に腰かけた女たちは、うっとりとした表情で、テーブルに置かれたランチプレートの食事を食べている。


 良く、

”食欲を満たすのは性欲を満たすのに似ている”などと、聞いた風なことをぬかす心理学者がいるが、今の彼女たちの表情は正にその通りだった。


 しばらくすると、厨房と客席をつなぐ入り口から、白衣姿をした背の高い色白の痩せた若い男が、まるでメフィストフェレスのように姿を現した。


 女たちの目が一斉に彼の方に集中する。

 彼は丁寧に客席を回り、にこやかに、しかも怪しげな微笑みを浮かべながら女たちに何事か囁いている。


 女たちはさながらハリウッドの映画スターに声をかけられたようにこの男・・・・この店のオーナーシェフだという・・・・の顔を見上げている。


 彼がベルのテーブルにもやってきた。

”いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね”

 気味の悪い声だ。

(後から彼女に確かめたところによると、女であるベルでさえ”何だか気持ちの悪い響きがしたと言っていた)

”当店のランチメニューをご存分に堪能してください”

 丁寧に頭を下げると、別のテーブルに移動していった。

 ベルは素早く、ハンドバッグから取り出したビニール袋に、料理(ひな鳥の胸肉のパテだそうだ)を、周りに気づかれないように収めた。


 食事を済ませ、車に戻ってきたベルに『味の方はどうだった?』と聞くと、

『特に不味くはなかったけれど、称賛するほど美味しくはなかったわ』

 といい、

『何だか頭がくらくらするわ。お願い、帰りにどこかでワインでも飲ませてくれない?』と、まるで嫌なものでも吐き出すような調子で付け加えた。




 


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