心配
無数にそびえる樹齢百年単位の巨大樹木が織り成す大自然は見るものを圧巻させることだろう。それほどまでに外観だけなら清涼で美しい自然がそこにはある。
失われた緑が広がる地。絶滅の危機にある人類からしてみれば言葉だけ並べて聞けば楽園そのものであるだろう。⋅⋅⋅⋅⋅⋅最も、無数に
その楽園のような地獄である樹海を見上げるように立つ二つの小さな影──ハルとその愛竜シルの姿があった。
もう何度来たか分からない広大な樹海を
──俺は一体、何のためにこんなこと続けてるんだろうか?
そんな言葉が自分の脳裏で反響している。そしてその疑問が上がったのは今回だけじゃない。ここ数年。いや、ここへ通い始めてずっと思ってしまっていることだ。
仲間を救いたいのだろうか? 違う。単純に未知を解明したいからだろうか? 違う。世界を滅ぼした力を手に入れこの世界を再構築したいからだろうか? 違う。じゃあやっぱり──だろうか? 違う。 では──だからだろうか? 違う、違う。 なら──ではないだろう、か? 違う、違う、違う。全部、あれもこれもそれも何もかも違う、違う、違う違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、全てが違う──!!
自分が想像しうる全ての理由を探れど、それが見つかることはない。それは今も昔も同じことだと。無駄だと分かっていても尚、この苦悩はあたかも呪いのように自分の頭から離れようとしない。抑えられない。
意識して除外しようとしても意識する度、尚強くなってしまう。無論、無意識でも自然と湧き出てしまう。その度に物理的に胸を裂かれるような幻痛、そして脳裏で響く懐かしいあの懐かしい声が途方もない苦痛となり、今も尚、自分を縛り続けている。
それは人類圏の中だろうが外だろうが関係ない。特に常時、命懸けの生存競争が行われているこの腐った地上で、その痛みは行動を鈍らせる
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅シル?」
ふと、ハルの袖端を不意にシルが小さく噛み、軽い力で引っ張ってきた。
その行動に最初こそ戸惑ったハルだったが、すぐにだいたい何を言いたがっているのかは分かった。
ハルはその優しい仕草の相棒に手を伸ばすと鼻先を撫でてやりながら、
「今日は帰ろうってか?」
その言葉に銀竜は声で応えない。だが、そう言っているのは彼女の憂慮の宿る瞳ときちんと見てなければ分からなかった小さな頷きを見れば明らかだった。
今朝の出来事の一部始終を見ていたシルはハルを心配しているのだ。
アオとの問答でハルが精神的に何かを刺激されたのをシルは感じ取っていた。
シルにとってアオは命の恩人であり主人であるハルの大切な親友の一人であり、自分にも優しくしてくれる人物だ。好きか嫌いかで言えば、好きな部類には入る。
だがシルにとっての一番はハルだ。命の恩人であり自分が初めて全力で、命を賭してでも尽くしたいと思えた大切な存在だ。
その大切な存在であるハルが傷つけば当然、シルも同じくらいに傷つくのだ。故にそのような事態は当然、ハルには避けて欲しいと思っている。
ハルが苦しそうに右手で頭を覆った時、シルはアオに対して怒りを覚えていた。アオがハルをただ追い詰めようとしているのではなくハルを心配してのことだと分からなければ、シルはあの場でアオに攻撃を加えていたかもしれない。それほどまでにシルは怒っていたのだ。
だからこそここへ来るまでの間、止まない頭痛に苛まれ続けるハルの状態を心配していた。今のハルの精神状態は非常によろしくない。そんな不安定な状態で危険に晒された時、万が一でも支障がきたすような事があれば、後の祭りだ。故に今回は引き返して休んでもらった方が良いと判断したのだ。だが⋅⋅⋅⋅⋅⋅、
「俺なら大丈夫だよ。ちょっとクラッてきただけだ。このぐらい平気だ」
ハルは微笑を浮かべながらシルの鼻先を撫で続けている。幾度も見たその微笑は自然と呼ぶには余りに不自然かつ雑な、無理矢理作ったような下手くそな笑みだ。
その笑みの下にある哀しい感情をどことなく感じ取れたシルだったがここでの強行手段を取ることはしなかった。少なくとも今はハルの意思を尊重しようと思っていたから。
仮に他人からの干渉で強制的に今の行動をやめさせられたとしてもその時、間違いなくハルは壊れてしまうだろう。部屋に塞ぎ込み、誰とも会いたがらずに
いつの日か諦め、危うい行動をせず、幸せに暮らして欲しい。そのためにはハルの方から折れてくれた方が彼にとっても見切りがつくとシルは思っている。故にもう少しの間は大人しく彼に尽くすのが自分の役割だとシルは心から決めていた。
心配してくれる相棒を優しく撫でながらハルは言った。
「俺がへま仕出かした時、あったか? まあ完全にないとは言えないけど相当なへまは一度も無かった。見てみたお前なら分かるだろ?」
その言葉をシルは無言で肯定した。するしか、なかった。実際に大怪我を負うような事態は今まで一度もなかったのだからなにも言えはしない。
それでも心配を拭いきれない様子の相棒にハルは今できる最高の笑顔を見せ、
「もし俺が無事に帰ってこなかったら、いつもの倍の肉食わしてやる。それで勘弁してくれ」
そう言うと、シルに背を向け樹海の中へと入り込んでいく。その様子をシルは美しくも儚い願いを宿した銀の瞳でハルの姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けていた。
⋅⋅⋅⋅⋅⋅この時、迫る異変を一人と一匹は気づくことが出来なかったのは、同時に後に起こるとある出来事の到来の察知を送らせる事となる。
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