先の見えない人生ほど楽しいものはない、歳を取ることだけは勘弁願いたかったが


 のちに、その戦いは「ニューバランス事変」と呼ばれることになった。


***


「本当に。恩に着るよ、ジャネット艦長」


 あれから一か月後の事である。地球の混迷はまだ続いていたが、それに関しては省吾に出来ることは殆どない。

 まずボロボロになったミランドラはとにかく航行すらままならない状態であり、さらに言うと生命維持装置の大半がおしゃかになっていて、遅かれ早かれクルー全員が全滅するかどうかの瀬戸際だったと知ったのは、ロペスによって反乱軍の隠れ基地に曳航された後だった。

 それがちょうど一か月前の事なのである。

 とにかく、全員がひとまずの休息を得ることになるのだが、そこからが大変だった。

 まず最初に行ったのはジャネットたちにファウデンを送ることだ。

 省吾たちは公式にはもはや存在しない者たちである。宇宙海賊ヘルメスなどと名乗ってしまったので、実はかなり危うい立場だったりもする。

 そんな彼らではファウデンの処遇をどうこうできるわけもなく、形はどうあれ正規軍でもあるジャネットにあとを託すことになったのだ。


「英雄として祭り上げられるのはむず痒いのだけど」


 反乱軍の秘密基地の一室。非公式の接触であったが、省吾はジャネットと会談していた。この一か月の間に、ジャネットも忙しくなっている。会談をするのはこれで二度目だ。

 ジャネットも、言ってしまえば正規軍に反旗を翻した一人だが、極悪人ファウデンと戦い、これを見事にとらえたという功績を手土産に軍への復帰が叶った。

 これは元から、戦いの後始末をどうするかを相談したうえで決まったことだ。

 最悪、ジャネットが死んだとしても、ロペスや他の反乱軍メンバー、もしくは信頼できる軍幹部を草の根をわけてでも探し出し、祭り上げる。

 というのも、そうでもしなければ地球の混乱は収まらないからだ。

 それならば省吾たちでもよいという話でもあったが、先にも言った通り宇宙海賊を名乗った手前もあり、もっと言えばフラニーが一番の問題でもあったのだ。 


「ジャネット艦長には色々を迷惑をかける。しかし、これも代償だ。それに、我々は死んだことになった方が都合が良い。そうでなければ、フラニーお嬢さんが孤独になってしまう」


 戦いは終わった。ファウデンはこのまま裁判にかけられることになる。

 極刑を免れることはないだろうが、少なくとも民主的な裁判であることは間違いない。

 世界中の、否、宇宙中の憎悪を向けられることになるだろうが、それは仕方のないことだ。

 全てを受け入れている姿勢もまた、見るものによっては腸が煮えくりかえる思いかもしれないが、それ以上を求めることなどできない。


 だが、人間というのは感情的になると、それ以上を求めてしまう。

 始まったのはフラニーを探しだし、彼女にも罪を償わせようとする行為だ。

 親の因果が子に巡ることなどあってはならないが、無数の惑星の虐殺を黙認し、大量破壊兵器を用いての殺戮、地球のライフラインの停止による甚大な被害を出した男の娘だと考えればそうなってしまうのも無理はない。

 それゆえ、省吾たちは、表舞台から逃げるという選択を取った。

 誰もそれを止めることなどしなかった。


「あの子は無関係だというのに……被害者の一人ではないか」

「そうは思わない連中の方が多い。それに、事情を知らない者たちからすればな。人の無意識の怒りや恨みは、うん、面倒くさい。面倒くさいからさっさと逃げた方が良い。世界中の憎悪を、一人の少女が受けるのは、辛いものだろ」


 ファウデンの犯した罪。虐殺もそうであるが、一人娘がもう二度と表舞台に出ることができないようにしたこと。それは、ある意味では最も残酷なことだ。

 もう彼女はフラニーという名で生活はできないし、恋も出来ない。好きなお店に通うことも学校に行くことも。

 だったら、彼女と共に日陰を進むものたちがいたっていい。

 そしてそれを見守る大人もいる。守ってやらねばならない。

 ジョウェインという男が、本来であれば物語が終わっているはずの男にしては、ずいぶんと良い待遇になったと言えるだろう。


「それに、私の来歴も調べられたら黒いことだらけだろうからな。アンフェールも、生きている間に色々と私に罪を着せていったようだしな」


 ミランドラ隊の殆どはそんな扱いだ。

 省吾、ジョウェインは言わずもがな副長クラスの佐官、マークに至ってはふざけ倒している程の捏造が行われているらしい。逆にそれがあからさまな嘘のように見えてしまっているのはなんともギャグのような話である。

 むしろ事実を証明する方が簡単なほどだ。


「だが、家族の下に戻るものたちについては、そちらで面倒を見てやって欲しい。彼らに責任が及ばぬように」


 以前にも似たような会話をした記憶がある。

 そのことについてはジャネットは確約してくれた。


「それは当然です。新たに再編された宇宙軍の総司令官という立場は便利ですから」

「頼む」


 省吾は深々と頭を下げた。

 すると、自動ドアが開く音と共に、ユリーが紅茶の準備を運んできた。

 

