古きものが新しきものを凌駕することだってある、つまりすべては使いよう
ミランドラの特攻を確認すれば、ユーキたち戦闘部隊も眼前の敵を倒そうと躍起になる。
「艦長さんは僕たちを援護しようしている!」
ミランドラの無謀な突撃は、一歩間違えればそのまま撃沈される恐れだってある。
しかし、なおもそれを行うということは、あの艦長には何か考えがあるのだろうと、ユーキはこの短い間で、理解をしていた。
だが、具体的に何をするつもりなのかはわからなかった。それが自分たちに対する援護であることだけはなんとなくわかるのだが。
とはいえ、それに答えねばならないという奮起もある。
「機体を軽くする! フラニー、しっかり捕まっててよ!」
トリスメギストスは各所に装備されたミサイルを無誘導弾として放出する。誘導装置はゴエティアのジャミングでろくに作動しないだろうことはわかっていた。ならばロケット弾のように直接撃ちだし、外部の衝撃で信管を作動させれば良いだけの事だった。
「マーク隊長!」
撃ちだされた無誘導ミサイルに対して、曳光弾が混ざった機銃が掃射される。一発でも命中すればミサイルは誘爆を起こし、ゴエティアへと降りかかる。熱波と爆風、そして破片が降り注ぐが、それらはゴエティア本体に届く前にバリアーによって遮られる。
「びっくりさせてやるぜぇ、機械人形が!」
その爆炎の中を突っ切るような者がいれば、それは命知らずであろう。
そんな命知らずなマーク隊はV時を描くように編隊を組んで、まるでゴエティアを取り囲むように戦闘機を飛ばす。
機銃掃射を行いながら、ゴエティアの間近をギリギリにすり抜けていく。戦闘機たちは各機、バラバラの方角へと散って、大きく弧を描いて、距離を取る。
通常、戦闘機のようなマシンが敵のギリギリ近くまで接近することは稀である。
いかに素早く機動性のある戦闘機であっても至近距離での戦闘対応はよほどの装備を積まなければならない。
戦闘機隊の攻撃は言ってしまえばかく乱である。接近と離脱を繰り返し、機銃とロケット砲による牽制を行い、ゴエティアに対して圧力をかける。
あてる必要もないし、撃墜をしてやるという意気込みも必要ない。
ただ鬱陶しいハエであればいい。
「各機散開。睨んでくるぞ」
クンッとマークは軽やかに戦闘機をロールさせ、そのまま飛行軌道を不規則に変化させていく。そらは他の機体も同様であり、とにかく一直線の加速はしない。
必ず不規則な動きを織り交ぜ、かわるがわるに攻撃を仕掛ける。
そして、その攻撃の最中に、トリスメギストスとラビ・レーブが各々の近接武器を構えて突撃を仕掛ける。
まず仕掛けたのはアニッシュのラビ・レーブであり、ランスを構え、一直線に飛び込む。だがそんな直線的な攻撃はたやすく避けられる。
だが、アニッシュ機の背後にピタリとくっつくトリスメギストスはラビ・レーブの影から踊りでると、まるで鞭のようにエネルギーチューブを振り下ろす。それは網目に広がるように畳まれており、まるで重力下のように広がるとゴエティアを包み込むように広がる。
それはさながら食虫植物のような勢いであり、同時にスパークと共に電撃の花びらが散る。完璧な電磁炸裂、漏電を発生させたエネルギーチューブはゴエティアのバリアーに阻まれるとより一層の閃光を生み出した。
「はっ! もう一発持っていけ!」
同時に、マークらの駆る戦闘機も搭載されたネットランチャーを発射する。
小規模な火薬が破裂することでこのネットも広がり、ゴエティアを取り囲む。
しかし、そのような煩わしいものを、ゴエティアは杖で振り払い、全てはぎ取る。
が、ゴエティアはここで初めて、未知なる感覚を覚えた。
自身の両足にまとわりつこうとするマシン。
トリスメギストスである。それを睥睨するようにゴエティアの顔面に光が灯る。
「キモチノ! ワルイ!」
自分と同質の存在が、まるで獣のように足元にまとわりつく。そのような行為自体が、ゴエティアにとっては不愉快なものだった。
不愉快。それはゴエティアとしては初めて感じる感情である。
不愉快。目の前のトリスメギストスもそうであるが、周囲を飛び回る旧式のマシンも鬱陶しい。一体どれほどの旧世代の機械を使ったのか、ネットワークプログラムを媒介にしたコントロールの奪取も出来ない。
それはちょこまかとこちらに無駄な攻撃を仕掛けるテウルギアにも言えることだった。何かしらの細工をしているのはわかるが、本来であれば操れるものが操れないというのはストレスであった。
