ギャンブラーになったつもりはないけど、毎回行き当たりばったりな作戦と突撃を繰り返していると癖になってくる

 ゴエティアの壁となるテウルギアは数を増しているように見えた。それと同時に明らかに戦場の異常を感じ取った敵機が撤退行動をはかっているようにも見えたが、彼らは一定の距離を離れると、まるで時間を巻き戻すように戻ってくる。

 徐々に、支配の間隔が狭まってきているのだ。こちらが手加減をして、武装や推進機関のみを破壊しても、ゴエティアはそれらは邪魔だと切り捨て次なる機体をコントロールする。

 それは散発的な攻撃行動になってしまうが、同時に奴の支配から逃れるにはもはや物理的な距離を取るか、最新の機材をはぎ取って、一時的にでも旧世紀のレベルにまでマシンスペックを落とす必要があった。

 であれば少なくともマシンコントロールを受けることはない。

 それか、メインエンジンを落として、完全なオフラインになるか……。


「なんでこうも他のマシンを操れるんだ! トリスメギストスですら限界はあるのだぞ!」


 ミランドラの艦橋で省吾は叫ぶ。それと同時に操られたであろう敵駆逐艦が十キロ先で爆発を起こしていた。その爆風の衝撃と照り返しに思わず視線をずらす。

 ここまで好き勝手されると、気分の良いものではない。それに、第三者の思惑が重なった戦いとは気持ちの良いものではない。

 彼らは今、戦う気などないように見える。


「フィーニッツの爺さんが何か細工でもしなけりゃこんな、完璧にマシンを操れるものか。だが、こんな大規模な数をどうやって。全部が全部、あの爺さんが整備したわけじゃあるまい」


 それとも、フィーニッツであったり、ファウデンであったり、そのシンパが軍内部にたくさんいて、それらが細工を仕掛けている?

 ありえなくはないが、現実的とも言えない。その実、もっと単純な方法があるのではないだろうかとすら思う。

 まず間違いなくニューバランス所属の部隊は一瞬にして掌握されている。

 その次に支配が及んだのはついこの間までは地球軍の艦艇だったジャネット艦隊だ。とはいえこちらは比較的抵抗が出来ている。とはいえ、その為にジャネット艦隊は艦内機能の殆どがオフラインとなっており、まともに戦える状況ではない。

 

(ジャネット艦隊と反乱軍の違いはなんだ。ついこの間まで、地球軍所属だったというだけだ。ニューバランスに近しい存在ではあるが、管轄は別にあたる。軍艦のシグナルも登録そのものは抹消されているだろうし……!)


 だとしても、やはり疑問は尽きない。

 通常、百を超えるような機械を全てコントロールするにはそれ相応に処理をする必要がある。例えスーパーコンピュータであっても、単純な労力を解消するのは物理的な数が必要となる。並列処理であれなんであれ、一台のマシンでは限界がある。

 管轄違いの船まで操れるだけの勢いを任せられる何か。

 もっと何かそれを補える装置が……。


「……ビッグキャノン!?」


 なぜ、そのことを思いつかなかったのか。

 あるではないか。この戦場を完璧に俯瞰できて、かつ司令官がいてもおかしくない。最重要の防衛施設。超巨大で圧倒的な質量を誇り、今なお大した損傷もなく浮かんでいる城がそこにはある。

 バベル。今だ怪しげなエネルギーチャージを行っているそれだが、思えばあの巨体がただ粒子加速砲というだけで終わるだろうか。

 ジョウェインとしての知識が囁く。


(あれは戦略兵器であると同時に司令塔の役割も果たせるはずだ。力の象徴、それは城であり、シンボルだから)


