そこのけ、そこのけ宇宙海賊が通るぞ!

 緻密な計画などそこにはない。

 しかし時にはシンプルなものほど、うまく行く。

 組織を率いて、暗躍をする男なのだから、裏の裏があるに決まっていると誰もが思う。だが、そんなものなどなく、実際はひたすらに、愚直に、一つのゴールを目指して邁進しているだけの男がいれば、深読みの考察など空回りする。


「みんな、今すぐにトリスメギストスの周りに集まってください!」

『ユーキ、何言ってるのよ。あいつを放置してたら……!』


 アニッシュはビームバリアーを展開しつつ、トリスメギストスの援護を行っていたが、ユーキの突拍子もない言葉に驚愕していた。


『この化け物を放置してていいのか!? ビッグキャノンはほっといても要塞基地との衝突でぶっ壊れるぞ!』


 マークも同じく驚きを隠せないでいた。

 そう、要塞基地を衝突させることでバベルを破壊する。仮にビームが照射されても破片などによるダメージは馬鹿にならない。それらを見越したうえで要塞基地を質量爆弾として使う作戦が考案されたのである。


「ですが、コントロールされた艦隊は逃げれません」


 その言葉にアニッシュもマークもハッとした。

 ゴエティアによる支配を受けたマシンは酷いものだった。爆発を繰り返しながら、例え砲台が潰えても特攻を強要される戦艦。テウルギアに至っては弾幕の盾にされ、無意味に散っていく。

 そんな扱いを受けた者たちがこの戦場にはたくさんいるのだ。


「例え、この人たちが敵でも、こんなふざけた戦いで命を落としていいはずがない。巻き込まれただけなんですよ、僕たちと同じで! だから、その元凶を止める! ビッグキャノンを、掌握する!」


 ユーキがそう叫ぶと、トリスメギストスの周囲には光の粒子が集まる。

 それはいつかあった大規模なワープの兆候だった。

 だが、それは非常に目立つ。ゴエティアがそれを逃すわけなどなかった。

 ゴエティアは当然の如くワープを行う。


「ワンパターンなんだよ、お前は!」


 その姿を見て、ユーキは冷ややか視線を送った。

 トリスメギストスは無防備な姿をさらし、両腕を広げ、防御の態勢を崩す。

 直後、目の前にゴエティアが現れ、杖を振るう。

 しかし……


「だーかーら……学習をしろって、言ってるんだよ」


 振るわれた杖は、トリスメギストスの右肩を貫いていた。だが、胴体部分からの切断まではいかず、杖は右肩を貫いたはいいが、深々と突き刺さったそれを引き抜くことは容易ではない。

 その隙を逃すことなく、トリスメギストスは残った左腕でゴエティアの首を掴む。

 トリスメギストスの行動を、ゴエティアは理解できないだろう。損傷を負うことを前提とした戦いは非効率である。


「リカイフノウ……!」

「これが、人間の戦い方だ!」


 表面装甲が削られる程度のダメージは必要経費として、必ず生まれるものとして処理すればいい。しかし、だとしても被害は最小限に抑えることが絶対の条件である。

 機体の損害は、忌むべきものなのだ。

 それは、なまじ理性があるからやってしまうことだった。

 だからこそ、理解などできるはずもない。

 肉を切らせて骨を断つ。そのような戦い方を、同種の存在が認めるなどということが、できるわけがない。

 

「コワレテモ、ナオセバイイ。ソレガ、ロボット、ダ。ボク、タチハ、ソレガデキル。ケッペキショウ、メ」


 そのトートの言葉の意味を理解できぬまま、ゴエティアは光に包まれた。

 刹那。その場にいたマシンたちは全てワープをしていた。

 目標は、バベル。


***


 同じころ。

 ミランドラは凄まじい揺れの中、しかし乗員たちは意気揚々といった所だった。

 いかなる攻撃も、今ミランドラに括り付けている円盤が受け止めてくれている。危なく成ればアンカーを切り離しておさらば。

 そんなことをしていると悪趣味ともいえるかもしれないが、もっと悪趣味なことをした奴がいるのだから、これは自業自得というものだった。


『やめろ! 私を解放しろ!』

「それは無理な相談だな。逃げたければ逃げればいい。脱出艇ぐらいあるだろ」


 省吾はメインモニターの向こう側。顔を真っ青にして、シートにしがみつくフィーニッツを眺めながら、もはやこの老人がどうなろうか知ったことではないという風に答えた。

 省吾としては盾にした時点でこの老人への意趣返しは終わっていた。今、フィーニッツが感じている恐怖は、パーシーが本来感じたであろう恐怖以上のものだと思うが、それだけだ。

 それを味合わせれば別にこの老人が逃げようが何をしようが構うことはないとすら思っていた。


「まさか、脱出艇がないというわけか? だとしたら、自分の準備不足を恨むのだな」


 だがかといって、省吾はこの老人を助けてやろうとは思わない。

 仮にこの戦いが終結して、それでも生き残っているのであれば、その時はまた別のことを考えるまでだ。

 むしろ、省吾の意識はフィーニッツよりもバベルへと向けられている。


「艦長、ワープアウト反応を検知しました。これは、トリスメギストスの波長です」

「なに?」


 その反応はミランドラの前方二十キロメートル先に現れていた。


「ゴエティアを倒したのか」


 そうつぶやいた矢先、ワープアウトして現れたのは取っ組み合いをするトリスメギストスとゴエティアであり、この二機はワープアウトと同時にバベルへと一直線に突き進んでいく。

