色々と面倒くさいし相手にすると余計に調子に乗るから主語の大きい人の妄言は聞き流すに限る

 信じられない言葉を耳にして、省吾は自分の耳を疑った。

 思わず、バベル破壊の目的を忘れてしまいかねないほどの衝撃だった。

 もとよりおかしい男だとは思っていた。どう考えても狂っているという感想しか出ない老人であり、そんな妄言を真に受ける必要もないと理解しているのに、その言葉は絶句するものであり、怒りや悲しみよりも困惑と理解を拒むという本能的な恐怖しかなかった。


「……今、わかった」


 後方からの追撃隊の攻撃を受けて、揺れるミランドラの中で、省吾は悟った。


「トリスメギストスに通信を繋げ」


 そして、静かに、ゆっくりと彼はクラートに指示を出す。

 その合間にも各種オペレーターたちは攻撃の指示を送ったり、ケスは艦のダメコンを指示していた。

 そのような空気の中で、省吾の行動はあまりにも場違いであったが、それは今更なことであった。

 クラートは何も疑うことなく、省吾の指示に従った。


「ユーキ、フラニーお嬢様。聞こえるか」


 返事はない。

 彼らも絶句しているのだろうという事が分かる。

 だから、省吾は遠慮なく一言、放った。


「相手にするな」


 息を吸い、そして吐き出すと同時に省吾はそう語った。


「相手にしなくてもいい。こういう奴は、相手にするだけ、無駄だ」


 それが省吾の出した結論だった。

 ファウデンという男は敵だ。そんなことは最初から分かっていた。

 ファウデンという男は狂っている。そんなことは最初から分かっていた。

 ファウデンという男はろくでなしである。そんなことは最初から分かっていた。

 だが、その規模は、省吾の予想を遥かに上回り……いや、あえて言えば底を割るというべきか。

 もはや、省吾はファウデンという男に対する、ある一定は感じていた大物感というべきか、ただ者ではないという感覚が霧散していた。


「何を言い出すかと思えば、ようは自分のやってきたことに自信のない男だ。それを管理だ、なんだと難しい言葉と理論で理屈をつけようとしているだけだ。勝手に、自分を哀れな悲劇の主人公と思い込んでいるだけだ。だから、相手にするな! 構うことはない! お前らのやりたいように、やれ!」


 省吾がそう叫ぶと同時に、ミランドラの後部増設ブースターが追撃隊の砲撃によって撃ち抜かれ、大爆発を起こす。

 しかし、だからどうした。そんなものは後付けの装備だ。切り離してしまえば、ミランドラ本体にダメージはない。むしろ残骸を切り離して、障害物にしてやれば十分だ。


「右舷増設ブースターを切り離せ! ついでに左舷のブースターも邪魔だ、無事なうちに切り離して機雷として使う!」


 省吾の言う通り、まずは使い物にならなくなった右舷の増設ブースターを切り離す。ボロボロと残骸となって飛び散っていくブースターはそのまま追撃をかける部隊に降り注ぐ。しかし、その程度では敵の追撃を振り切ることはできない。

 そこで省吾はまだ無事な左舷パーツをも切り離し、残ったエネルギーの引火、誘爆による小規模な機雷として投下したのである。

 それを後部主砲で撃ち抜くことで、爆発炎上を起こし、その衝撃によって戦艦群はさておいてもテウルギアなどの機動兵器には十分な威力となった。


「……! 艦長、前方に高熱減反応! これは……プロフェッサーフィーニッツの……!」


 いまだバベルの管制塔までは到達しなかったが、その道中の事である。

 クラートがセンサーを読み取り、識別したのはいつか現れたフィーニッツの円盤型戦艦だった。

 それがステルスと光学迷彩をときながら、宇宙にその姿を見せ始めていく。

 よく見れば、それは、ミランドラなどの巡洋艦は当然として戦艦よりもわずかに大きく見えた。通常の艦とは違い、円盤という形が、大きさを錯覚させるのだろうか。


『ついに始まったのだ。邪魔をするな』


 フィーニッツからの通信は一方的なものだった。


『トリスメギストス……ゴエティア……親と子であり、同一の存在であり、しかし片や愚直なまでの使命の追及を、片や疑問と恐怖による遠回りを……この相反する二つの思考を持ったデウスエクスマキナを──』

「うるせぇ、黙れ、そこを退け!」

『なに──!』


 省吾は、何やらくっちゃべり始めたフィーニッツの言葉に、耳を傾けることなどなかった。もし、これが現実ではなく、テレビの前であればフィーニッツの語る真実を知りたいという欲求も出てくるだろう。

 だが、当事者となってしまった省吾にはもううんざりだった。元よりこの老人が自分の目的で何事か、こそこそとやっていたのは知っている。

 そして、それが全くもってろくでもないことだと分かれば、もはや理由など不要。

 このいかれた老人の行いを、一分でも一秒でも続けさせることが、世界にとって不利益となると判断した。

 それと同時に、神様気取りが一番、鬱陶しいのである。


「主砲斉射! 目の前の障害物を取り除け!」

『愚か者が……! 貴様らは、ここで行われる事の意味を……!』

「聞く耳は持たん!」


 フィーニッツは戸惑いの声を出していたが、反応は素早かった。まるで最初からそうするつもりだったかのように、彼の駆る円盤は不気味な発光を開始する。円盤の外郭、内輪、そして中央部分と、輝きは増しているように見える。

