なんでもできると思い込んでいる人に限っていつも詰めが甘いのは常識なのかもしれない
──パンッ
乾いた音が響いた。
その場にいた全員が目を見開いたことだろう。
「ぐ、うっ!?」
しばらくの後、苦悶の表情を浮かべ、うずくまるのはファウデンであった。
「頭を……」
同時に、うずくまる父をまるで見下ろすように立っていたのはフラニーであった。
彼女を狙った弾丸は、宇宙服の背中、ちょうど酸素などの生命維持に必要な装置が組み込まれた最も頑丈な場所だった。
だがそれだけではない。装置を貫通した弾丸はそれでも十分な殺傷能力を持つ。
それでもフラニーは生きていた。
「頭を狙わなかったのは、せめてもの情けだったのでしょうね。それが、あなたの命運を分けたのです」
フラニーはまるで見せびらかすように、宇宙服の胸元を開けた。そこには鉄板が仕込まれていた。テウルギアの装甲材、その切れ端である。
切れ端とはいえ、宇宙で活動する機動兵器の装甲だ。銃弾程度は弾く。それを背中にもしまっておいたのだ。
そしてそれは、トリスメギストスの純白の装甲であった。
「お守りです。艦長さんが、絶対にもっておけと言うので、重たくてしかたありませんでしたわ」
そう、この状態こそ、省吾が予想していたものだった。
いや、予想というよりはおせっかいというべきか。
「艦長!? あんた、どこまで読んでいたんだ?」
フラニーの言葉に、マークがみなを代表するかのように驚き、その場の視線が一斉に省吾を見た。
「むしろ外れて欲しいだろう……こんな胸糞の悪いことなど」
一方の省吾は複雑な心境である。
もはや原作とは異なる展開を迎えた今。何よりフラニーは父に会うということを決めていた。それを知った時点で、省吾はファウデンが彼女に何か危害を加える恐れを予想していた。
ある意味では外れて欲しい考えであった。
さらに言えばその考えに至ったのはなんてことはない。
『アニメではよくある展開』という身もふたもないものだ。
当然、それは彼女たちには言えない事であったが。
「常に悪いことを予想する。それは正しい考え方ですわ」
それによって命を助けられたフラニーだからこそ言える言葉でもある。
彼女は手にした拳銃の引き金を一切の躊躇なく引いていたのだ。放たれた弾丸は、今まさに自殺しようとしていたファウデンの右手を貫き、彼が手にしていた拳銃を弾き飛ばしていたのだった。
それができたのも、極端な事を言えば省吾のお陰でもある。
「フラニー……お前は……!」
「父といえど、私はあなたを撃つことに何のためらいもありません。仮に、あなたの頭に当たったとしても、それはそれ。覚悟の上です。艦長様は、あなたを殺すなと言っていましたが」
いかにファウデンと言えど、右手を貫かれては感情も噴出する。
それでも激高せず、痛みを耐えるのみであるのは、ある意味では彼らしい姿であった。
なぜ娘が生きているのか。疑問ではあったが、策を弄していたのだろうと即座に理解した。そしてもはや自分の腕は使い物にならないことも理解していた。
この場において、ファウデンは自死を諦める以外に選択肢はなかった。
例え舌をかみ切ろうとしても、即座に止められるだけだった。
「アンフェールは……くたばってるか。一発ぶんなぐってやりたかったが、死人に鞭うつ必要もあるまい」
部下たちが急ぎ、ファウデンを拘束するのを見て、省吾は、無重力に浮かび上がるアンフェールの亡骸を目にした。それを見たところで、何の感情も浮かばなかった。
殴ってやろうと思った感情はどこに行ったのか。もうでもいい事だった。
もう、省吾はアンフェールと言う男の事を記憶に残す事を辞めた。
それに、まだ戦いは終わっていない。戦争の光は続いている。
トリスメギストスはまだゴエティアと戦っているのだろう。
その結果次第では、この現状も無駄に終わってしまいかねない。
「どうせ、あんたの事だ。緊急停止プログラムなんて都合の良いものは用意していないのだろうな」
膝立ちの形で拘束を受け、止血と痛み止めのアンプルを打ち込まれたファウデンに対して、省吾はしゃがんで目線を合わせた。
