♠️黒い騎士の物語

 この世界の運命は、わずか3人の女神によって紡がれる、一遍の織物であるといいます。

であれば個々の人間はその織物のひとつひとつの織り目であって、

人が死ぬことはその織り目がほどけて世界がもとのばらばらの糸に戻ることを言うのでしょう。



 その昔、トランシルバニアの森や荒野の奥深く、「黒騎士」と呼ばれ恐れられた謎の武者がおりました。

黒騎士は方々の町や村で暴虐をふるい、人々を襲い殺して回っていました。

そして黒騎士に殺された死体からは決まって、両耳が切り取られていたのです。


 黒騎士は騎馬もろとも真っ黒な鎧、黒いマントで身を覆っているため、顔も名も全くわかりません。

ただ黒騎士の騎馬の脚は、運命を告げる女神の騎行よりもはやく死すべき者に迫り、その槍は死神の鎌よりも確実に犠牲いけにえの命を奪うということだけが伝え知られていました。


 数々の屈強の剣士が、報償や名誉を約束されて黒騎士を征伐に向かいましたが、全員が両耳とともに一切を失うことになりました。

そして最後に、モンデキント王国の王子である勇者が招かれたのです。


 勇者は森に出かけ、黒騎士に出会いました。

剣を構え勇者は尋ねました。


「貴下は騎士と称すれど兜に紋章もあらねば、主君への忠誠を示す盾もなかりけり。

おろか、武器以外の一切の金品所持を認める能わず。」


「いかにも。

騎士、武人の価値は金銭でも名誉でもない。

すなわち勝利だ。

誰よりも強く、決して負けないことだ。」


 黒騎士はそう言うと、マントの下から大きな包みを取り出しました。

滅多なことでは動じない勇者も息を呑みました。

それはアルコール漬けにされた、数え切れないほどの人間の耳だったのです。


「これが我が勝利の業績、強さの証だ。

我は自らの強さを証明せんがために生きている。

否、強くあることこそが、我が生命そのものなのだ。

故に我は汝を殺す。

おまえを殺し、生きる。」


 戦いは三日三晩続きました。

そして四日目、強く振り下ろした勇者の剣が黒騎士の兜を打ち、兜は砕けて落ちました。

勇者はあらわになった黒騎士の容貌に慄然りつぜんとして立ちすくみました。

必殺の打撃を受けたにもかかわらず、黒騎士の勢いは止まりません。


 勇者の盾は鏡で出来ていて、それが勇者の命を救いました。

黒騎士の目に、鏡の盾に映る自分の姿が飛び込んできました。

いえ、黒騎士の目というのは誤りでありーー

彼にはもはや目はありませんでした。そこに映っているのは、かつて黒騎士にも目や鼻があったということを、地獄の門のようなぽっかりとした黒い空洞で示している、白々としたしゃれこうべだったのです。


 刹那せつなの後、黒騎士の騎行はまるで糸が切れた操り人形のように停止し、その姿形は打ち砕かれた石膏像のように、ばらばらの鎧や骨の断片となって勇者の足元に散らばりました。


 黒騎士は自分が死んでいることを知らなかったのでしょうか?

おそらくは知っていました、けれど気づいてはいなかったのです。

食事も眠ることも忘れて敵と戦い続け、いつのまにか自分が死んだことにも気づいていませんでした。

肉体も精神も朽ち果て、骨だけになってもまだ強さを追い求める怨霊となって動き続けていたのです。


 けれど黒騎士が鏡を見た瞬間、もうとうの昔に死んでいる彼の視線が、

既にこの世界にいない自分に戻ってきた時、運命の糸を括りあわせていた魔法は解け、黒騎士は消えてなくなってしまったのです。

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短編集:雨と月 ぷろとぷらすと @gotaro

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