「まぁ、ジョウェイン様を虐めていらっしゃるのですか」

「とんでもない。私がいじめられている。面倒ごとを全て押し付けられたからな」


 ユリーとジャネットはそんな冗談を言い合っていた。

 てきぱきと紅茶を淹れながら、ユリーはごくごく自然に省吾の隣に座る。

 戦いが終わって色々と吹っ切れたのか、ユリーはどうにも大胆になっていた。以前からそんな節はあったが、もうここ最近はべったりであり、他人の目など気にしていなかった。


「愛されているじゃないか」

「う、む……まぁ、悪い気はしない」


 にやにやとジャネットは笑う。

 省吾としてもこういう熱い愛を向けられることが来るとは思ってもいなかったので、恥ずかしかった。

 とはいえ、その全てを受け入れていた。省吾として、ユリーを愛していた。本気の恋をこんな形でするとは思ってもみなかったのだから。


「しかし、本音を言うと、あなた達に海賊を続けてもらうのはこっちとしても便利ではあるのだ。火星と、木星がな。きな臭いことになっている」


 ジャネットは頭を悩ませていた。

 ファウデンは倒れた。ニューバランスも今までの不祥事が明るみになり、解体される。

 しかし地球は途方もない被害を受け、その復興が完全に終わるのは果たして何年かかることか。

 そこに独立志向が高い植民惑星たちがこぞって運動を始める。中には反乱軍を離反し、かといって正規軍に戻らないものまで現れたとも、ニューバランスの中にも裁判を恐れて雲隠れした者もいる。

 このあたりは想定されていたことだが、一番の懸念は火星や木星などの各地に配置されたニューバランスの軍隊だ。彼らはそれぞれが独立した軍隊でもあり、アンフェールのような立場のものたちがそろっている。

 言ってしまえば国だ。


 そんな連中が、この騒動においては静観を決め込んでいた。捕虜となったニューバランスの兵士たちからは、アンフェールは火星艦隊の援軍を待っていたという報告も上がっているが、実際は、火星艦隊は準備すらしていなかったという。

 今回の事件に関しても我関せず、関与せずを貫いていた。不気味なほどに、無関係を主張していた。


「正規軍が、監視を続けていてはいらぬ亀裂が入る。そこで……」

「まぁ妥当な仕事だろうな。宇宙海賊行為を見逃されるわけなのだからな」


 戦いの火種はまだ残っていた。

 頭の痛い話だった。

 はてさて、元になったアニメが続いていたらそんな続編の構想でもあったのだろうか?


(まさかな。打ち切りのOVAだぞ。じゃあ何か、次は火星の貴族たちと戦うってか? いや……あり得るなぁ……)


 どうやら、火星では独特の文化が流行っているらしく、貴族の真似事をしているものが多いとかなんとか。

 木星に至っては奇妙な宗教まで流行っているという話も聞く。

 そんなきな臭い話は開拓された宇宙の様々な所で噂されている。

 それ以上に問題なこともある。

 フィーニッツの所在が不明だということだ。


「あのクソ博士も、混乱に乗じてどこぞに消えたからな。ワープに巻き込まれず、バベルに置き去りにされたことだけは確認したが、円盤の残骸がなかったのだろう?」

「あぁ。トリスメギストスを作った男だ。ある意味で騒動の原因の一人だからな。どこかに潜伏されるとややこしいことになる」

「うーむ……」


 果たしてあの男が、トートやゴエティアと同じものをもう一度作れるかというと怪しいところである。

 あの二体は明らかに異常だった。もし、フィーニッツがデータを全て所持しており、新規開発が可能とすれば、この戦いの最中に開発すればよいだけの話だ。

 そう簡単な話ではないのかもしれないが。


「しかし、もっとわからないのは、トリスメギストス……いやそのコアユニットたちの行方だ。ユーキ少年は、あの二体は果てしない旅にでたと言っていたが? 私も、高速で消えていく光の玉は目視している」


 さらに軍部を不安視させているのは、この戦いでバカげた性能を発揮したトートとゴエティアというAI……もはや人工生命体というべきものの存在だ。

 あの二つは、破壊も封印もされることなく、宙域を離脱し、どこかへと消えていった。


「……心配はいらないのではないか?」


 省吾からしても、その言葉に特に根拠はなかった。

 こればかりはなんとなくでしか言えない。


「ユーキの話を聞く限り。あいつらは、自分たちから身を引いたようだ。自分たちの存在が今後の人類に悪影響を及ぼすことを理解していたらしい。だから、猶予をくれたのだと思う。ゴエティアの方はわからんが……トートは、そこまで人類に絶望も期待もしていない。だから、待っててくれるのではないか?」

「絶望も期待もしていないのにか?」

「だからですよ。フラットなんです。もしかするとどうでも良いことでこっちに戻ってくるかもしれないし、もう二度と会えないかもしれない。愛想を尽かされるかも。だが、それぐらいの関係がちょうどいい。ユーキは、いずれ探しに行くと言っているがね」


