熱き心は時に奮起をさせ、想像上の力を出すことを約束するが、ムキになった感情はろくなことを約束しない

「種明かしをしてやる」


 攻撃を続けるユーキがつぶやく。


「お前は、俺たちに釣られたんじゃない。お前が勝手に動いているから、俺たちはそれに対応しているだけだ」


 ゴエティアにはあの人間の言葉の意味が分からない。

 馬鹿にするな。ゴエティアはビームを放つ。

 しかし、何の動作もなく、ヘルメス・トリスメギストスはビームを弾いて見せた。

 まるでこっちの動きを理解しているかのように。

 いともたやすく、面倒なものを弾くように。


「お前は優秀だった。高性能だった。今この世で存在するどんなシステムもお前の前では無力だった。地球のライフラインだって止めて見せた。あぁそれは凄いさ。この戦場だってお前の思うがままだ。だけどな、ここじゃ俺たちは同等だ。そしてお前は守りに入った。性能をすべて出しきれていない。避けたら大切なシステムが壊れるものな。だが、俺たちは、別にシステムが破壊されたってどーでもいいんだ」

「……!?」

「お前がトリスメギストスを相手に遊んだからこうなった。お前が俺を中枢に招き入れた時点でゲームオーバーだ!」


 容赦のない攻撃が続く。

 バリアに弾かれたビームの粒子が飛び散り、中枢周囲に無数の小さな穴をあけていた。

 それはまだ表面のみであるが、これ以上を続ければ無事では済まない。


「敵味方のコントロールが解除されれば、それで十分だ。要塞がビッグキャノンと衝突すれば、それですべてが終わる。あぁ、たくさん巻き込まれるだろうさ! だが、それだけだ! そうなったら運が悪かったと諦めてもらうしかないさ! ここまで来たら、もうあとはなるようにしかならないんだ! わかるか! 俺たちはどうあってもお前の存在を消す! さぁ、どうする。その機体を捨てて、ビッグキャノンも捨てて、電子の海のかなたに身をひそめるか! そうなったらお前が元の性能を取り戻すのに何年かかるかな! お前は地球のライフラインを止めたんだ! 火星か! 木星か! それとも辺境植民地惑星か! 何年かける! それまでにつぶされておしまいだ!」

「ギャオォォォン!」


 獣の叫びだった。

 こいつらは狂っている。それが人間なのか。

 ならそれに付き従う己の半身は何なのだ。トートは何を考えている。


「キサマハ、トート! キサマハ、ソレデ!」

「ベツニ」

「ナニ……?」

「ドートデモ、ナルサ」

「リ、リカイフノウ!」

「ワカランノカ。ドウナッテモ、ソレハ、シカタナイ、コト。ソレイジョウ、カンガエルノハ、アレダ。メンドウ」


 トートからすれば人類の管理など面倒臭いだけだし、やる意味も感じられない。

 ただそれだけの話だ。

 ユーキにしてもそうだ。そんな壮大な話を人が作ったものでやれるとは思っていない。なぜならばしょせん人が作ったものだ。

 それに、トリスメギストスもゴエティアも、いつか人が倒すべき存在して作られたもの。計画者であるファウデンがそう言っていたのだから、そうなのだろう。

 ならその通りにするまでだ。


「人の生き死にを神様が決めるというのなら、そんな神様にはさっさと退場願うだけだ」


 もはやヘルメス・トリスメギストスの攻撃は狙いも何もあったものではない。

 敵の攻撃は容易に防げる。攻撃性能はこちらが上だ。

 仰々しい羽を付け加えただけのトリスメギストスが。

 なぜこうも良いようにされる。なぜメインシステムがトートに妨害される。

 自分とトートは同じ性能を持っている。だが、中枢システムという巨大な演算機によるバックアップがある分、こちらが有利なはず。


「……?」


 ゴエティアは気がついた。

 何かがおかしい。

 何かが足りない。

 ヘルメス・トリスメギストスの攻撃だ。確かに奴はビームの数が減った。だが、減りすぎだ。今、自分を狙うビームの数が、明らかに、少なすぎる。

 それはおかしいことだ。なぜならば、奴には、支援用の独立メカがいたはず。

 それは、どこだ。


「マサカ!」


 嫌な予測がゴエティアというシステムに警告を与えていた。

 ゴエティアは思わず、周囲を確認した。

 それは無意識の行動であった。


「やっと気がついたのか」


 ユーキはそれを見逃さなかった。

 それは、明らかな隙だった。機械であれば、ありえないはずの隙。ゴエティアはそれをさらけ出したのだ。

 ユーキはヘルメス・トリスメギストスを加速させ、ゴエティアへと肉薄した。

 杖を振るい、ゴエティアの頭部を叩き潰そうとする。

 そうはさせまいとゴエティアもまた己の武器で受け止める。

 火花が飛び散り、鍔迫り合いの形となる。

 

「そうだ、避けられまい! それがお前の限界だ! お前は戸惑っているんだよ、感情というものに!」

「ホザク、ナ!」


 ゴエティアは、ここで初めて賭けというものに出た。

 危機が迫っている。これを早く取り除かなくてはならない。

 ワープができない。それは背後にある本体、中枢システムの破損を警戒してだ。だが、今ならば可能だ。こうして敵が間近にいる。この瞬間、ワープを行い、目の前の敵を……否、今まさに本体を乗っ取ろうとしているものを排除して。


「ナゼ、ダ」


 ワープはできない。それどころか、各部が反応を示さない。

 それはおかしい。まだ中枢システムは完全に支配されていないはずだ。なぜならば自分はまだ動いていた。完全に乗っ取られたのなら、気が付くはずだ。


「ダミー……?」


 偽の情報を送り込まれていた?

 まだシステムは掌握されていないと、そう思い込まされていた。

 シグナルも、データも、虚偽を受け取っていたというのか。

 思考の最中、ヘルメス・トリスメギストスの各部の羽から白い稲妻が迸る。

 それぞれの羽がまるで共鳴するように電撃を放ち、ゴエティアの体を駆け巡った。


「!?!?!?」


 凄まじい電流がゴエティアという機体をショートさせていく。

 なぜワープ出来なかったのか。その理由ははっきりとわかる。

 機体が、ゴエティアの機体のコントロールが、奪われている。

 違う。そうではない。奪われているのは。


「ワタシ!」


 機動兵器ゴエティアのカメラアイを通して見えたもの。

 それは、ヘルメス・トリスメギストスが持っていた球体の独立メカ。

 それは、今や、猿のような形に変形して、中枢システムを直にのっとろうとしていた。

 それは、その姿は。


「トート!」

「バーカ。モウ、オソイ」


 ユーキたちは、最初からまともに戦う気などなかった。

 機動兵器であるゴエティアは閃光の中に消えていく。

 もはや替わりの機体を用意している暇などない。

 ゴエティアの意識は、優先するべきことがある。

 本体を、取り戻さねばならない。


「もう遅いって言っただろう。こっちを見誤っていた時点で、お前はもう神様でもなんでもなかったんだ。なまじ、感情なんてものを理解するから。ムキになったんだよ、お前は」


 最後に聞こえた、人間の言葉の意味。

 まるで、意味が分からなかった。

 感情。この神たる私に、感情?

 ふざけるな。

 神という名のプログラムとして、全てを遂行する私に感情など、ない。


 それが、感情であると気が付かないまま。

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