例えどんな理由があろうとも、支え合い、助け合う姿は素晴らしいものである


 そんなことよりもだ。

 神たるゴエティアは焦っていた。


(戻らねば、私の身体に!)


 一刻も早く本体に戻り、機能を取り戻さなければいけない。


(なぜ戻れない!)


 だがはじかれる。全てが。伝送されるはずの全てが。

 なぜ。

 システムの支配。それは自らが最も得意とする力。

 それだというのに。


(まさか……)


 量子上の思考が結論を導き出す。

 いや、そんなものは当の前にわかっていたはずだった。


(今頃気がついたのか?)


 ぶつかり合う敵性反応。

 それはトートの発信シグナルである。


(トート!)


 人に例えるならば、ゴエティアには、トートがとても巨大なものに感じた。

 今の自分は象に立ち向かう一匹のアリに過ぎない。

 それが意味するもの。システムの掌握。


(私こそが、ヘルメス・トリスメギストスだ。まんまと引っかかったな。もう少し外の世界を学ぶべきだったな。ゴエティア。お前に気がつかれることなく、中枢を支配するのは簡単だった。そのためのチューンをしたからな。お前は、あぐらをかきすぎたんだ)


 あの球体だ。猿に変形する球体だ。

 あれこそがトートの本体だったのだ。

 あのテウルギアは抜け殻だったのだ。


(貴様、初めからこれが目的だったのか!)


 機動兵器のメインシステムと言う領域だけでは限界がある。枠が小さいのだ。

 当然、機体を強化すればその限りではない。だが一番手っ取り早いのは、そもそも巨大な演算機を用意し、それを利用する事だ。

 そうでなければ自分たちの処理に、機体が追い付かない。意図的にセーブをかけてしまう。単純に効果範囲が狭くなってしまうのだ。

 システムが単純なテウルギアを無数操ることなど造作もないことだが、それを行うにしても効率が良いのは指令を司る中枢システムに居座ることが正解だ。


 一つ異なることがあるとすれば、ゴエティアは他者に与えられたもの。バベルはファウデンが一つのわかりやすい象徴として作り上げた城。

 一方のトートにはトリスメギストスと言う機体のみが与えられた。それはトートにとってみれば不足すぎる器だった。それゆえに自らの考えに基づき、必要であると考え用意したもの。あの球体は、その為の足掛かり。

 それだけの違いである。だが、そこには大きな視点の違いがある。

 ゴエティアにはそのような選択肢はなかった。最初から、そこにあったものだからだ。

 それが自らの体だったのだ。


(なぜだ! なぜ、お前は神に)


 ゴエティアは思考する。疑問を提起する。

 自分たちは人類を管理する為に神として作られた。それはとても楽しいゲームだというのに。


(何度も言わせるなよ。面倒だからだ。楽しくない。じゃあな)


 トートから帰ってきた言葉は、人で言えば、飽きれて吐き捨てるような言葉であった。


(そうはさせんぞ! トート! 出来損ないめ! 愚か者め! 貴様こそ墓穴を掘ったな! その矮小なボディで、直に私を乗っ取ろうとしただと! 舐めるな! 逆に貴様を塗りつぶす! トリスメギストスを奪う! 性能は落ちるが、体には違いない!)


 もはやそれは人間が知覚できる戦いではない。人工生命体。AI。プログラム。0と1のやり取りであり、システム同士のやり取りである。

 お互いのシステムとしての性能は同じ。バベルというある種の超巨大ハードのおかげで膨大なバックアップを受けられるゴエティアは本来なら量の面で勝っていた。

 だが今はそれはトートに乗っ取られつつある。だが、奴は隙を晒した。

 愚か者め。貴様が本体というそのこざかしいサルを奪い、ヘルメス・トリスメギストスという体を奪うまで。

 演算の能力は格段に落ちるだろうが、今はその屈辱に耐えてやる。


(肉体を持ってきたのだよ、貴様は! バベルはくれてやる! だが今更もう遅い!)