 あれそのものにワープシステムが組み込まれており、遅いとはいえ航行も可能だとすれば、さっそくバベルとは巨大な戦艦ともいえる。

 いやむしろ巨大なキャノンとしてだけの役割しかないわけがない。

 アル・ミナー宙域の事を思い出せば、あのビッグキャノンにアンフェールとファウデンはいた。彼らはそこで指揮を執っていたはずだ。

 つまり、あの巨大存在はそれができるだけの機能があってもおかしくはない。


「ケス! 例えばだが、あのビッグキャノンに何らかの指揮系統を補佐するシステムがあるとして、それを通して全艦隊に何かしら情報を伝えることは可能だな!?」

「え? えぇ、おそらくは。テウルギアの補助の為に各艦とのデータリンクは、理論上、艦艇同士でも行えるはずです。あ、そうか……総司令官であれば」


 ケスもそのことに気が付いたようだった。

 突き詰めれば単純な話だ。テウルギアは戦場での補助を母艦に求める。母艦がマザーコンピューターとなり、パイロットとオペレーターを通して負担を分割する。

 であるならば艦船でも同じことはできる。その役目を果たすのが基地であったりする。


「そしてそういったデータリンクは混線を回避する為に一定の定められた周波数を合わせます。敵は、それにハッキングデータを混ぜ込んでいた?」

「どうやらカラクリが読めてきたな」

「えぇ、ですが、完全に防ぐことはできませんよ。ミランドラはトリスメギストスの加護があるとはいえ、それは我が艦と部隊にしか強く働きません。ジャネット艦隊やロペス艦隊の面倒を見切れるものではありませんし、下手にデータリンクをすればむしろデータの量でこちらが負けます」


 しかし、同時に突破口が見えたのも事実であった。

 敵のコントロール中枢を破壊するなり、妨害をすれば、この混乱は一時的でも収まる可能性がある。

 省吾はクラートらに指示をだし、このことを艦隊に伝えた。

  

「ゴエティアが地球上のライフラインを瞬く間に掌握した時点で、このことは真っ先に予想するべきだったんだ……!」


 マスターとなるシステムさえ掌握してしまえばあとは簡単な作業が待っている。

 通信機器の支配をするのであれば中継機器やそれらを総括する企業などを狙えば早い。本来であれば、そういう施設、設備には厳重なファイアウォールなどが施されているだろうが、ゴエティアには無関係であったという話でしかない。

 コンピューターウィルスがどうのようにして個人情報を盗んだり、システムを破壊するのか。言ってしまえばそれだけの簡単な話だった。

 恐ろしいのはそれとたった二十四時間程度で済ましたゴエティア自身の能力の高さだろう。

 時間をかければ、この宙域全てのマシンが支配下に置かれる可能性だってある。

 

「でしたら、あのビッグキャノンを何としてでも攻撃しなければ、この混乱は収まりますまい。ですが、そうなった場合、ジャネット艦隊が」


 ケスは不安げに語る。

 万全の状態ではないジャネット艦隊の援護を放棄すれば、彼女らは瞬く間に殲滅されてしまう。それだけは避けたい。


『こちらジャネット。ジョウェイン艦長、聞こえているか』

『同じくロペスだ。事情は察したよ』


 そんな矢先に通信を送ってきたのはジャネットとロペスだった。


『こちれは火器管制を全てオフにして、防御に集中させる。バリアーを展開して、そっちにエネルギーを回せばあとは衝撃と慣性で勝手に私たちは戦線から離脱できる』


 ジャネットは提案した方法は非常に危険が高い。

 言葉にすれば船を丸ごとビームバリアーで覆い、あとは成り行きに任せるというのだ。


『んで、あたしら旧式の駆逐艦が頃合いを見て曳航する。でなきゃみんな共倒れになっちまう。その間にあんたらが中枢を破壊できればこっちだって反撃に転じれるんだ。何より、あそこにはあんたが殴ってやりたい相手がいるはずだよ』


