時代に合わない不必要なものは断捨離するべきだ、それが例え神様であっても

 ヘルメス・トリスメギストス。

 三倍も偉大なヘルメスの意である。

 ずいぶんと偉そうな名前がついたものだとユーキは苦笑したが、コクピットの位置は変わらない。変わらず首筋に存在する。

 宇宙服の推進器を使い、ユーキは急ぎ、トートを連れてヘルメス・トリスメギストスへと乗り込む。

 そうはさせまいとゴエティアが動くが、漆黒の機体は光弾によって阻まれる。


 それはヘルメス・トリスメギストスが右手に持っていた球体型のパーツである。それはひとりでに浮遊し、無数の光弾を放った。それそのものが小型のビーム発信機として機能しているようだった。

 当然ながら、ゴエティアもその攻撃に対してバリアを展開する事で対応する。


「どうやらワープは出来ないようだな」


 コクピットに乗り込み、完全にシステムが起動したことを確認したユーキはこつんとトートを小突いた。

 すると、応じるかのようにトートの主電源が入る。

 まるで瞬きするように電子の光が走った。


「ヴィヴィ……ワルイ。マタセタ」


 一瞬ノイズが混ざった音声が流れ、ぽりぽりと、感覚などない癖に、まるで人間らしいしぐさで頭をかくトート。


「本当に一日で完成させたんだな、お前」

「アー……ハイ」

「なんだよ、その含みのある返事」


 ヘルメス・トリスメギストスは、自らの改修案を提案したトートの希望に沿った機体である。

 その開発は、ゴエティアとの初遭遇の時に、万が一を考えて、要塞基地の機材で作らせるだけ作らせてみたものだった。トートの進化は危険視されていたが、脅威に対しては活用するべしというジョウェインの考えがあった。

 間に合うかどうかはさておいても、準備はしておくべきであり、もしもの時に備えるというのは理にかなった行動だ。

 結局、最終決戦が始まる頃には完成に至らず、今になってやっと投入されたもの……のはずである。

 だがトートの返答は明らかに、怪しかった。


「ゴメン。コレ、ヨセアツメ」

「は?」

「アタマ、ドウタイ、イガイ、ホトンド、ラビ・レーブ、ゲオルク、パーツ。コレ」

「はぁぁぁ!?」


 衝撃の事実に驚きつつも、ユーキはこちらめがけて突撃してくるゴエティアを迎え撃った。

 もやは使い慣れた両腕の連装ビーム。その威力はトリスメギストスの頃と何ら変わりはない。変わりはないのだが。


「か、数が減ってる!?」


 目に見えて放たれるビームの本数は減っていた。

 それでもビームであることに変わりはない。それに球体上の独立メカが攻撃の補助を行っている。


「お前まさか、あれに時間を食ったんじゃ!?」


 あの小型の球体は、形状とサイズのわりには明らかにおかしい性能をしていたのだ。


「テヘ」

「馬鹿か!」

「バカ、イウナ。イチニチ、デ、デキル、ワケ、ナイ」

「が、ぐ……正論だけどさ、そこはもっとこう……あぁもう!」


 ユーキは思わず頭を掻きむしりたくなったが、宇宙服のメットのせいでできなかった。

 人工の神になるべく作られたものの一体なのだから、そういう時ぐらいには何か都合のいい性能をしてくれたっていいじゃないかと叫びたくもなった。


「ヨセアツメ! キヒヒヒ!」


 なおかつゴエティアもこちらの機体の正体を見破ったらしい。

 その笑い声は明らかな嘲笑だった。


「ヨセアツメ! ポンコツ!」

「ダマレ。ポンコツ、ハ、オマエ。ココデハ、マトモニ、タタカエ、ナイ。ココガ、オマエノ、ホンタイ、ダカラ」

「ナラバ、キサマラ、ニ、カチメ、ハ、ナイ。ココ、デハ、ワタシ、ガ、カミ!」

「ドウカナ」


 二体の作られた神の低次元な口喧嘩はそこで終わった。

 お互いに、次は機体同士のぶつかり合いを選択していたのだ。


「ユーキ、マズ、ハ、ヤツ、ヲ!」

「あぁ、量産型をあれだけ差し向けて置いて、今更出て来たってことは、こいつも弾切れなんだろう。そうじゃないのか、カミサマ?」


 ゴエティアは答えない。変わりに杖を振るい無数のビーム光弾を放つ。

 寄せ集めのヘルメス・トリスメギストスは、しかし増設された羽がスラスターとしても機能しており、機動力は各段にあがっていた。

 ラビ・レーヴ、ゲオルク。この二機のパーツを流用しているとはいえ、この二機は長く宇宙軍の間で使用された信頼性の高い機体である。さらに言えば、使うものが使えば例えトリスメギストスであっても撃墜寸前にまで追い込む。