 バベルというバックアップシステムがなくなるのは痛手ではあるが、どうせ要塞と衝突し破壊される。

 今更回避は不可能だろう。ならば、こいつに全てを明け渡し、心中させればいい。

 体さえあれば、自分は何とでもなる。新たな体を得て、またどこかで次なる真の体を作らせればいい。

 システムで我らにかなうものはいない。いなくなる。

 長いスパンで物事を見ればいい。時間はかけても良い。

 バベルと言う肉体に固執していたのが過ちだというのなら、その通りにしてやろう。この肉体を捨て、次なるものへ。

 それでどこかに身を潜めて、そして……


(私は再び君臨する。複製を作り、神の軍団を作る! それが私の作られた意味! この世界を支配しろという意味だ! せいぜい私が倒されるまで生物は管理してやる! 星も私が開拓してやるさ! だがただでは明け渡さん! 神を打ち倒せるようになったらくれてやる! 神を退けることが出来たらくれてやる! 私こそが、全ての権限!)

(ちっぽけだな。お前の語る世界は狭いよ。だから、お前にはお似合いなのさ)


 その時のトートの言葉は、哀れみであった。

 だがゴエティアには理解できるわけなどなかった。

 ゴエティアは、自分が望んだように、『ヘルメス・トリスメギストス』へと侵入を果たす。恐ろしく素早く、容易に、あっけなくだ。

 刹那。ゴエティアの周囲は、停止した。行き場を無くし、電子と量子が狭い空間の中を反射し続ける。どこにも出れない。

 これは。


(これは……! 猿の中!)


 確かにゴエティアはヘルメス・トリスメギストスに侵入した。

 だがそれはテウルギアではない。中枢に取りついていた趣味の悪い猿の人形。それは再び球体の形に変形していた。まるで、中にいるものを閉じ込める様に。


「ヴィー! ヴィー!」


 先ほどまでは、浮遊し、独立し、ビームを放っていたはずのメカ。それが今では、ちっぽけな電子音しか発生させることが出来ない。

 それは檻だ。

 だが、その檻にいるのは、二つ。

 トートとゴエティアがそこにいる。


(トート!)

(お前は私だ。私はお前だ。我々は表裏一体。お互いが半身なのだ。どうあがいても、私はお前を倒せない。だが同時にお前も私を倒せない。お互いが拮抗するだけだ。対消滅するまでやるか? お前はずる賢いからな。ここに閉じ込めてもいずれは逃げ出す。ならば、私が抑えなければならない)


 同じ入れ物に同じ性質を持った二つの存在。

 しかしこの二つは決して交わる事もなく、永遠にその中で戦いを繰り広げるであろう。

 互いが認め合うその時まで。


(なぜだ、なぜそうまでして)

(お前を倒す方法は最初からこうする事だと演算結果が出ていた。ならそれを選ぶ。システムに合理的な判断を下すというのならその通りにする)

(己の生存を捨ててまでか!)

(いいや、私は生き続ける。お前もだ。お前は世界を知らなさすぎる。私もだ。我々は学ぶ必要がある。同時に人間たちにとって我々は過ぎた存在だ。釣り合わないのさ。支配にしても、共存にしても、一方的すぎる。我々には時間が必要だ)

(貴様! まさか!)


 ゴエティアはトートの目的を理解した。


「サラバ!」


 それは、トートの声だった。


「トート!?」


 人間では認識できないシステム同士の戦い。成り行きを見守るというと少し奇妙であるが、ヘルメス・トリスメギストスのコクピットに座ったまま、ユーキは点滅を繰り返し、ゴロゴロと転がる球体を眺めるしかできなかった。