 残るアニッシュの機体と戦闘機隊は唖然としているのか、その場に漂ったままだった。


「トリスメギストス。聞こえるか。何をしようとしている」


 省吾は、その状況を見つつも、それが悪いものではないと感じた。

 ユーキという少年が何かをやろうとしている。それを見定める必要がある。


『艦長さん! トリスメギストスはこのビッグキャノンを掌握します!』

「なに?」

『艦長さんだって気が付いているんでしょう。このビッグキャノンが今この戦場をコントロールしているって!』


 その通りである。

 省吾とユーキは過程はどうあれ結論としてはほぼ同じものをみちびきだしていた。

 だから両者ともに、バベルを破壊するべきだと認識しているのである。


『ですが、コントロールされた他の艦隊たちまで巻き添えにしてやる必要はありません! 狂った老人の身勝手なわがままに付き合わされる必要はないんです! だから!』


 トリスメギストスとゴエティアはそのままバベルの外壁を突き破るようにして、内部へと突入していくのが見えた。


「トリスメギストスを援護するぞ! アニッシュ機とマーク隊を回収急げ! 各員、陸戦用意だ!」


 省吾の決断もまた早かった。

 自分で口にしておいて、省吾は思わず驚く。


(陸戦って、勢いで言ってしまったが、俺は銃なんて使えるのだろうか)


 それは、ジョウェインの知識に頼るしかない。

 だが、省吾の号令により、ミランドラの乗員たちは陸戦の準備を始めていた。


「艦長、宇宙服を」


 クラートが持ってきた宇宙服は一応の防弾処理が施されていた。

 そんなものに腕を通しながら、省吾はライフルも担がされる。

 ミランドラ艦内では非戦闘員たちも宇宙服を身に着け、中央区画へと避難を開始し、戦闘員たちはライフルを手にしていた。


「ジョウェイン様……」


 そんな中、ただ一人、ユリーだけは中央区画ではなく、艦橋へと上がり、省吾の真横へとやってきていた。


「ユリー? すまない、ちょっと騒がしくなる」


 なぜ中央区画にいないのか、とは言えなかった。

 ユリーの手は震えていたからだ。


「もうすでに騒がしいです。それに、とても怖いですけど……あなたがそばにいるなら、我慢できます」


 ユリーはそういって、省吾の腕に抱き着くように寄り添った。

 それを見て、茶化す乗員はもう誰もいない。彼らはすでにやるべきことを見定めているから、あとはそれをやり遂げるだけなのだと理解しているから。

 このバカげた戦いを終わらせる。

 それをやるのは自分たちであると、わかっているから。


「俺はこれから突入をしなきゃならない。元親分に挨拶にいかないといけないからな」

「ついていきます。私も、旦那様には色々と言いたいことがありますから」

「……わかった。俺たちのそばから離れないでくれよ」

「はい、二度と離れません」


 その言葉の意味を、省吾は問うことはしなかった。


「わかった。ケス突入後のミランドラの指揮を任せる。いいな?」

「了解です艦長。お気をつけて」


 ケスはそういって、敬礼をする。

 省吾もまたそれを敬礼で返した。

 そして、オペレーターたちからアニッシュたちの回収が終わったことの報告を受け、省吾は頷き、再び叫んだ。


「突っ込!」


 ミランドラはその残った力を吐き出すように、メインブースターを点火。フィーニッツの円盤ごと、バベルへと突撃を敢行する。全主砲、ミサイル、とにかくありとあらゆる武器を放ち、突入口を開くというのだ。

 バベルはその巨体故、戦艦クラスを内部に五隻は収められる構造をしていた。しかし、どこが入り口なのかさっぱりわからないため、そんなことで時間を費やしたくないと考えたミランドラ隊は無理やり入り口を作るというのである。

 そうした集中砲火を受けたバベルの一区画に大きな爆発が起き、わずかな空洞が見えた。


「上陸するぞ!」


 言ってしまえばそれはスキーのようだった。

 ミランドラは減速を始め、バベルへと接舷する。しかし、ミランドラの後部には円盤が括り付けられている。不時着する形となってしまったミランドラであるが、円盤をそりの代わりにすれば大したダメージはなかった。

 そのままバベルの表面を滑りながら、ミランドラは周囲の装甲をえぐりつつ降り立つことに成功した。

 しかし、いくら円盤が盾になったとはいえ、ミランドラの受けた衝撃とダメージは軽いものではない。

 一時的な機能不全を示す停電と、予備電源による薄暗い照明が灯される。


「整備班はミランドラの調整を行え、戦闘員たちはビッグキャノン内部に突入をしろ! オペレーター諸君、我々はミランドラを死守する。いいな!」


 指揮系統がケスへと譲渡され、ケスは即座に指示を投げ込んだ。

 その間、省吾はユリーと共に格納庫まで急ぐ。そこでは状況を理解したらしい、マークたちが陸戦装備に身を包んでいた。


「マーク、陸戦でも頼むぞ!」

「はいはい、機動兵器から戦闘機、今度は歩兵の真似事だぜ。あんたといると色んな戦いができるなぁ」

「いいから俺たちを守れ。それと、ユーキたちを迎えに行くぞ」

「アイアイサー。船で乗り込んで、生身の兵隊で突撃。こりゃ本当に中世の海賊ですな」

「当然だろ。忘れたか? 俺たちは宇宙海賊ヘルメスだと、名乗っただろ?」

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