真正面に捉えたファウデンの顔は、なんとも複雑だ。己が自死を選択できない事は諦めているが、自身の目的はまだ終わっていない。そういったところか。
こういう妙な方向に覚悟の決まった老人と言い争いをするつもりは毛頭ない。
「よくも、やってくれたな……とでも言っておく」
「そうかい。残念だが、俺はあんたに対して何かを言うつもりも、問答をするつもりは一切ない。あんただって、人の話を聞くつもりはないだろう。聞く前に殺したからな。大勢を。だからあんたの素晴らしい思想なんてどうでも良いんだ。ただ、俺はあんたが気持ち悪いから排除したに過ぎない。あんたにとやかくいう権利があるのは、あんたが殺した者たちの遺族、そして、実の娘だけだ」
彼の目には、もう矮小な老人にしか見えなかった。
「いや、一つだけあるな。俺はあんたに絶対にしてもらいたい事がある。フラニーお嬢さんと、ユリーに謝罪をしろ」
そうだ。自分がこの老人に怒りを覚えたのはこれだったはずだ。
一番に怒ったのは、このことだったのだ。
「お前がどれだけ崇高な思想と理念を持っているかは知らん。だが、やったことに対して、謝るのが人間ってものだ。それも何か、あなたはそれすら行うつもりはないと、己を正当化するのか」
無理やり、頭を押さえつけてやっても良かった。
でもそれをしないのは省吾自身の誇りの為だ。本来なら引きずりまわしてでもやりたい事だが、それをやる権利は、省吾にはないのだから。
しかし、ファウデンは無言、無表情だった。痛み止めが効いているとはいえ、腕の激痛はまだ残っているだろうに。先程までは苦痛に顔をゆがめていたはずなのに。
もう、無表情だった。娘の顔を見ようともしていない。
「……所詮、あんたはその程度の」
省吾が言い終わらぬうちに、また乾いた音が鳴った。
それは銃声ではない。フラニーの平手打ちがファウデンの頬を打った音だ。
「お、お嬢様!」
ユリーからすれば、フラニーのその行動は驚くべきことだったかもしれない。
「子供のような我儘を。意地を張って。情けない。自分がすべてを俯瞰してみているつもりなど……! 見ていて恥ずかしい! あなたは神様を気取るだけの、愚図でしかないわ! あまつさえ、私とユリーの人生を狂わせ、日の当たらない人生に貶めた! 私はもう、素顔と本名で日の下を歩けない! それでもう、満足しなさい! もう十分でしょう!」
ゴッという鈍い音。
フラニーの渾身の右ストレートだった。
その行為はさすがに、省吾としても予想外だった。
とても良い音が鳴った。
「あ、おいヤバいぞ! 脈止まってないか!?」
「アンプル! アンプル! 心臓殴れ!」
「じ、人工呼吸するか!?」
部下たちがすさまじく慌てていた。
だが……
「ふぅー……すっきりしますね!」
フラニーは、今まで見た事がないぐらいに、笑顔だった。
部下たちが必至にファウデンの蘇生を行っている。何とか脈が戻ってきたらしい。
そんな光景に、不謹慎ではあるが、省吾は……久々に大きく笑った気がする。
「はっはっは! お嬢さんをここまで連れてきた甲斐があったというものだ!
! はっはっは!」
これで、一つの問題は片付いた。
物事の決着は、シンプルな方が良い。ダメな親を、しっかりものの子供が殴る。とても痛快ではないか。さすがに死なれたら困るのだが、それ以上に、痛快だった。
死を軽んじているわけではない。だが、それだけの事をしてきた男への仕打ちとしては十分に優しい。そして十分なものだ。
あとの事は、社会が決める。
ある意味で、ファウデンは幸せだろう。実の娘の本音と拳を味わえたのだから。
(さて、ユーキ。あとはお前だ。お前が、この世界の主人公なんだからな)
この最終決戦。
もうジョウェインという男の役目は終わった。
本来であれば、もっと早くに終わるはずの運命だ。それが今なお生きながらえている。それだけでも十分ではないだろうか。
省吾はもう、後の事を「主人公」に任せるしかない。
その結果が何であれ……
(まぁ……ハッピーエンド以外は認めるつもりはないが)
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