 当然それは、トリスメギストスの特異な能力が発動できていない場合である。


 それは、その場にいるユーキも、そして神たるトートもゴエティアとて知らない事実だ。そのことを知っているのはジョウェイン、省吾だけである。

 特異な性能を除けば、テウルギアに大きな優劣はない。

 そしてバベル中枢というこの狭い空間での戦いにおいては、ゴエティアは自慢のワープ戦法も取れない。なぜならばここでバベルが失われれば計画が潰えるからだ。


 しかし、それはユーキたちにも同じことが言える。

 バベルは破壊する。ゴエティアもだ。

 だがその前にしなければいけないことはビッグキャノン発射の阻止である。

 ゴエティアによってコントロールされた戦場を解放しなければならない。ゴエティアはバベルという巨大なバックアップを最大限に活用して、いまだに戦場を混乱に陥れている。

 それは許されない事であるし、神様のやることにしてはせこい。

 第一、戦場で遊ぶような奴に神様のごとき所業を任せていいはずがない。

 それはもはや悪鬼とも呼べるものだ。


「それが、ある側面では神様なのかもしれないけど……!」


 ユーキはヘルメス・トリスメギストスの杖を槍のように構え、突撃する。当然ビームによる弾幕も形成する。

 対するゴエティアは先ほどまでユーキたちがやっていたように壁などを破壊し、それを盾とした。当然、破壊するのはシステムに影響が出ない範囲で。

 それ以外ではバリアを展開したり、己のビームで迎撃である。

 ビームの本数が少なくなったヘルメス・トリスメギストスの攻撃を捌くのはゴエティアにとっては容易な事だった。

 だがそれは貴重な機体であるならばである。


「……!」


 ヘルメス・トリスメギストスは、馬鹿正直に直線的な動きを見せていた。

 当然バリアを展開はしている。そしてその戦い方は今までの戦闘データから導きだされるものだ。

 しかし、それ以上に不可解な動きがあった。

 ヘルメス・トリスメギストスはわざと大きく迂回し、こちらの背後を取ろうとしていた。あわよくばそのまま中枢システムへ突撃を慣行しようとするような動きにも見える。

 ゴエティアは予測する。どうやっても、ヘルメス・トリスメギストスを止めなければいけないのは変わりない。

 奴らの目的はなんだ。戦闘を止める事だ。ならばシステムは無傷で手に入れたいはず。ならば、狙うのは自分。まずは自分を止めるはず。

 だというのに。


「……!」


 こちらに来ない。

 ならばあちらの狙いは中枢システムだ。

 だとしても対処はたやすい。ワープが出来ずとも、粒子操作によるビームの誘導と機体の加速性能で止めればいい。

 単純であり、たやすいこと。無数の光弾がヘルメス・トリスメギストスの前方に飛来する。

 当然、ヘルメス・トリスメギストスは立ち止まる。

 そこまでは予想通り。

 だけど。


「……!?」


 ヘルメス・トリスメギストスはあっさりと進軍を止め、こんどはこちらに向かってくる。それもただ真正面にではない。執拗に、背後を取ろうと動いてくる。

 あちらも誘導ビームをばらまいていた。数は少ない。迎撃は難しくないし、バリアで十分に弾ける。

 だがこと機動性能に置いてはあちらが上だった。羽は飾りではないという事だ。


「ギッ!」


 距離をあけるゴエティア。それは図らずしも、ドッグファイトの形に近かった。

 それはまるで旧世代の戦いだ。目視と背後を取る。宇宙に進出し、レーダーと高速で飛来するビームとミサイル、ジャミングとスモークによる高性能が使う戦いではない。

 原始的な戦いだ。少なくとも神はそう思った。


 かと思えば、こちらが明確な反撃に出ると、ヘルメス・トリスメギストスは情けなくも背中を見せて逃走を図り、またも中枢システムへと向かおうとする。

 当然、それを迎撃しようとすると、わざわざ大回りをして、再びこちらへと向かってくる。

 一貫性のない、どっちつかずの攻撃だった。

 いうなれば、それは「おちょくられている」というべきだろう。


「一発もこちらに当てられていないじゃないか。ヘルメス・トリスメギストスは寄せ集めだぞ?」


 矮小な人間の強がりだ。

 そうだ。あの機体は己の半身たる性能とは程遠い。寄せ集めの出来損ないだ。

 機動性はあるかもしれないが、攻撃性能、防御性能は各段に下がっているはずだ。

 一度でも捉えることが出来れば、落とせる。

 奴らとて、システムに傷をつけたくはないはずだ。このシステムの莫大なフォローがあれば戦場を操ることも簡単だ。

 奴らがこちらの殺戮を止めたいのであれば、無傷で手に入れたいはずだ。

 そうに違いない。神の頭脳を、肉体を、手に入れるはずだ。

 半身ならば、そう考えるはずだ。

 だというのに。


「お前の相手は飽きた。時間がない。システムの掌握はあきらめるとする」


 突如として、ヘルメス・トリスメギストスはドッグファイトを中断して、その攻撃の矛先をシステムへと向けた。

 なんの躊躇もなく、何のためらいもなく。奴は、攻撃を放った。

 刹那。ゴエティアは防衛本能が働いたのか。それとも、の恐怖を感じたのか。

 その時、ゴエティアは虎の子であるワープを使った。

 己を守る為に。バリアを展開して。


「!?!?!?」


 なおもヘルメス・トリスメギストスの攻撃は続く。

 容赦がない。連中はこれを破壊するつもりだ。だがそれは奪取したあとでのつもりはないのか。

 ならば、こちらとて容赦はしない。考えがある。無駄な攻撃を続けると良い。

 防御に徹するだけと思うがいい。

 私は、神なのだぞ。この戦場を支配する神。

 手段はいくらでもある。時間を掛ければいい。それが命取りになる。

 バベルにはまだ稼働していない一般のテウルギアが残っている。量産品の自分と比べれば格段に性能が劣るし、場合によっては破損しているのが大半だが、数だけはある。

 それらをここに投入すれば良い。

 そのはずだった。


「コントロール……! フノウ!?」


 何者かがメインシステムを妨害している。

 そんなことが出来るのは、トートしかいない。

 だが、トートは、目の前に。ヘルメス・トリスメギストスが目の前に。


「なまじ、知能を持ったのが、仇となったんだよ。お前は、神じゃない。神の座から降りたんだ。ゴエティア。今のお前は、獣だ」


 ユーキの声。

 ヘルメス・トリスメギストスの放つ無数のビームが迫る。

 そのすべてを弾きながら、ゴエティアは叫んだ。

 それは、まさしく、獣だった。

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