 ヘルメス・トリスメギストスだけを残して、トートは去った。

 抜け殻となったあの猿の体にはヘルメス・トリスメギストスのデータのみがのこされていたらしいが、機体データには技術者たちが欲しがるような有意義なデータはなく、ヘルメス・トリスメギストスはさぞ優秀な機体なのだろうと思いきや、パーツの殆どが既存の量産機からの流用だと知った時は驚くと同時にそんなパーツで既存品を上回る性能を発揮する設計にするのはさすがだともいえる。

 だが、多くの者が求めたプラネットキラーを無効化する能力や、無敵を誇る電子戦のシステム、対象を識別できるワープ技術など、明らかなオーバーテクノロジーの数々は綺麗に削除されており、一縷の望みを賭けてバベルの残骸からゴエティアのパーツを探し出そうとしていたものたちもいたらしいが、さてどうなるものか。

 メインとなるシステムがなければ、トリスメギストスとて絶対的な優位性のある機体ではないというのに。


「軍の中には、いずれあのAIが軍勢を率いてくるのではないかと不安になっているものもいる。映画のような話だが、機械の帝国を作るかもしれんだとさ」

「はっはっは! 一体何万年後の話になるのやら。まぁ、可能性としてはゼロではないでしょうな」

「やれやれと言いたくなるな。あんな大きな戦いがあったというのに、まだ戦いをくすぶらせているものたちがいる」


 ジャネットはぐいっと紅茶を飲み干しながらいった。


「そういう空気を作ってしまったのがファウデンだ。これからが大変さ。俺だって困っている。おちおち、ユリーとデートも出来ん」


 わざと、省吾はユリーを抱き寄せながら言った。彼女の暖かさ、柔らかな感触が心地よい。それが、不安を解消させてくれる。


「おい、未婚の女の前でそれをやり続けるのなら、貴様らを法廷に立たせるぞ」


 ジャネットの言葉はほんの少しだけ本気だったかもしれない。


「はっはっは! そうなれば逃げるまでさ」

「フン……あなたは宇宙海賊がお似合いだよ。ま、とにかく、お互いに色々と大変だろうが、頼んだ」

「あぁ、任された。宇宙の平和の為、頑張りましょう」


 そういって、省吾とジャネットは握手を交わした。

 ジャネットはそのまま地球へ戻ることだろう。総司令官殿は色々と忙しいのだ。

 そして、やっと二人きりの時間がやってきた。特に何をいうわけでもない。省吾とユリーは抱き合ったままだ。

 もう来客の予定はない。そのことを二人は知っている。

 だから。


(……これはもう行ってもいいんじゃないか)


 忘れかけそうになるが、省吾のもとの年齢は二十代である。

 そんな若造が、美人な女性と二人きりで良い雰囲気になっていれば、色々と期待するものだ。

 それはもう色々とだ。

 省吾は思い切り、ユリーの両肩を掴んだ。ユリーは拒むことはなかった。

 そして……


「ねぇ聞いてくださいよ艦長! ユーキの奴が!」


 まずはじめにアニッシュが大声で怒鳴りこんできた。


「まぁよろしいじゃありませんか。私たち、海賊ですし。もう法律の庇護下にはいないわけで」


 のんきな声でフラニーもやってくる。


「嘘ですからね! 別に二股してるとかそういう話じゃないですからね!」


 最後にユーキがやってくる。

 そしてその場にいる者は全員が固まる。アニッシュとフラニーは両手で顔を覆っているが、指の隙間から覗いているし、ユーキはおろおろと初めてあった時のような顔をしていた。

 ユリーに至っては放心状態が極まって気を失っていた。

 つまり、どういうことかと言えば。

 ムードが台無しだったというお話。


「お前らは俺を落ち着かせてくれんのか、この馬鹿者どもが!」


 暫くはまだゆっくりは出来そうにない。

 だが、こののんきで幸せな空気を保つ為ならば、活力も出るという事。

 うだつの上がらない人生よりは十分楽しい。

 だからこそ、省吾は、もう転生したことを気にする事はなかった。こういったもの大した理由などないだろうし、仮にあったとしても、自分では理解できないようなものだ。

 ならば、自分の中の正義感を信じて、行動するしかない。それがなぜか宇宙海賊だというのだから皮肉だろう。

 そうなってしまったのだから、受け入れて、やり遂げるまでだ。


(まぁ、死なない程度には頑張るさ。そして時々無茶をすればいい)


***


「そうか……肉体を持つからこそ、欲が生じ、悪となる。だから、神は肉体を必要とせず、ありのまま、超常のままであり続けていたはずだった。しかし、人が神を擬人化し、定義つけたから……では逆もまた然りなのではないか? 肉体を持たぬまま、精神性を保てば、それは、神なのではないか?」


「なればこそ! あれらはヤルダバオトでありデミウルゴスなのではないか。肉体を捨て去った。だから……」


「人は、神になれる……!」



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ロボットアニメの艦長キャラに転生したが、このままでは謀殺されてしまいます 甘味亭太丸 @kanhutomaru

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