神々の黄昏にはまだ早い、見限るには惜しい存在だと思いたいものだ

 ゴエティアと共にバベルへと突入したトリスメギストスであったが、その機体の損傷は酷いものだった。美しい彫刻のようだった装甲はひび割れ、特に貫かれていた右肩はいつの間にかどこかへと千切れ飛んでいた。無貌の顔にも亀裂が走り、武装の殆ども機能を停止している。まともに使えるのは左側の五連ビームとバリア程度だが、それとて果たしてどこまで機能するか。

 だがそれは対峙するゴエティアも同じだ。トリスメギストスによって首を掴まれ、バベル突入の際には盾として使われていた。

 となれば、必然的に損傷が高くなる。漆黒の機体は四肢をもがれ、その腹部にはバベルの構造物の破片が剣のように突き刺さっていた。


 トリスメギストスはもはや残骸となったゴエティアを無造作に放り投げる。

 それでも、警戒を解くことはなかった。

 パイロットのユーキも、コアであるトートも。

 『抜け殻』に固執するつもりはないのだ。

 彼らがたどり着いたのはバベルの中でもひときわ広い空間を持つ場所。格納庫である。本来であれば五隻の戦艦を収納できるスペースはがらんどうであり、空虚が広がっていた。


「トート、ゴエティアは逃げたのか?」

「ニゲタ、ト、イウヨリ、カエッテイッタ」

「帰った? じゃやっぱりこのビッグキャノンが奴の本体」

「マチガイナイ」


 だからこそゴエティアの抜け殻を相手している暇はなかった。

 予想通り、自分たちは今、ゴエティアの本体の中にいる。場合によっては掌の上、術中の中にいると言っても過言ではないだろう。

 もはやユーキは今後一切、何が起きてもおかしくないと腹をくくっていた。

 もとより自分が操るトリスメギストスも随分と意味不明な挙動をするマシーンである。それと同じ性能を持つ敵がいるのだし、何よりこいつらが自分を複製することができることを忘れていない。


「頼んだぞ、トート」

「ウム。ダイジョウブ、カ?」

「多分、やってみる。それより中枢へのルートを出して。最悪、この機体は放棄する。それより、フラニーは……」

「イキテル。ミンナ。テニ、トルヨウニ、ワカル」

「ならいい」


 気が付けばフラニーの姿がなかった。突入と同時にトートがワープさせたことぐらいはわかる。行き先も。

 彼女は彼女の決着を付けに行ったのだろう。

 それで一つの区切りはつく。あとは自分だ。


「全く……なんで僕がこんなことを」


 苦笑と共に文句も出る。

 ちょっと前までは田舎の惑星で機械いじりをしていただけだというのに、今じゃ世界の命運をかけた戦いをしているし、宇宙海賊の真似事までしている。

 命のやり取りもしたし、たくさんの命を奪った。

 生き残る為だったし、今更それを言い訳するつもりもない。

 いやこれもすべてはファウデンとかいう爺さんが悪い。ユーキは短い間に随分と考え方が図太くなったと自覚していた。


「文句はおしまい。さっさと終わらせよう」


 トリスメギストスはあちこちガタが来ている。

 それでもまだ動く。ナノマシンによる自己修復があるとはいえ、それは劇的なものではない。装甲や武装の修復が完全におわるのは果たして何か月、いや何年かかるか。

 あまり都合の良いナノマシンではないことはわかっているのだ。


「トート、あとは頼むぞ」

「ウム」


 刹那、一瞬だけ、トリスメギストスのシステムがオフラインになる。

 それを確認したユーキは手動でシステムを再起動させた。

 傍らにいたトートは、省電力モードに切り替わっていた。今、トリスメギストスは、ずたぼろのテウルギアでしかない。メインコアであるトートは、彼の戦いを始めたのだ。


「機体を乗っ取られない為の保護もさて、どれだけ持つか。急がなきゃな」


 ユーキはトリスメギストスを進ませる。まずは格納庫を出なければいけない。

 メインモニターに表示された簡易的な地図。バベルの内部を示したものだが、それが指し示す先はメインシステムが鎮座する空間だ。

 いうなればそれこそがゴエティアの本体。この狂った戦場を作り出している元凶。

 これを何とかする。その為にユーキとトートは二手に分かれたのである。


「やっぱり来たか……!」


 アラート。熱源反応。数は三。

 前方方向。ロックオン警報。照射の光!


