ACT.6

翌日、俺は渋谷のホテル街にいた。

無論ただの”ホテル”ではない。

”ご休憩1時間五千円から”という、そうした類の”ホテル”である。


 前もって店に電話を入れると、向こうからホテルを指定してきて、

”お部屋に入ったらもう一度電話を下さい”と来た。


 俺は言われた通りに道玄坂近くのホテルに入り、そこからまた電話をかける。


 部屋の番号を告げると、

”どんな子がお好みでしょう?”と言ってきた。


”歳は30代、容姿はごく普通。あまり手慣れていないタイプがいいな”

”分かりました。30分でそちらに行かせます。名前は『カスミ』さんと言います。お金はまず彼女に直接渡してください。チェンジは3回まで無料です”

 それだけ告げて電話を切った。


 俺は趣味の悪い部屋の、馬鹿でかいベッドにひっくり返って時間を潰す。


 待つことかっきり30分。

 チャイムが鳴った。

 ドアミラーから覗くと、そこには地味な花柄のワンピースを着て、大ぶりのハンドバッグを持った、どこにでもいるような30代後半と思える女性が立っていた。


 ロックとチェーンを外し、ドアを開ける。


『あのう・・・・”クラブ・パピヨン”から参りました・・・・』


 細く消え入りそうな声で彼女がいう。

 俺が何も言わないでいると、続けてまた、

『チェンジは無しでよろしいでしょうか?』

『うん?ああ、いいよ。中に入って下さい』


 俺が背を向け、部屋に戻ると、彼女も後を着いてくる。

『”カスミ”と申します。よろしくお願いいたします』

 そう言って深々と頭を下げた。

『失礼ですが、最初にお金を・・・・』

 また遠慮がちにそう言った。

 俺は黙ったまま、ポケットから折りたたんだ札を数枚取り出す。

『90分』

『えっ?!』

 俺の声に驚いたように体を震わせる。

『90分で2万3千円だったね?』

『はい・・・・』俺の手から金を受取ると、

”電話をお借りします”といって、ベッドの枕元に置いてある受話器を取った。

 事務所に連絡をしたらしい。

『それじゃ、シャワーを・・・・』


『まあ、そう慌てなさんな。少し話でもしないか?』

 彼女は眼を二・三度瞬き、俺を不思議そうな目で眺める。

『申し訳ないが、カスミさん・・・・俺はこういうものなんだよ』

 俺は懐から認可証ライセンスとバッジを取り出し、彼女に提示した。

『あんた、”ラ・ブランシェ”の常連客だろ?違うかね?』

 俺の問いに、カスミは崩れ落ちるような格好でベッドの端に座り、

『警察ですか?私、逮捕を・・・・』

『心配しなさんな。ただの探偵だからな。俺が知りたいのはあんたが何故こんなマネをしなきゃならなくなったか。それと出来ればあんたが所属している”クラブ・パピヨン”の事務所の所在地を教えてくれないか?他にも知ってることを教えてくれたら、悪いようにはしない』


 彼女は身を縮め、それからしばらく考え、やがて大きく頷いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 四谷にある狭い雑居ビルの五階・・・・と、これだけ書けば、どんな場所であるか、大方の読者はおよそ想像がつくだろう。


 人間がやっと二人すれ違えるほどの狭さの階段を俺はゆっくりと昇った。

(エレベーターがあるだろうって?悪いが俺は階段主義者なんだ。慣れればなんてことはない)


 五階のそのフロアは、ご想像通り、部屋は三つあり、そのうちの一つに、

『クラブ・パピヨン』と、下手くそな字で書かれたプレートが貼り付けてあるドアがあった。


 ドアの下にはもう一つ『許可なきものの立ち入りを禁ず』ともあったが、俺は構わずノブに手をかけ、思い切りドアを開ける。


 がらんとしたオフィスだった。


 俺の事務所なんぞより、もっと何もない。事務机が一つ、業務用と思われる固定電話が二つ置かれてあった。


 と、どこからか聞き覚えのある、それでいて場違いな”声”が耳に届く。

『何の用だ?』

 俺の背後から声がした。

 趣味の悪い柄のシャツを着た、顎の尖った三白眼の男が一人、俺を睨みつけていた。


『ここ、クラブ・パピヨンの事務所だろ?』

『だったら、どうした?』


『実は俺の妹が一人行方不明になってね。こっちで働いてたって噂を聞いたもんだから』

『何のことだか分からねぇな。さっさと帰れ、仕事の邪魔だ』

 男が俺の肩に手をかけて押そうとした。


 俺は奴の手首をつかみ、外側にねじり上げる。


 ものの見事に男は外側に向かって半回転し、そのままテーブルの角に腰をぶつけて、床にたたきつけられた。


 俺は膝で奴のみぞおちを押さえつけ、ホルスターからM1917を抜き、男に突き付ける。

『出来るだけ紳士的にしたかったんだがな。あんたらの目つきが少々危なかったんで強硬手段に出た。悪く思うな』

『な、何の用だ?』

『用ってほどのもんじゃない。”ラ・ブランシェ”と渚慶四郎ってシェフについて教えてもらいたいのさ』

『知らねぇ、俺は何も知らねぇ』

 構わず、俺は奴の額に銃口をねじ付ける。


『俺は警察おまわりほどお優しくはないぜ。』


『何だ?』

 奥から胴間声が響き、ガマガエルみたいに肥った男が、ベルトのバックルを鳴らしながら出てきた。


 俺の姿を見ると、大きく目を向き、背中に手を回してベレッタを抜いてこっちに突き付けた。

 だが、俺の第一射の方が早かった。

 次の瞬間には、ガマガエルは手を抑え、床にひざまづいて、手を抑え、苦しそうに顔をゆがめていた。

 ベレッタは遥か彼方、窓際まで吹っ飛んでいる。


 俺は三白眼の上からゆっくりと立ち上がり、ガマガエルを横目で見ながら、仕切られていたオレンジ色のアコーディオンカーテンを開く。


 ソファが一つあるだけの、一層殺風景な部屋だった。

 ただ、異様に見えたのは・・・・そのソファの上にはブラウスの胸をはだけ、スカートをまくられ、下着を膝まで下ろされた女が一人横たわっていたことだ。

 陶酔したような表情をして、荒い呼吸をしていた。

 女の顔には見覚えがあった。いや、間違いない。

 誰かって?

 ここで言わなきゃならないのか?

 察しのいい諸君なら、分かるだろう?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る