 それらの輝きが最高潮に達するのは速かった。無数のビームが円盤の至るところから照射される。

 それは狙いもなにもあったものではなく、無数のビームがとにもかくにもあちこちにばらまかれる。

 が、その威力はすさまじく、バリアーユニットの破損と性能の低下によってミランドラのバリアーは難なく貫かれ、数本のビームが右舷をかすめ、えぐっていく。


「右舷、第三砲塔融解!」

「バリアーシステム、限界です、これ以上は爆発します!」

「右舷砲塔へのエネルギー接続を遮断! 即座に増設された装甲を切り離せ!」


 ここまでくれば、クルーの面々も省吾がいちいちと指示を出さなくても、やるべきことは理解していた。ミランドラ隊の連携は、完成されていた。

 ただ生き残り、目の前のムカつく奴らをぶん殴る。その為ならばいかなる手段をも取り、生き残り、目的を果たす。

 今までは生き残る為の戦いだった。しかし、今は違う。

 目の前に、ムカつく奴がいて、そいつが自分勝手な理屈を口にして、こっちを襲ってくる。

 それは舐められているのと同じであった。許せるものではない。

 さらに言えば、ここにいる敵の親玉たちこそが全ての元凶である。

 だったら、それを打ち倒すのは、当然の帰結なのである。


「この大一番の場面であんたが邪魔をしてこないわけがない。予測できないと思ったかジジイ!」


 省吾は、叫ぶ。

 裏でこそこそとしていた男。何度も絶妙なタイミングで奇襲を仕掛けてきた男。その手法はもはや見抜いていた。

 惜しむべきはステルスの探知だけが出来なかったことだが、それでもある程度、敵の動き、思考を考察すればこれぐらいの対応は出来る。

 その為の重装甲なのだから。

 増設された砲台はまだ残っている。火力が落ちたとはいえ、元のミランドラと比べればまだまだ十分な火力を残していた。


「ふん、ビームはやはり通じないか」


 主砲ビームは円盤に対して大した効果を出さなかった。バリアーなどの防御手段があることぐらいは予想していたからだ。


「おい、あれを使うぞ」

「いつでも準備は出来ています」


 ケスが、この時ばかりは待ってましたと言わんばかりに、声を弾ませ、省吾に答えた。


「レールガンを使うぞ! カタパルトデッキ、解放!」


 ケスの号令により、ミランドラの出撃カタパルトが展開される。

 ミランドラへと帰還していたラビ・レーブ隊は、この混戦のさなか、あえて出撃をしていなかった。コントロールされる危険性が高いからだった。

 しかし、短時間であれば問題はない。それにここは艦内だった。

 その中で、数機がかりで、巨大なレールガンを抱えるラビ・レーブ。それは、いつかパーシーが使っていた狙撃砲であり、これによって仲間が殺された。

 そして、トリスメギストスによって破壊されたレールガンは、使えると判断し、こうして修復をされていた。

 同時に、このレールガンは、あの円盤に一撃で傷をつけた代物だった。


「エネルギーOK!」

「弾丸装填終わっています!」

「三機、スクラム、対衝撃防御OK!」


 そのような報告がミランドラ艦内に響く。


「ミランドラ、ブースト! カタパルトデッキをあの円盤に向ける。敵艦の真横を通り抜けるぞ、タイミングを合わせろ!」


 省吾の言葉に乗り、ミランドラは恐れることなく突き進む。

 それを阻止しようと、円盤の攻撃はやまないし、背後の追撃隊の攻撃も休まることはない。ミランドラはビームスモークを焚いたりしつつも、狙いを定める為に敢えて直進コースを選んだ。下手に動きを止めるよりは、当たらないものである。

 そして、このミランドラの突撃は、フィーニッツからすれば何を考えているのかが分からなかった。

 彼は、技術者ではあるが、軍人ではないのだ。


「カミカゼアタックか!?」


 だから軍事兵器が損傷を無視してまっすぐに飛んでくるという行為は全て、特攻に見えたのである。何より、今までのデータがそれを物語っていた。

 ミランドラ隊は、ここ一番の大勝負は常に突撃で解決していた。だから、それが常套手段であると思ったのだ。

 彼の、その考察は決して間違いではない。事実、ミランドラは突撃を慣行している。

 わかりやすいコース。ちょっと逸れればそれで当たらない。

 だが……。


「レールガン発射! そののち、全主砲一斉射だ!」


 ミランドラの、新しい行動は、理解が追い付かなかった。

 まさか、己が作り上げた武器を回収して、再利用してくるとは思っていなった。

 発射されたレールガンの弾丸は、すさまじい貫通力を見せながら、円盤をえぐっていく。

 たった一発。その一撃で、円盤を覆うバリアーは崩壊し、円盤に新たな傷を作った。

 しかし、それは言ってしまえばバリアーを破壊する為のもの。

 これが、本命だった。


 ミランドラは円盤と並ぶように、減速を開始する。

 そして、もてる全ての砲塔を放った。

 その攻撃は、中世の海戦さながらの撃ち合いに似ていた。違うとすれば、飛び交うのはビームであり、ミランドラによる一方的な蹂躙であるという事だろうか。

 それだけではない。

 ミランドラの一斉射撃は確かに円盤に打撃を与えたが、撃沈には至っていない。

 なぜならば、それはわざとだからだ。


「アンカー射出!」


 一応の原型を保っている円盤に対して、ミランドラは固定用のアンカーを打ち込む。それらは隕石や大気圏内などの場所に艦体を支える為のものであった。

 それをまるで銛のように打ち込み、円盤を固定した。


『お、おぉぉぉぉ!? 何をするつもりだ!』

「決まってるだろうが。盾にはなってもらうのだよ」

『た、盾だと!』

「お前が作ったマシンの能力で、操られた兵器が貴様を殺す。身をもって自分の技術に酔いしれろ。それとな……パーシーの分だ。ぞんぶんに味わえ」


 それは、省吾なりの意趣返しだった。

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