「う、くっ!」


 トリスメギストスは残った左手をかざし、バリアを展開する。

 プラズマ同士の接触による発光と衝撃。本来であれば軽々と防げるはずなのに、今のトリスメギストスには酷いダメージとなる。

 遅れてやっとトリスメギストスのメインカメラが敵を捉える。

 火力支援用装備のラビ・レーヴが二体。それを引き連れるようにして浮かんでいるのは、ゴエティアであった。


「どーせそんなことだろうと思ったんだよ!」


 自己複製をしていないわけがない。

 先ほどまで戦っていたゴエティアが妙に動きが悪かったのはこの為だろうとユーキは考えていた。戦場を操るという動作だけではない。ゴエティアはバベルの操作も行っていたのだ。

 同時にそれは、バベル内部の整備システムを使って次の体の準備をしている可能性だってあった。

 それは的中したということだ。

 ただ唯一の救いは、目の前にいるゴエティアが、明らかにみすぼらしいということだ。各部の形状はまさしくゴエティアであるが、装備にしろ、全体的な姿は明らかに簡易的である。

 いうなれば量産型と呼ぶべきか。


「なんにせよ、今のトリスメギストスでは脅威に違いない……!」


 半壊したトリスメギストスではラビ・レーヴすらも悪鬼のように見えてしまう程だ。

 しかし、ここを潜り抜けなければいけない。

 ユーキは出力の分配を調整する。左腕と推進機能に殆どのパワーを回す。この時点で生命維持装置などの機能は大幅に低下しているが、それは宇宙服が補う。

 あとは最低限のレーダーと地図のみ。通路そのものは一方通行を示している。

 ならばあとは突撃するしかない。

 ユーキは大きく呼吸をした。

 そして。


「ぐっ!」


 突撃。

 ビームバリアを最大に展開し、馬鹿正直に突き進む。

 当然迎撃されるが、バリアはなんとかそれを防いでくれていた。だが、プラズマ衝突による余波は容赦なくトリスメギストスにダメージを与えていく。


「どけぇ!」


 ビームバリアごとの体当たり。

 もはやそれしか攻撃手段はない。立ちふさがる三体の敵。ゴエティアは難なくこちらの突撃を避けていたが、ラビ・レーヴは火力支援の為か動くことなく、その場にとどまり、バリアに押しつぶされていった。


「背後に回るのが、好きだな、こいつは!」


 ゴエティアは勝ち誇ったように背後に回り込んできた。

 ユーキは即座にバリアを解除して、ビームを乱射する。狭い通路での弾幕である。

 ゴエティアと言えど、量産型。装備が整っていない。だから、ワープも出来ていない。

 奴はいま、機動力で回避している。

 それにユーキも直撃を狙ってなどいない。周囲の壁を撃ち抜き、残骸を放出させることにだけ集中していた。

 なおかつその爆発の勢いで加速する。当然、トリスメギストスへのダメージは蓄積するが、構うことはない。

 今はなんとしても中枢へとたどり着かなくてはいけないのだから。


「相手をしている暇はないけど……! 相手にしなきゃやられるか!?」


 爆炎をくぐりぬけたゴエティア。

 やはりその動きは単調だ。背後を取ることしか考えていない。

 とすれば、ゴエティア本体はまだ何かをやっているのだろう。もしもゴエティアがフルで操作をしていれば、自分は即座に落とされている。

 

「うおっ!」


 回し蹴り。

 トリスメギストスは機体を大きく振り回すようにして、右足でゴエティアを蹴り飛ばす。バキバキと金属のへしゃげる音が響く。トリスメギストスの右足はそれで使い物にならなくなった。