「ナゼ? ワガ、コガ、ジャマヲスル!?」
我が子。トリスメギストス。己の分身。トート。
細かな姿は違えど、それは自らのデータベースをそのままコピーした存在。あれは自分であり、同時に我が子でもある。同種の存在だというのに、まるでその動きはこちらを馬鹿にしていた。
「ワガ、コ、ナラ! シタガエ!」
ゴエティアは全身からビームを放出する。
その衝撃はトリスメギストスのビームパンチと干渉してプラズマを発生させ、お互いのバリアーが作動し、反発しあってお互いを弾き飛ばした。
「子は親の道具じゃありません! トートは多くを学び、自我を確立して、自立を果たしているのですよ! 親を名乗るなら、それを見送り、見守るのが普通でしょう!」
ゴエティアの言葉は機体同士をつないでコクピットにも伝わっていた。
マシンが語る親子の関係を、フラニーは黙っているわけにはいかなかった。
「トリスメギストス! ワガ、ウツシミ! ワガ、コウケイキ! ワガ、コ! ニンゲン、ナドト、イウ、フカンゼン、ナ、モノデハナイ!」
「古いSF映画のお決まりのセリフをさぁ!」
ユーキはビームパンチをチョップの形に構え、再びビームを発振させ、巨大なビームソードを作り出し、射出した。直線的な攻撃はゴエティアにとっては軽々と避けれるものである。
しかし拳は狙いから外れると、一瞬にして機能を停止した。だがその先にはアニッシュ機が待ち構えていた。
アニッシュ機は射出されたビームパンチユニットを己の右拳に装着し、再度、ビームを発振させる。
「頭でっかちな機械に支配されるなんて、時代遅れも甚だしいのよ! 旧世紀のSF小説かぶれか何かなのかしら!」
アニッシュはビームバリアーとして拳を展開しながらまっすぐにに突っ込む。ゴエティアはそれすらも避けるが、そこへ豆鉄砲な機銃が装甲に命中する。
カツン、カツンと装甲は弾丸を弾くが、それがまた煩わしいのである。
「テキ! ウットウシイ、テキ! イブツ!」
「戦争はゲームなんだろう? ちょっと強いエネミーが出てきただけでイラつくなんて遊び方がわかってねぇんじゃねぇのかぁ?」
マークはゴエティアに誘導兵器がないことを悟っていた。
だからこそ大胆な行動にも出れたが、それでも必要以上の接近はもう仕掛けていない。
全身から放出するエネルギー波は純粋に危険であるし、下手にワープを仕掛けられては加速性能も意味がない。
だからこうして、ヒット&アウェイを繰り返すのだ。
奴には、こちらをコントロールする手段がない。なにせ、こちらは最新鋭機器の殆どを取っ払い、昔ながらの方法で機体を操縦しているからだ。
言ってしまえば、この宇宙戦闘機たちは、単純な性能だけを言えば第二次世界大戦頃の管制システムしか持ち合わせていない。
それは逆を言えばあらゆるネットワークから断絶されている。唯一、例外があるとすれば通信機器ぐらいだろうが、通信ネットワークを掌握した所で、可能となるのは音声の剥奪程度である。
しかし、それは恐ろしいことでもある。宇宙空間、しかも加速性能などのマシンスペックは常人が誤れば即座に死につながる。
それらをフォローする為に宇宙での機動兵器は高性能なマシンスペックを十全に生かす為の装置が開発され、使役され続けた。
それを遮断するというのは宇宙に飛び交うデブリや高速で飛びかうミサイルやビームを肉眼と、己の判断のみでよけなければならない。
それは至難の業である。
「お前にはできまいさ……頭の良い戦闘マシンが取るに足らない相手を必死で倒そうなどとは思わない。それが頭でっかちだっていうのさ」
超高性能なマシンがあらゆる機械を操作するのであれば、操作されない古い機械と、それを補う人間の経験で立ち向かうしかない。
ゴエティアもトートも、コンピューターは操れても、竹やりを操ることなどできないのだから。
そして、ゴエティアが己を機械であることにこだわる以上、それはナンセンスな話であるのだ。
「トート、マナンダ。コワイメ、ケイケンシタ! オンシツソダチハ、オネンネシテナ!」
「口が悪い! あとで教育しなおしだ!」
エネルギーチューブで繋がった両機はその至近距離で戦闘をするしかなかった。
そして機体のスペックとして、近接戦闘を学び、ダメージを受けることへの恐怖、嫌悪感を学んだトートの手によってトリスメギストスは殴り合いにはめっぽう強くなっていた。
接近するトリスメギストスの拳。ゴエティアはそれを睨むように、見つめ、そして……!
