似ている
「──待ってくれ!」
目覚めは唐突だった。
叫び声と共に勢いよく上半身を上げたのは白髪赤目の少年、ハルだ。何故か必死さを滲ませた様子で周囲へと目を回したハルだったが、そこに自分の求めていたモノがいないことを悟ると消沈したような表情を作った。が、その表情は十秒もしない内に消えていく。
(⋅⋅⋅⋅⋅⋅あれ? 何で俺、ここに⋅⋅⋅⋅⋅?)
頭上に巨大な疑問符を浮かべ、周囲へと目を向けるハル。若干、
「おや、起きたのかい?」
置かれた状況を認められず、困惑するハルに誰かが声をかけた。あまり聞きたくないその声のした方向に渋々と首を曲げたハルはその人物を目にした途端に不機嫌そうに顔を歪めた。
ハルの視線の先。開かれた扉から入ってきたのは深緑色の髪と同色の切れ長の目を持つ女性だ。長い髪を三つ編みで一つに纏め、黒縁の眼鏡をかけている。身長はハルよりも若干高く、白衣の上からでも分かるほどのスタイルの良さ、何よりその美貌は一度見れば忘れられないような輝きを持っていた。
不機嫌そうに自分を見つめるハルを見て、苦笑を浮かべた女性は言った。
「寝起きが悪いようだね。悪い夢でも見てたのかな?」
「あんたの顔見て、苛ついただけだ」
「まあ、酷いじゃないか。私とて一人の女だぞ。少しは優しくしてくれてもいいんじゃないかな」
「少しも傷ついてないくせに何言ってやがる」
「そんな事はないさ。私だって人の子だからね」
胡散臭そうに肩をすくめ、微笑を保ったまま、女性は扉を閉めると、ハルのベッドまで近づいてきた。それを見て慌てて立ち上がろうとしたハルだったが、
「痛ッ⋅⋅⋅⋅⋅⋅!?」
瞬間、右脇腹に痛みが走るのが分かった。突然の不意打ちに困惑するハルだったが、
「無理はしない方がいいよ」
時は既に遅しとでも言うべきか、女性の接近を許してしまった。その事に苛立ちを覚え、動きを阻害するほどの痛みを訴えかける右脇腹を睨み付ける。
ベッドの脇に置かれた椅子に座り込み、言った。
「まだ痛むなら無理はしない方がいい。余計、悪化する可能性があるからね」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅待て」
「にしても驚いたよ。ゆっくりコーヒーを飲みながら読書に耽っていたら泣きじゃくったヒスイと珍しく慌てたアオが君を抱いて入ってきた時は──」
「ちょっと、待てって!」
ハルの強い制止の声に一瞬、キョトンとした様子を見せた女性だったが、すぐにその表情を消し、再び微笑を浮かべた。その笑みが気に食わなかったがそれでも聞きたいと、疑問を口に出した時だ。
「「何で俺はここにいるんだ」」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
「ぷっ──あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
完全に虚を突かれ押し黙るハルを見て女性は面白おかしそうに腹を押さえて笑った。弄ばれた事を自覚し、不機嫌を宿した赤い瞳で女性を睨み付けた。
その視線を直に受けた女性は「おおっと」とわざとらしく両手を挙げながら、
「冗談だよ。そんなに睨まないでおくれよ」
「いいから説明しろ。何で俺はここにいて、寝かされてんだ」
「ハイハイ、分かったよ」
飄々とした様子で言葉の棘をかわしつつ、女性は愛用の黒縁の眼鏡を外し、白衣のポケットから取り出した眼鏡拭きで拭き始めるのと同時進行で説明を始めた。
曰く、突如として猛烈な勢いで
「その後は最初に言ったように、休憩の一時を楽しんでいた私の元に二人と一匹が慌てて駆け込んできたということさ。納得行ったかい?」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
「──? どうしたんだい? また随分と苦い顔を作っているが⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
「あんたが人の顔、勝手に覗き込んでるからだ」
そう一言、憎まれ口を叩くと脇腹の痛みを何とか堪え、女性が座っている反対側から降りた。壁にフックでかけられた上着と愛用の黒いマフラーを取ると、ノロノロと室外に続く扉へと向かった。
「ハル君」
扉のノブへと掴んだと同時、不意に女性の声が投げ掛けられた。
動きを止めたが、振り向こうとはしないハルに女性は先程と打って変わり、真剣そうな眼差しを向けながら嫌に聞き取りやすい声で言った。
「別に君が外へ出ることを止めようとは思わない。それは君の意思だし止めても無駄というのは明白だからね。けど君を心配している人間がいることは知っていてくれ。ヒスイもアオも、私だってその一人だ。もし彼の子供であった君がいなくなるような事があれば、それこそ彼も私達も望んでいない現実だ」
その言葉を背中にハルは扉を強引に開け、同じように強い力で扉を閉め、出ていった。一言も返事は無かったが、“彼”という単語を聞いた瞬間、ハルの身体が僅かに震えたのを女性は少しも見逃さなかった。そして、
「はぁ⋅⋅⋅⋅⋅⋅。せっかく直したのに。ゆっくり開閉して下さいって書いたカードでも提げておこうかな」
とある銀竜の強行突破により一度破壊され脆くなっていた扉が銀竜の主人である少年によって止めを刺された様子を見て、落胆したように肩を
ふと、女性は仕事机の方へと目を向けると、仕事机の右端に置かれた写真立てを見つめる。写真立てに収まるその写真には微笑を浮かべる自分と大きな口をニカッと開き豪快な笑みを浮かべた一人の男が並んで立っている姿が写されている。そして男の肩には肩車された白髪赤目の少年が純粋で楽しそうな笑みを浮かべ、ピースサインを作っていた。
ひどく懐かしいものを見たように微笑を浮かべた女性は答えないと分かっていながらも写真に向け言葉を発した。
「はて、子供のいない私は知らないが、親子は似るものなのかな。──なぁ、レンジ」
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