狂った思想家ほど自分の行いを正当化する為の無敵の理論を兼ね備えているから放置もできない

「えぇい、一体なにが起きているのだ。なぜ外の状況が把握できん」


 バベルの管制室にて、アンフェールは全く機能しない管制システムに苛立ち、拳でモニターをたたき割りそうになる感情を何とか堪えていた。

 ここにワープして、最初のうちはまだ友軍との通信は取れていたのだが、ゴエティアが戦闘を始めた当たりからすべての通信周波数が遮断され、外との連絡は一切封鎖された状態であった。

 唯一わかるのはモニターされた戦場ぐらいで、こちら側から何かしらの指示を送ることすらできない状態だった。


「ゴエティアめ、ファウデンめ……我が方の艦隊を操作するのは良いが、これでは無駄な消耗を続けるだけではないか」


 まるで子供が玩具を散らかすように、ニューバランス艦隊の動きは酷いものとなっていた。果たして、兵士たちもどこまで自由に行動できているか……何よりこの状況がある意味でアンフェールにとってもまずいことだった。

 バベルの発射準備はまだ整っていないが、仮に準備が完了した際に、射線上に友軍がいるのでは撃ち込むことができない。

 アンフェールとしても使える手ごまが減るのは避けたいのだ。


「だが、一番気がかりなのは、あの裏切者の巡洋艦であるが……」


 アンフェールはモニターをチェックしながら、円盤を盾にするようにアンカーで無理やりドッキングしたミランドラを眺める。

 忌々しい艦である。あれはまだこちらに近づこうとしていた。それを阻止するべくゴエティアがコントロールする友軍艦隊が妙に足並みのそろわない動きでまばらな攻撃を仕掛けているが、それが無意味なものであるのは、アンフェールも理解をするところである。


「やはりこちらの言うことを聞かぬ兵器は不必要だな。バベルの直撃を受ければあのマシンも消えるだろうが……」


 アンフェールはシートに深く腰掛け、腕を組みながら状況を見守るしかなかった。

 バベルのコントロールは不思議なことに掌握はされていない。それ自体にも何か作為的なものは感じるが、少なくともバベルがチャージを完了すれば先に引き金を引けるのは自分である。

 しかし、それでは友軍を巻き添えにしてしまう。手ごまが減るのは痛いところであるし、ここで友軍殺しを助長するようなことがあれば組織はもはや立て直せなくなる。


「火星艦隊が残っているとはいえ、現在の主力艦隊を失うような真似だけは避けたい。しかし、このままコントロールを続けられてはバベルの射線上の艦隊は消滅する。何より、接近してきている要塞をどうにかせねばならん……」


 バベルを撃ち込めれば接近を続ける要塞基地は破壊できずとも、進路を逸らすことはできるはずである。

 砲身が破損しても本体が無事ならば時間はかかれど修理はできる。用意が出来次第撃ち込むべきだった。

 しかし、射線に友軍がいてはそれも厳しい。巻き込む形で照射できればいいが、それであると後々の言い訳が必要となってくる。

 何より、このまま黙って見過ごしていては、遅かれ早かれ要塞基地はバベルと衝突する。そんなことになればこのバベルも粉々となり、修復だのなんだのと言えるような状態ではなくなるのだ。


「それにしても、なぜバベルの射線上に友軍を固定したがる。敵を縫い付けようにもそれでは意味がないことぐらい、わかるであろう。すでにバベルのビッグキャノンの正体はバレているのだ……敵艦隊に直撃させるにしても……」


 その時、アンフェールはふと違和感を覚えた。


「待てよ、そもそも……なぜバベルはチャージされている?」


 主砲のエネルギーチャージは自分がここへワープするよりも前に始まっていた気がする。自分が指示を出したからとやるにはいささかタイミングがずれていた。

 それに、はじめはゴエティアがこちらの援護をしていると思っていたが、冷静に今の状況を鑑みると、そうは思えない。

 ならば、なぜ自分はここにいる。わざわざ自分の戦艦から、意味不明なワープをさせられた理由はなんだ。


「ファウデンめ……俺を謀るつもりか? 俺ならば、友軍ごとバベルを照射すると思っているのか? 馬鹿め、俺とてやるべき手段は考える。隠ぺい工作も出来んような場面で友軍殺しなどできるものかよ」


