改訂版・夢魔は水曜に囁く
冷門 風之助
ACT.1
その店はこの騒ぎだというのに、見事なくらい、
”女、女、女”
が列を成していた。
場所柄もそうだろうが、どの女も並み以上のファッションに身を包んだ30代半ばから、中には50代半ばくらいまでの、いわゆる、
”いいところの奥様”
と思しき女性ばかりである。
時刻は丁度正午、
場所は代官山、そういえば大体の方は分かると思う。
店の名は、
”ラ・ブランシュ”
適当にお高くって、それでいてお財布には響かないと評判のフレンチ・レストランだ。
今日は水曜日、そしてもっと不思議なことに、このウィークデーのど真ん中だけは、何故か、
『女性限定』となっている。
その中に
『しかし女ってのは余程暇なんだねぇ。こんな日中に家を空けて、わざわざおフランス料理を喰いに、代官山くんだりまでやってくるんだから』
ランド・クルーザーのステアリングに顎を乗せ、ジョージが欠伸混じりに言った。
すると間もなく店の入り口が開き、カマキリのように痩せた、蝶ネクタイ姿のギャルソンが出てきて、
”open"
の札をドアに掲げる。
列を成していた女性たちの目の色が急に変わり、ざわつき始め、先を争ってドアの中に吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『妻を調べてくれませんか?』
男は半分皺くちゃになったハンカチで何度も汗をぬぐい、俺の事務所に入ってくるなり、ソファに腰かけ、同じ言葉を二度繰り返した。
名前を広瀬良太郎。
某有名印刷会社の経理係長を務める。
年齢満40歳、至って平凡な、どこと言って取り柄のない、真面目一辺倒のサラリーマン。どう眺めてもそういう風貌をしている。
『弁護士の田中先生から伺っておられるとは思いますが、私は法律に抵触していなくて、なおかつ私個人が信条としているポリシーに反していなければ、大抵の依頼は引き受けます。ちなみに私のポリシーというのは、結婚と離婚に関わる調査のことです。その点はよくご存じですね?』
『ええ、承知しています。別に私は妻と離婚したいと思っているわけではありません。彼女を愛していますから』
何のためらいもなく、すらすらとそんな言葉が出て、思わず俺は苦笑してしまった。
『まあ結構、ではとりあえずお話だけは先に伺いましょう。その上でお引き受けするかしないかを決めさせて頂きます。それでよろしいですね』
俺の念押しに、彼は大きく頷き、グラスに入れたコーラを飲み干した。
広瀬家は町田市に一戸建ての家を構えている。
家族は良太郎。
妻の菜穂子、38歳。
息子の忠則、17歳。
娘の清美、15歳の3人家族。
問題はその妻菜穂子のことだという。
様子がおかしくなったのは、ここ三か月のことだそうだ。
それまでとは違った服装をするようになった。
化粧が派手になった。
態度がよそよそしくなる。
用事があって自宅の固定電話にかけても留守中である。
スマホにかけても話し中か応答せず。
メールやラインを送ってもなしのつぶて。
帰ってきて訊ねてみても、
”友達との話に夢中になっていた”
つい寝過ごしてしまった。”などと、要領を得ない返答を返すばかりである。
しかしながら、それ以外は至って普通の、どこと言って変わらない普通の妻だという。
そして、何故かそうなるのが、決まって週の真ん中、つまりは”水曜日”であるということだ。
それ以外は特に変わったところはない。
彼曰く、家庭生活は至って円満で、子供達にも格別問題はないという。
『だから余計に気になるんです。』彼は俺が注いでやったコーラをまた一気飲みし、ゲップを二度して、必死な目つきで俺を見た。
『・・・・分かりました。お引き受けしましょう。探偵料は一日六万円、他に必要経費。仮に武器が必要だと判断した場合には、プラス四万円の危険手当を割増しします。後は契約書をお読みになって、間違いがなければサインをお願いします』
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