ACT.5

 翌日、午後八時、俺がいたのは新宿二丁目・・・・と、こういえば、そこがどんな場所であるか、大方は見当がつくだろう。


 店の名は”レッド・ローズ”

『ママ』が一人で経営している、カウンターしかない、こじんまりしたバァだ。


『ママ』とは言ったが、女性ではない。

 最近は差別がどうとかヘチマだとか、色々五月蠅うるさいから、こうした人種を何と呼んでいいのか分からない。

 要は『姿は男だが、心は女』というべきだろうか。


『あんた、どこであたしのことを調べてきたのさ?』


 カウンターの端っこで、グラスを拭きながら、胡散臭そうな視線を俺に送る。


 七三に分けた髪、白いシャツブラウスに裾の広がったパンタロンという、妙に時代離れした服装。目は大きく、さながら歌舞伎の隈取くまどりの如く彩っていた。

 

 俺は出された二倍ぐらいに薄められたグラス(ワイルドターキーだなんて言ってたが、ウソだな。どうせダルマを薄めた奴だろう)を舐め、

『俺を誰だと思ってるんだ?新宿ジュクの一匹狼だぜ。情報ネタはあっちこっちから入ってくるさ。』

『まさか、警察おまわり密告チンコロするつもりじゃないでしょうね?』

警察おまわりに小遣いを貰って岡っ引きをやるほど落ちぶれちゃいない』

 俺は答えた。

”ママ”はカウンターの下に手を突っ込み、ゴロワーズの箱と、それから見慣れないプラスチックのケースを取り出した。


 まず一本抜き出して火を点け、煙を宙に吐き出し、咥え煙草のまま、俺のところまで歩いてくると、ケースを前に置いた。


『今あるのはこれっきりよ。でも、間違って貰っちゃ困るわ。これは麻薬ヤクでも覚醒剤シャブでもないわ。合法的な”クスリ”よ』


『へぇ、ママが薬剤師の免許を持ってるとは知らなかった。日本じゃ薬機法(旧・薬事法)て法律があってね。医師や薬剤師、または薬剤の専門知識を持った学者以外は、薬剤を取り扱ってはいかんことになってるんだが?』


”ママ”は不機嫌そうに二度煙を宙に吐き、灰皿にゴロワーズをねじ付けた。


『分かったわよ・・・・ほんとのこと言うわ。こいつはね。横浜ハマでセネガル人の船乗りから卸してもらったのよ。それをあの男に分けて、”仕入れ”の方法を教えてやったのよ。それだけ』

『”あの男”ってのはこいつかね?』


 俺はこの間、ベルが盗み撮りした渚慶四郎の写真を見せた。

”ママ”は二本目のゴロワーズに火を点けると、小さくかぶりを振り、

『違うわね。もう一人の・・・・何とかいう。外人みたいな名前の男よ。カマキリみたいな顔した』

『何に使うか、言ってなかったかい?』

『さあ・・・・ただ”これを使えば世界中の女どもはみんな俺たちのものだ”なんてうそぶいてたわね』


『助かったよ。』

 俺はプラスチックのケースを取り、コートのポケットから出した茶封筒にしまうと、代わりに二つ折りにした札(勿論一万円札だ)を五枚ほど、カウンターの上に置いた。

『ねえ、本当に警察おまわり密告チンコロはしないわよね?』

煙と共に、今度は不安そうな眼を俺に向けた。

『言ったろ、俺は岡っ引きじゃないってさ』

『そう・・・・ほっとした。でもあんた、いい男ね。松田優作に似てるって言われたことない?“蘇る金狼”よかったわぁ』媚びを売るような声で俺にいった。

『いい男に似てるって言われて、悪い気はしない。だがそれは逆だな。俺が向こうに似ているんじゃない。向こうが俺に似たんだ』


 また来てね。という声を背中に受け、俺は店を出た。

 俺は腕時計をちらりと見た。


 時刻は午後六時を回ったところだ。

”頃は良し、だな”

 腹の中で呟き、俺は辺りを見回す。

 

 無駄だった。

 店の前に一つだけあった筈の公衆電話も、何時の間にか姿を消していた。

”仕方ない”俺は懐に手を突っ込み、携帯で科研にいる古馴染みを呼び出した。


 外堀は少しづつ埋まってきている。

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