 馬鹿にしやがって。

 俺を猪突猛進するだけの男だと勘違いしている。

 奴は艦隊消滅の罪を俺に着せようとしているのだ。自分は惑星の虐殺をしておいて、今更なことを。

 アンフェールの頭の中はその実、自らの保身をどうするかでいっぱいであった。

 だがその自己保身の考えがある意味では、彼を首の皮一枚で繋げている状態であるのも事実である。


「だから、貴様はいつまでも二流なのだ、アンフェール」


 その声を聞いた瞬間。

 アンフェールはぎょっとした。

 なぜこの男がここにいる。いや、構うものか。

 アンフェールは振り向きざま、懐の拳銃を取り出そうとした。

 しかし、それよりも先に、腹部に衝撃が走った。鋭い痛みが感覚を鈍らせる。撃たれた。そのことに気が付いた時には、二発、三発目が体に撃ち込まれていた。


「う、ご、おぉ……」


 三発目は態勢を崩したところに撃ち込まれたせいか、アンフェールの喉を貫いていた。そのせいで、彼はもはや声を上げることも、呼吸をすることも出来なかった。

 それでも、アンフェールは、ファウデンを睨みつける。


「お前はずる賢いからな。確実に、この手で殺しておきたかった。貴様は抹殺するべき人間の一人だ。仮に取り逃がしでもしたら厄介であるからな……」


 コツコツと靴を鳴らしながら、ファウデンが姿を見せる。いつ、そこにいたのかは、意識が朦朧とするアンフェールには考えもつかない。

 ファウデンは右手に拳銃を握っていた。

 そしてアンフェールを見下ろしながら、無表情のまま語った。


「アル・ミナーの時に私を殺さなかったのが貴様の運の尽きだ。いや……部下に裏切られた時からか?」


 ファウデンは拳銃をしまい、アンフェールを横切ると管制室の中央の座敷に腰かけた。


「お前も、権力と資源を貪る下等な人間だ。私の下で、ずいぶんと好き勝手をやって来たではないか。惑星の破壊、住民の虐殺……それは到底許さぬことだ」


 アンフェールは、ファウデンが何を言っているのか全く理解できなかった。

 この男は何を言いたいのだろうか。

 それを黙認していたのは貴様だ。それを指示したのは貴様だ。薄れゆく意識を、それでもと奮い立たせ、アンフェールが呪いを込めた視線をファウデンへと向けた。

 だが、当のファウデンは涼しい顔でそれを受け止めていた。


「そして、それらを許したのは私である。ならば、貴様を処分することは同時に贖罪へと繋がろう。開拓惑星住民の虐殺を容認し、黙認してきた罪を、まずは貴様を殺すことで注ぐ。そして、トリスメギストス、ゴエティアのどちらかで惑星を再生させ、人類を新たなステージへと導くことで私の全ては許される」


 さも、それが当然であるかのように、ファウデンは言った。


「私は裁かれるべき人間である。私が作り上げたもの許されざるものである。子も、組織も、そして神も。いずれ人類はそれらを打ち倒し、次なるステージへ上る。あぁ、それこそが私がやるべきことだ。人類の積み重ねてきた罪の全てを、私は背負い、浄化する。その為の痛みも、受け止めよう」


 もうその言葉を聞くことなくアンフェールが意識を手放した。

 ファウデンもまたアンフェールの事などどうでもよかった。自らの罪の一つは今ここで精算した。あとは……この場のいる兵士たちを全て消し去る。

 そして、娘も。己という罪人が生み出した、罪の証。自らの子を捧げることで、覚悟とし、そして子が自分の罪を背負うことなく殺してやることがせめてもの情けであると。


「フラニーよ……祝福もされず、生まれでることも出来なかった者たちの死骸の上で生まれた我が娘よ。お前は私の愛おしい娘であり、傲慢の証明であり、最も殺さねばならぬ者……地球を、人々を犠牲にしてきた私は、子を成すことなど許されなかったのだ。さぁ、ゴエティアよ、我が娘を殺せ。私の罪を、消してくれ。ここに存在する不浄を全て洗い流してくれ」


