世界を知った日

 

 地獄と言う場所が本当にあるのだとすれば、それは正にここのような光景が広がっているのだろう。

 実際、それほどの説得力があるほど、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

 崩れ落ちた大地の天蓋が崩壊し積み重なる岩石。最早、建物とは呼べないほどに倒壊し潰され四方八方に散らされた残骸。それらに押し潰され、原型を留めず肉塊とかした元人間、元竜。

 豪炎に晒され尚も不完全な醜態を晒す焼死体。グズグズに溶け、白い骨格を、崩れた筋組織から透明な液体を泡立てる溶死体。

 それ以外にも様々な死に晒され、更地とかした人里。最早、虫一匹すら生き絶えているだろう空間だったが⋅⋅⋅⋅⋅⋅。


「──ん、うぅ」


 そんな地獄の中に思いもよらぬ事か、唯一の生存者が存在した。

 小さな生存者は瓦礫に挟まれ身動きのきかないような細い空間の中で必死に身をよじり、何とか抜け出す。

 それはまだ二桁も行かないような幼い白髪赤目の少年だ。

 まだ幼いにも関わらず、慌てず冷静に自分の置かれた状況を判断しようと、瓦礫の山から抜け出した少年は周囲の景色を赤い瞳に収めようと一周させる。

 見えてきたのは焼けた死。溶けた死。砕けた死。潰れた死。千切れた死──。溢れんばかりの死で艶かしい赤を彩る地獄を見納めた少年は自分の今置かれた状況を完全に理解した。


 ──生き残ってしまった。


 自分が。自分だけが。

 何もかも消えて無くなるはずだった状況の中、自分のみが生き残ってしまったのだ。

 だが、少年の胸中を満たしたのは孤独ではなかった。それどことか、赤い瞳に宿っていた光が歓喜の感情が自己主張激しく勢いを強めていたのだ。


「わぁ⋅⋅⋅⋅⋅⋅すごい」


 決して、何もかも失ってしまった事に何も感じていないわけではない。ただそれ以上に少年の心を強く惹き付けるものがそこにはあった。

 少年の視線の先、真上に存在していた大地と言う天蓋が剥がされ、露になっていたそれは夜空だ。厳密に言えば夜空に散る無数の星群に少年は目を奪われていた。

 自分の過ごしてきた世界にはこんなの美しい光は存在しなかった。あったのは岩壁に張り付く光苔の淡い光だけだった。

 それらに照らされるのはこの世に絶望し、生気のない人々の顔ばかり。もちろんそれだけが全てではなかったが、それらの方が圧倒的に多かったのは間違いはない。

 そのせいか、光苔の光はいつもとても寂しいように感じて。

 しかし、どうだ。この光は。

 背景の暗色を背景に瞬く青や赤、あるいは白の明るく活発な光。全てを包み込んでくれるような優しい光。


 ──もっと近くで見てみたい。あの光を。


 無数の裂傷と打撲に晒された重い体を引き摺り、もしもの為にと作られていた地上へと続く避難路へと向かう。

 血で汚れる事への嫌悪と同胞への情を感じ、なるべく死体は踏まないようにしていたものの、隙間らしい隙間などほとんど見つからない程に道中に転がる死体を完全に避けることは叶わない。

 未だに乾ききらない血や飛び散った臓物に何度も足をとられそうになったが、何とか避難路の入り口まで辿り着くことに成功した。


「──キュウ」


 腕の中で疲弊した様子で細い鳴き声を洩らしたのは美しい銀の鱗を砂利で汚した一頭の竜のひなだ。

 途中、竜舎の残骸の中、親と思われる竜の下敷きとなり、先程の自分同様、動けなくなっていた所を発見し助け出した子だ。

 だが、雛とはいえさすがは竜。大きさの割りに重たい雛を疲弊しているにも関わらず何とか両手で抱き抱え、少年は崩れた地下施設からの脱出を試みる。そして──


「────」


 眼前、外の月明かりが差し込んできているのが分かった。

 今まで外に出ようとは思ったこともなかった。⋅⋅⋅⋅⋅⋅と、言うよりも、世界は今まで見ていたもので完結しているとさえ、思っていた。大人達に外の世界の事を聞いても何かとはぐらかされてきたためにそれは当然のことだ。

 ここを出れば新たな新世界が待ち受けている。ただ、その事に対して恐怖は無い。寧ろ、期待や羨望さえ持っていた。


「よしよし。大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ」


 初めての外界から漏れ出る光を全身で浴び、不安を隠せず体を小刻みに震わす小さな竜を抱き抱えながら少年はその頭を優しく撫でてやる。

 ようやく落ち着いたのか、雛から腕に伝わる震えが引き始めていた。

 雛がちゃんと落ち着いたのを確認すると、「よいしょっ!」と言いながら少年は腕の中で抱え直し、眼前の入り口へと目を向ける。

 その目には迷いなど微塵もない。

 純粋な大きな赤い瞳に溢れんばかりの羨望を宿し、


「──よし! じゃあ、行こうか」


 そう、己と腕の中の雛を鼓舞し、月明かりの差す入り口へと足を踏み出した。


「──ぁ」


 瞬間、少年が進んだのを見計らったように光が強さを増し、勢力を広げていく。

 それはやがて、少年と子竜ごと呑み込む程に大きくなり、やがて──⋅⋅⋅⋅⋅⋅。

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