お久しぶりですお元気でしたでしょうか? それでは今までのお礼をのしを付けてお返しいたします
バベル内部は驚くほどにがらんどうで、人の気配もなければ自動迎撃装置のようなものすらなかった。あるとすれば監視カメラや外壁損傷を抑えるねばっとした液体を射出する機能ぐらいである。この液体は化学反応を起こして硬質化することで穴をふさぐものであるが、あまりにも穴が大きいとふさぐ前に宇宙に放り出されてしまう。
省吾たちはそんな液体にだけ注意して、ライフルや拳銃を構えたままバベルの上層構造物を目指した。
順当にいけばそれが管制塔に繋がるはずだった。バベルは巨大すぎる要塞であり、迷路のようになっている。本来であれば多くの人員がいてしかるべき兵器なのだろうが、ここまで人の存在がないのは不気味であり、廃墟のようにも感じられた。
あまりにも抵抗がない。それこそが逆に彼らの動きに制限をかけているのである。
「いきなり切断してくるレーザーが網目のようになって襲ってくるなどということはないだろうな?」
思わずそんなことをつぶやく省吾。
するとそれを聞いていたらしいマークが小さく笑っていた。
「ははは! そうなったら一貫の終わりですな」
「笑いごとじゃないぞ。人類抹殺を目論んでるような爺さんだ。人命の事なんざ考えているわけがない。実はこのビッグキャノンに大量の核弾頭が仕込まれていて、地球に落とすなんてこともあり得るんだからな」
容赦なく惑星一つを犠牲にして、今まさに友軍すらも手ごまとして扱っている男が相手だ。最悪の事を常に考えるべきなのである。
さらに相手は、地球のライフラインすら停止させている。この一分一秒の間にどれだけの混乱が起きているか、想像も絶することだろう。
人間は機械がなくとも確かに生きていくことはできるだろう。しかし機械技術が発達した今、それに助けられている事実もまた存在する。
それらが唐突に、全てを取り上げられては、それはさっそく災害である。電子機器のサポートがなければ航空機などは針路を見失うし、通信機器が使えないのであれば、緊急の連絡も出来ない。
情報が遮断され、食品は保存することができない。夜の灯りも消え、寒さや暑さを耐える機能もなければ、生命維持を必要とするものたちは等しく死を迎える。
これを、機械文明に頼り切ったものへの罰というにはあまりにも酷い。
もはや議論を跳び越えた横暴である。
「つまるところ、あの爺さんは文明を後退させようって言うのだ。人類にまた原始人からやり直させて、再構築を目論んでいる。あぁ、クソ、古臭いSF小説じゃあるまい」
「ですが、それだとこのビッグキャノンだとかゴエティアはどう説明するんですかい?」
マークの疑問は最もだったが、省吾はそれに対してもある程度の推測を立てていた。
「監視者だろう。あの爺さんの頭の中では人類は誤った進化と成長を遂げている。だから一端白紙に戻して新しい文明を再興させる。その際に不必要なものを消し去る為の装置が欲しい。そしてそれすらも跳ねのけるような技術を作れば……合格って言いたいのだろう」
「それって破綻してませんか?」
通路を進みながら議論を続ける一同。
その中でアニッシュが思わず疑問を口にした。
「ファウデン総帥は科学を否定したいんですか? それとも肯定したいんですか?」
「知らん。あいつの頭の中では何かしらのロジックが働いているんだろうが、俺たちには到底理解が及ばん。意地悪な答え方をすれば、どっちでもあるんだろう。ただ今の技術や人間には期待してない。生まれるかどうかもわからない未来の新人類に期待を寄せている。それが生まれるまでゴエティアやこのビッグキャノンを使って延々と文明を滅ぼす。その繰り返しだろうさ」
正直なところを言えば、省吾のこの言葉は哲学などを齧っているとかではなく、もっと俗的な、アニメや漫画でよく見かける超越者ぶった黒幕のよくある考えを口にしているに過ぎない。
だが物事というのはつながっている。極端な思想というのは創作と現実の境を簡単に超えてくるものである。
古来の人類、それこそまだ神の存在を信じていた頃はそういうある種の死生観がまかり通り生贄や人身御供が推奨されてきた。
それを時の権力者が利用していたというのも事実であろうが、同時に根底ではそういう考えが根幹に根付いており信じていたからこその行動もである。
ファウデンもまた同じだろう。彼には彼なりの信じる正義があるというわけだ。
だが、その正義は他の者にとっては毒にしかならない。
「あの爺さんは自分の行いこそが全人類に対する正当な裁きであり、これを受けることが正しいと思っている。自分の中の正義に酔ってるんだよ。これをしなければ世界は平和にならないと本気で思い込んでいる。頭がいかれてるのさ」
「人を殺すのが正義なんですか? 無関係の人を巻き込んでまでやることが?」
「だから言ってるだろう。あいつの中ではそうなんだ。アニッシュ、今のうちに言っておくが、あの爺さんに正義だなんだの問答は無意味だ。何を言ったところで聞き入れはしない。もはや、俺たちの常識とは違う何かで動いている」
超越者を気取るものは独自の正義で行動してる。
それを否定することなどできはしない。すること自体が無駄なのである。
それでも言いたくなるのが人間であるが、当然通じないからイライラする。対して相手はノーダメージだろう。完全に別のロジックが構成されており、それを否定する為の理屈もその者の中では揃っている。完全な防御だ。だから通じない。平然と出来る。中には、その思想に完全に染まり切れずにいる者もいるだろうが、ファウデンは恐らく完全に覚悟を決めている。