***


「クルゾ!」


 トートはトリスメギストスを通して、ゴエティアの出力が上昇していることを警告した。


「逆にこっちが抑え込めばいい! バリアーに出力を回せ!」


 ユーキはそれを真正面から受け止めることを選択した。

 単純なパワーというだけならトリスメギストスの方が上だ。ビームパンチはまだ生きている。

 ユーキはビームパンチを拳ではなく、平手で繰り出し、面積を広げた。指の一本でもかすりさえすればそれだけでダメージになる。


「ワープ!」


 トートが叫ぶ。

 ゴエティアは再び目の前から姿を消した。


「アニッシュ!」

『背中でしょ!』


 しかし、もはやその奇襲は通用しない。

 小ワープを繰り出したゴエティアは、確実にトリスメギストスの背後を捉えていた。しかし、その間にビームバリアーを展開するのはアニッシュ機である。

 それだけではない。散開した戦闘機隊の機銃が集中砲火の如く降り注ぐ。それらは大したダメージにはならないが、確実にゴエティアへとストレスを与えていた。

 ゴエティアは奇襲が失敗したことを理解すると、再びワープで距離を取る。だが、まるで待っていたと言わんばかりにその地点で小規模な爆発が起きた。


「!?!?!?」


 そして再び距離を離す。すると、今度は自分とは距離の離れた場所で誘爆が起きていた。


「……!」


 それは宇宙空間を漂う爆雷、機雷であったが、機体へのダメージは些細なものだった。

 むしろ損傷よりも、ゴエティアの思考回路にノイズを走らせることの方は強い。それは電磁障害ではなく、人間でいうところの混乱に近い。

 そのような戸惑いを続けていると、再び爆発が起きる。


「キュウシキ……」


 ゴエティアはそれがなんであるかを理解した。それは旧式のセンサー機雷である。構造は単純。赤外線なりなんなりで探知した瞬間に爆発するシンプルなもの。

 さらには遠隔爆破も可能な、ラジコンのようなものでもあった。しかし、その単純さが逆にゴエティアのコントール範囲から漏れていたのである。


『ブービートラップだよ、神様?』


 それはマークたちがばらまいたものである。

 当たれば良し、誘爆してもテウルギアを撃破するには至らない小規模な火力。しかし、低い火力でも衝撃と光は混乱を与える。

 それが例え機械であって、人間のような思考を持った瞬間にこれらのこけおどしは純粋に通用するようになる。

 それが、感情というものだ。


「ギャオォォォォン!」


 再びの咆哮。ゴエティアはまるで自分がこけにされたと思ったのか、全身を発光させ、全方位ビームを放つ。これによって探知できた機雷、爆雷を無理やり処理するというのである。

 種がわかれば、ゴエティアの前ではそのようなシステムを使った爆弾は無駄となる。

 全てを処理すれば、ゴエティアは再びワープを繰り返し、トリスメギストスたちを翻弄するべく機動する。


「──!」


 目の前に現れ、杖による殴打や刺突を繰り出したかと思えば、距離を取りビームを放つ。

 しかし、それらの動作は全て単調だった。

 最初のうちは恐るべきワープ攻撃であると思ったが、そう何度も繰り返されればパターンを予測することなどたやすい。


『あぁもう! 何なのよ、あいつ! 遊んでるんじゃないの!』


 バリアーを使い、防御に徹するアニッシュは、ゴエティアの奇妙な動きにいら立ちを感じていた。彼女にしてみればゴエティアは恨む相手だ。機体のコントロールを奪われ、ユーキを襲わせた。

 憎むべき相手であるからこそ、まるでこけにしてくるような攻撃には神経を逆なでさせられる。


「……ナニカ、オカシイゾ」


 その動きに、違和感を覚えたのはトートであった。


「あぁ、僕も何か嫌な予感がする」


 同時にユーキもゴエティアがどうにも本気でこちらの相手をしている風には見えなかった。怒って、全方位ビームを照射することはあっても、それだけだ。感情の発露のようなものは見えるし、トートとの言い争いに関しても奴はムキになっていた。

 だが、こと戦闘に関してはどうにも手ごたえがない。ワープによる奇襲はすれど、その頻度は少なく、それ以外ではちまちまとコントールする僚機やビーム攻撃。

 それだけではない。艦隊のコントロールも稚拙で、それは明らかに機械の冷徹さとはかけ離れていた。

 感情を持ったが故の遊びというのはトートも語っていた。ゴエティアにとって戦争や管理はゲームであり、遊びであると。


(そもそも……なぜゴエティアは艦隊をビッグキャノンへと集結させた? 護衛をするため? いや……それならワープさせる意味はない。プラネットキラーを無力化するだけなら自分一人でもできる。むしろ各方位からコントロール艦で攻めた方が……まさか)


 そしてユーキは気が付いた。


「こいつ……この場にいる全員、諸共吹き飛ばすつもりか……!」


 その瞬間。

 ユーキは破壊しなければならない敵は目の前の黒いテウルギアではないと判断した。

 あれも確かに驚異的であるが、本来の性能はトリスメギストスと同等。なのにそれをコントロール能力で上回るには何かしらの補佐がいる。

 そのような補佐が出来そうな代物。それはただ一つだった。


「あのビッグキャノンは、キャノンだけじゃない。あれこそが、ゴエティアにとってのもう一つの体……!」

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