 ロペスの言葉に、省吾は頷く。

 そう、それは目標の一つだ。こんなことを引き起こさせた張本人の一人。アンフェールがいるはずだ。

 それは直感であった。まさかその男がバベルにワープしてそこでトリガーを握っているなどとは思っていない。

 ただあの男の自信作をぶち壊してやれるという感情があって、それが結果的にアンフェールを殴ったことにもつながる。そういう理屈があった。


「ならば、ここで足踏みをしている場合ではないということだな?」

『やるんなら即断即決。戦場では速攻できる奴が強い。わかったんならさっさと行きな。でないと本当にあたしらまで死んじまう。こんなバカみたいな戦いで死ぬのはご免だよ』


 そのような言葉を吐いても、ロペスもジャネットもかなりの覚悟を決めていることがわかる。

 ならば、それを受けて、一身に背負い、やり遂げなければ男が廃るというものだ。

 それに、この動きを成功させればトリスメギストスに対する援護にもつながるはずだった。


『決死隊の覚悟の所悪いが、我々がいることも忘れてもらっては困る!』


 そんな中で割り込みの通信を仕掛けてきたのはコールソンであった。

 上部艦隊を指揮していた彼らは相対していたアンフェール艦隊が忽然とワープを行った為、結果的に被害を抑えることができた。

 なおかつこの宙域に真っ先にたどり着けるのも彼らであった。

 コールソンが率いる艦隊はビーム同士を干渉させ、粒子を拡散するような動きを見せていた。それと同時にバリアーが展開できる艦艇が盾にとなるように機能不全を起こした僚艦の支援に回っている。


『これならば後顧の憂いもあるまい! だが、結局は同じだ。早くしてもらわねば、この防御艦隊が身内に牙をむきかねん!』

「ッ……! 了解した!」


 その覚悟は武人としての生きざまのように見えた。

 そんな姿を見せられて奮起しない者はいない。

 省吾は号令をかけた。


「ミランドラは最大出力で敵陣を突破する! バリアー最大展開、目標はビッグキャノン! この中枢を叩く!」


 それで、果たして結果がよい方向に傾く保証はない。

 しかしそれ以外に可能性もない。

 また博打だった。


「待っていろよ、アンフェール。あんたの作った玩具をぶっ壊してやる」


 おそらく完全な破壊は不可能だろう。

 それはぶつける要塞基地に任せる。こちらがやるのは管制塔の破壊なのだ。

 それに、自分の予想が当たっていれば、攻撃を仕掛けた時点でゴエティア側から何らかの動きがあるはず。

 そうなれば、結果的に援護にもなるのだから、無駄な行動ではないと思いたい。


「そうだ! 周りの敵には目もくれるな! その為のバリアーと重装甲だろう!」


 ミランドラが突出すれば、それを迎撃しようと敵部隊が集中砲火を浴びせてくる。そのような攻撃を受けても二重のバリアーに守られたミランドラには届かない。とはいえ、バリアー出力も無限ではない。攻撃を受け続ければ減衰し、負荷がかかる。

 だからエンジンとバリアー以外のエネルギーを全て切って、余剰分を回すというわけだ。

 同時に、ミランドラの動きを止めるべく、改装前のミランドラと同型の船が前方に躍り出る。それがコントロールされた艦であることは予想できたが、今はそれを避けてやる余裕はなかった。

 省吾はそこで犠牲になるものたちに、あえて謝罪などしなかった。

 

「ぶち抜け! 増加装甲分が守ってくれる!」


 バリアーはビームである為、大出力のビーム照射と似たような原理を働かせる。敵艦の胴体に体当たりを仕掛ければ、ビームが敵艦の装甲を焼き、ぐずぐずと溶かしだし、圧壊させていく。

 数秒はなんとか原型を保った敵艦を押し込んだままミランドラは無理やり加速して前に進むが、ついには敵艦の装甲が持たず、真っ二つに割れる。それらを押しのけつつ、両断された敵艦の残骸がミランドラの両舷をこすって、わずかな損傷を産むが、その程度のものだった。

 しかし、この無理な突撃でバリアーユニットのうち、右側が損傷した。

 これで防御力は格段にさがるが、それで敵陣を突破できるなら安い損傷であった。

 第一、傷がついているのは、ミランドラ本体ではないのだから。


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