 代わりに、ゴエティアの左腕を潰すことができたが、相手もまた残った右手で握る拳銃のようなビーム砲を発射。

 トリスメギストスの脇腹をえぐる。


「コクピットが首でよかった……!」


 胴体にあったら、今ので致命傷である。

 お返しと言わんばかりに、トリスメギストスは左腕を使い、ゴエティアの胴体にボディブローを撃ち込む。

 二発連続、そして三発目はバリアを展開し、貫く。

 爆発と共にゴエティアの反応が消失する。

 だが気を抜けない。抜いていないはずなのに、トリスメギストスの残った左足が撃ち抜かれた。


「また新しい反応!」


 トリスメギストスのレーダーは新たな敵を捉えていた。

 数は二つ。ゴエティアだ。


「何体いるんだ!?」


 前方の二体のゴエティアよりビームが照射される。

 そうなればこちらもバリアを展開するしかない。

 二発のビームを弾く。左手の指の一本が吹き飛んでいくのが見えた。

 ユーキはバリアを解除して、ビーム射撃へと移行する。弾幕を張るしかない。

 それも避けられる。敵の攻撃。

 雨のように降り注ぐビーム!

 バリアを展開しても、その粒子が突き抜け、装甲を焼いていた。


「こ、この!」


 ユーキは咄嗟に機体を翻し、流れてきた残骸を盾にして、進む。

 それもものの数秒で穴だらけになる。

 そうなった残骸を投擲して、再び壁にビームを当てる。そんなことの繰り返しだ。

 確実にダメージは増えている。

 気が付けば敵の反応は増えている。どこから現れたのか、また二体のゴエティアが出現していた。

 構うことはない。もう突っ切るしかない。


 ビームが容赦なく襲い掛かる。バリアはまだ機能していたが、明らかに効力が弱まっている。

 目的地はもうすぐだ。あともう少し加速すれば、たどり着ける。

 暗闇の先。電子の光が見えた。

 それが、目的地。


「あと、もう少し!」


 刹那。

 トリスメギストスの左腕が爆炎と共に吹き飛ぶ。

 同時にビームが頭部を撃ち抜いた。えぐり飛ばされ、装甲が消える。

 コクピットが露わになった。

 ユーキはトートを抱きかかえて、シートを蹴り、無重力空間に躍り出た。

 投棄されたトリスメギストスの胴体は、まるでその場にとどまり、盾になってくれているかのようだった。

 でも、ユーキは振り向かない。宇宙服に内蔵された小型のスラスターを使い、移動を続ける。

 敵は、まだ迫っている。


「……ッ!」


 目の前に漆黒の巨人が現れる。

 ゴエティア。量産型などではない。何度も自分たちを苦しめたあのゴエティアがそこにいる。予備のボディだろう。このバベルが奴の本体であるのなら、あんな量産型だけが置いてあるわけがない。むしろ、あの量産型は急遽用意されたものだろう。

 初めから、こいつはここにいたのだ。

 己の中枢システムを守る為に。


「う、囲まれた!?」


 いつの間にか四体の量産型も自分を囲む様に展開している。

 四つのビームガンが銃口を向けている。

 ゴエティアが杖の振り上げた。

 そして。号令のように、振り下ろす。

 放たれる四つの光。一直線に眩い閃光は、へと伸びた。


「……!」


 ゴエティアの動きには人間らしい動揺が見て取れた。

 当然だ。この場にいる量産型は自分の制御下にあるはずだった。

 それが、いつの間にか、遮断されている。

 さらに、量産型たちは己の頭部をビームガンで撃ち抜く。瞬く間にゴエティアの手ごまは沈黙した。


 同時に、ユーキとゴエティアの間に割って入るように。

 一体のテウルギアがワープを果たす。

 その姿は。増設されたスラスターがマントのように展開し、九枚の羽根のようにも見えた。

 右手には球体状のパーツを持ち、左手には羽根を模した杖。

 頭部に二つの羽根、両腕部にも二つの羽根、両足の踵にも二つの羽根。

 

 その名は。


「ヘルメス・トリスメギストス……」

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