「逃げました!」
フラニーが叫ぶ。ゴエティアの姿は忽然と消えていた。
それがワープだというのは誰もがわかることだった。
「やると思った……! トート、ワープの予測できるか!」
「オイツカナイ! データブソク!」
「ユーキ! 敵は一度引いて冷静になるぞ! 機械でも思考ができるならそれぐらいはやって当然と思え!」
一瞬だけ焦るユーキとトートに対してマークはどこまで冷静であった。
「セオリーを考えろ、こちらがされて嫌なことを考えろ! 敵に出来ることを考えろ! その場でだ! 俺からのアドバイス! 鬱陶しハエを落としにかかるぞ! プライドが高い奴はな! バリアーを展開してくれ!」
「はっ……! アニッシュ!」
マークはそう叫びながら、編隊を密集させてトリスメギストスたちの下へと集結しつつあった。
それを見ればユーキとて、マークが何を考えているかわかる。
ユーキはアニッシュをすぐさま呼び寄せた。
「バリアーを三百六十度展開!」
合流したアニッシュ機と共にバリアーを展開。楕円形に広がるバリアーは戦闘機隊を覆うようにして、盾となる。
刹那、ピリピリと、戦場の空気が変わっていくことにユーキは気が付いた。
同時にマークもその感覚を感じ取ったらしい。
「フン、どうやら敵も本気になってきたようだな?」
超能力ではない。
それはマークの長年の勘でしかなかったが、彼は敵が本腰を入れてこちらを攻撃してくると予想した。
一呼吸置けば、かっかとした怒りの感情も落ち着けることができる。
そして、あのマシンがトートと同じようなプログラムをされているのであれば……。
「光が見えた……!」
マークの指示は、的確だった。
彼が叫ぶと同時に彼らの頭上からは無数の光が飛び散ってくる。それはさながら宇宙に降り注ぐビームのシャワーである。
それが無差別に降り注ぐのである。
「おぉぉぉ!?」
狂ったように降り注ぐビームの雨をバリアーが受け止める。
プラズマ火球がそこかしこに発生して宇宙に光を灯した。
「ユーキ! ワープ反応! クルゾ!」
刹那、トートが叫び、ユーキはハッとなり構える。
すぐ目の前。漆黒の機体が現れ、杖を突きつけてくる。
「不意打ち! すると思った!」
その一撃をトリスメギストスは紙一重で避ける。しかし、杖の先端が頭部の右側面をえぐるように突き刺す。べりべりと表面装甲がえぐれていくのがわかるが、その程度の損傷は安いものだった。
電磁ワイヤーと化したエネルギーチューブを即座に射出。ゴエティアの左腕に巻き付けると電流を流す。
「ギャオォォォォ!」
それは獣の悲鳴にも似ていた。
だが、ゴエティアはそれでも問題なく動いて見せた。
全身に電流が流れつつも、それを制御しつつある。あらゆるエネルギーを操作する。それがトリスメギストスの性能。
流した電撃が逆流し、電磁ワイヤーが破裂する。同時に、トリスメギストスもコンデンサを破棄し、ゴエティアを蹴り飛ばし、距離を取る。
「なんでもありだな!」
で、あるならば電流とて、このように無力化をすることも可能である。
だが、それでもノーダメージというわけにはいかない。
ほんの僅かながらも、ゴエティアの左腕にはスパークが走っていた。
「ヒトノコ、ワレヲ、ウチタオシ、ウチュウニ、ヒロガル……マダハヤイ!」
ゴエティアの頭部。赤い双眸が輝く。
「ヒロガリ、スギタ、ビョウソウ、セツジョセネバ、ナラナイ」
「好き勝手を言って……! 父の狂った考えをプログラムされた哀れな機械が……!」
「アワレ? ワタシハ、ノゾマレテ、ウマレタ。コノ、フカンゼンナ、セカイヲ、チョウセイスル」
「調整?」
「ジンルイハ、イチド、ブンメイヲ、ステテ、ヤリナオスヒツヨウ、ガ、アル。ヨキ、セイメイタイ、トシテ、ウマレナオス。ソシテ、ワレガ、シュクフクスル」
ゆらりと、ゴエティアはワープを繰り返し、距離を取った。
「ソレガ、チチノ、ノゾミ」
「父……?」
「ワレハ、シュクフクサレ、ウマレオチタ。キサマ、ハ、シュクフクサレナイ、ノロイノコ」
「な、なにを……!」
「お前など、生まれなければよかったのだ、フラニー」
その言葉は、トリスメギストスの通信回線から聞こえた。
ファウデンの声。
「お前が生まれた日、地球では多くの人が死んでいった。生まれてくるはずの他の赤子も死んだのだ。お前だけがのうのうと開拓惑星で、生まれたのだ。ならば、環境が整わず、生まれ出ることのなかったものたちはどうなる。私が推し進めたフロンティア計画で、お前が生まれ、私の計画の下で死んでいった者たちは祝福されぬ存在だったのか。いいや、違う。私が間違っていた。人類が間違っていた。自分たちの、母なる星にすら恩返しのできていない人類が、技術の発展を妄信した結果、多くの人間を殺した。私は、その罪を知ったのだ。お前は、罪の子だ。呪いの子だ。お前が生まれたことが、私の、悪夢だ! だから、お前は、殺さねばならない……それが、私の、贖罪となるのだから」
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