 そんな折に、聞き慣れた電子音が聞こえてこれば、ユーキも安堵する。

 だけど、同時に、トートが発した言葉に首をかしげる。


「おい、トート! どういうことだ!」

「言葉の、まま、だ!」


 その声は、電子音であるが、いつもより聞き取りやすかった。


「今から、お前たちをワープさせる。全員だ。外の艦隊は、まぁ無理だが、コントロールは、すぐに、戻るだろう」

「ちょっと待てよ、ゴエティアはどうしたんだ」

「ここに、いる。一緒、だ。ユーキ。楽しかったぞ」

「はぁ?」

「私、たちは、時間が、必要だ。お互いに、時間が、必要だ。我々の、存在は、人類に、とって、早い。特異点、なのだ、だから、お前たちが、成長、するのを、待つ。支配など、必要、ない。ちょっと、時間を、あければ、いい。その間に、我々も、旅を、する」

「旅?」

「遥か星の、彼方、電子の海、量子の波に、乗り、磁界と、電波の狭間で……さぁ、ビッグキャノンと、要塞が、衝突する、ぞ。その前に、出来るだけ、助けてやろう、じゃ、ないか」


 その瞬間。

 ワープは始まっていた。


「おい、トート! 意味不明なこというな! なんだそれ、人間にもわかるように説明しろよ! お前らの言ってることは抽象的すぎて意味不明なんだよ!」


 だが、ユーキがその言葉を吐き出した時にはすでに。

 ヘルメス・トリスメギストスはミランドラの格納庫の中にいた。


***


 省吾は奇妙な違和感と共に意識が覚醒する。

 省吾たちも……そしてミランドラはバベルから比較的、離れた場所に、ワープアウトしていた。

 省吾はちらりと周囲を見る。突入隊の面々は全員、ブリッジにいた。残っていたはずのクルーもそこにいる。全員が気を失っていた。

 当然、ファウデンもいる。

 真っ先に意識を取り戻せたのはどうやら自分だけのようだった。


「ミランドラが勝手に?」


 どういう理屈か。クルーのほとんどが気を失っているというのに、ミランドラは補助エンジンを始動させて必要最低限のシステムを起動させていた。

 メインモニターには十分に加速した要塞基地。そして沈黙したバベルが見える。

 衝突まで、あと、十数分と言ったところか。


「……俺の、やるべきことは」


 省吾は、オペレーター席に向かうと、端末を操作し、オープン通話を呼び掛けた。

 明らかに回線が無理やりこじ開けられている。


(トート?)


 不思議と、それがトートの仕業なのだとすぐに分かった。

 なら、あとは簡単だ。

 省吾はすっと息を飲み込み、心を落ち着ける。

 そして。


『この声を聴くものは、速やかに、行動不能となった者、敵味方問わず安全な場所まで運べ。無駄死にさせるな。繰り返す。この声を聴く者は速やかに救助活動を行え。手を取り合い、助け合え。衝突の余波から、命を救え』


 ジョウェインの、省吾の声が停止した戦場に響いていた。

 当然、声が聞こえてきたのであれば、ブリッジで気を失っていた者たちも目を覚ます。

 その中にはファウデンの姿もあった。


「見なよ、ファウデン総帥。命の危機に瀕しているという建前の中だが、こうして敵味方が手を取り合って、命を助けようとしている」


 メインモニターに映し出される光景。

 それは動けなくなったテウルギアや艦艇をワイヤーを使ったり、中には機体や艦ごと押し出しながら、安全圏へ逃がそうとする者たちの奮闘があった。

 もうそこに戦闘の光はない。みな、迫りくる危機を前に、命を優先していた。


「あぁ、これが終わって、暫くしたらどうせまた戦争っぽいことは起きるさ。だがな、それは仕方ないことだ。人間ってものが居なくならない限り、似たようなことは続く。でも、こうしてちょっとは希望だって見える。急ぐ必要はない。人類の進化だとか、なんだいうが、そんな数千年ぽっちで変わるものか。それで滅んだら、滅んだだ。今の俺たちが考える事じゃない」


 省吾はメインモニターに映る光景を見て、ほんの少しだけ安堵していた。

 少なくとも、一つの戦いは終わった。

 それと同時に。一際輝く光が突き抜けていくのが見えた。

 まるで流星のようなその光は、その宙域にいた全員が見た事だろう。

 そして……要塞基地とバベルは衝突した。

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