「各員に通達する。ファウデン総帥を見つけたら……殺すな。捕らえろ」
省吾は宇宙服内蔵の通信機をオープンにして語った。
「いいな。これが厳命だ。あの男は殺すな。自殺を図る場合は止めろ。あの爺さんは俺たちには理解できない思考で動いている。仮に、あの爺さんを殺したところで、あいつは満足して死んでいくだろう。そんな勝ち逃げを私は許さない。奴には、奴が否定した人類の文化で裁かれるべきだ。それが本当の否定につながる。ムカつくかもしれないが、奴は俺たちの感情で殺していい相手ではない。人類が、処断するべき存在だ。例えそれが残酷でもな」
それを言い終えると、省吾らはエレベーターを発見する。
これを使えば、一気に上層構造物までたどり着くだろう。このエレベーターに罠が仕掛けられてる不安はある。しかし、彼らは乗り込んだ。もちろん部隊は複数に分けている。エレベーターに乗り込むは省吾やマーク、アニッシュ、そしてユリーを含めた数人の隊員。他の陸戦隊たちは別の区画から目指す。誰が欠けても良いように分けたのだ。
途中、バベルには大きな振動が起きていた。
「ユーキ……無事かしら」
アニッシュの心配の声がぽつりと漏れる。
ゴエティアと共にバベル内部へと突入したユーキとフラニー。場所はわからないが、トリスメギストスは今もどこかでゴエティアと戦闘を続けていることだろう。
ファウデンを止めても、今度はゴエティアも止めなければならない。やることは山積みだった。
「今は彼を信じるしかない。なに、彼は負けないさ。男の子ってのは彼女がいると見栄を張りたくなる」
いつになくしおらしいアニッシュに省吾はまるで自分の娘を見るかのような気分だった。結婚も、子供もいないのに、それは不思議な感情である。
「……そうですね」
アニッシュもまたそれを否定しなかった。
今までの彼女であれば、ユーキとの関係を否定したりするだろうが、それはもうなかった。
「艦長さんを見てるとそう思えます。お似合いですよ」
こんな冗談まで言えるようになっていた。
言われた方のユリーは宇宙服の奥で顔を赤くしていたが、省吾は余裕の笑みをかえした。
「私だって本気の恋をすれば、奮起するものだ。こういう恋も出来ない世界にしようとしてる爺さんを殴ってでも止めなきゃならん。こそこそ機械の神様の睨まれていてはキスも出来んからな」
省吾はそういって、わざとユリーを抱き寄せた。それはかつての自分からは想像もできない行動であったが、もう気にしてなどいなかった。
「ジョウェイン様、今は……」
「そうですぜ艦長。いちゃつくのは生き残ってからだ」
ユリーとマークに窘められつつ、省吾は小さく頷いて拳銃の再確認をする。
銃なぞ触ったことなどないのに、ジョウェインの体は手順を覚えている。弾丸がきちんと装填されていること、安全装置も外れていること、そのほか必要なチェックを済ませて、省吾は引き金には触らないように構えた。
「さて、そろそろ最上階に着きますぜ」
マークと他の戦闘部隊の面々がまずは前を固める。防護用の盾を構え、エレベーターの扉が開く。やはり迎撃はなかった。ゆっくりと慎重に進みながら、通路の安全を確認が終わると、彼らは飛び出し、駆け出す。通路は一本道だった。乗員用の個室もなければ調整などを行う作業室の存在も見受けられない。
長い、長い一本道が続ている。その最奥に、非常灯で照らされた扉が見える。
「恐らく、あれが管制室か?」
省吾は一端、深呼吸をしてから周りに目配せをした。
そこに、あの男がいるはずだからだ。今更逃げることなどはしないだろう。
「行くぞ」
ここまで来て、まともな迎撃がないのであれば、ファウデンにはこちらを止めるつもりはないのかもしれない。
省吾は自分の推測が嫌な意味で当たっているのかもしれないと感じた。
(やはり、あの爺さんは自分が死ぬことすら考慮している。例え自分が殺されても目的が達成できる自信でもあるんだろう。ゴエティアやトリスメギストスが完成した時点で奴の目的の殆どは完遂されたのかもしれない。だとしても、奴にとっての誤算は……)
扉へと近づく。やはり迎撃はない。
そして……。
「よし、扉に細工があるかもしれん。グレネードで吹き飛ばせ」
マークもまた用心をしたうえでそのような大胆な行動に出た。彼に言われた通り、隊員の一人は手投げ式のグレネードを投擲しようと前に出る。
しかし、そんなことをする前に、扉は自動的に開いた。
そして、そこにあったのはなんとも奇妙な光景だった。
本来ならそこにいるはずもないフラニーが、拳銃を構えて、実の父親と対峙しているのである。
ファウデン総帥とフラニー、そして二人に挟まれるようにして地に伏しているのはアンフェールの死体だった。
「フラニーお嬢さん!」
その姿を見た彼らは即座に駆け出した。
いるはずのない場所にいる。それはいつかトリスメギストスがやったワープに似ている。それと同じことが起きたのかもしれない。
銃を構えているのはフラニーだけではなく、ファウデンもであった。
「皆さん……?」
瞬間、フラニーは背後からやってくる省吾たちに意識を向けたのか、はっと後ろを振り向いてしまった。
と同時に。
発砲音が響き、フラニーの体は無重力を、舞った。
「さらば。愛しき娘よ。これで、私の贖罪は終わる」
発砲した拳銃を手に、ファウデンはその銃口を自身の側頭部に密着させていた。
そして……。
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