はしゃぎまわる子供を落ち着かせる簡単な方法は遊んでやること以外にない、それが例え戦場であっても

 最後のプラネットキラーが不発に終わったとしても、省吾は焦ることはなかった。どうせそんなことだろうと思っていたからであり、大した期待などしていなかったからだ。

 物事が全て、順序良く進むわけではない。むしろ、今までが良すぎたからこそ、そのつけをどこかで払う時が来る。

 そういう心構えでいれば、頭の痛い展開が迫ってきても、納得はできるのだ。

 欲を言えば、何隻か爆発に巻き込まれて欲しかったが、それすらも高望みだというらしい。


「来たか、ゴエティア……!」


 まるでバベルや艦隊を守るように、漆黒の機体は杖を掲げていた。

 それはまるで古代の戦争指揮官のようでもあり、王のようでもあった。およそ戦闘兵器には見えない造形が、そのような芝居がかった仕草をすれば、さまになるというものである。

 だがそれに見惚れている場合ではない。

 敵はとんでもないことをしてくれた。


「敵主力艦隊が集中しています!」


 クラートの悲鳴はさて何度目だろうか。

 彼が叫ぶ理由も、省吾にはわかる。省吾とて目の前に広がる光景には息を飲むしかなかった。

 果たしていかなる働きがあったのか、方々に散っていたニューバランスの艦隊はゴエティアの行った大規模ワープの影響で、密集陣形の状態で集結していた。

 しかし、反乱軍側も要塞基地の影から出てきて集結しつつある。状況は、旧時代のような艦隊決戦のように相対する形となっていたが、そのような勝負に出れば自分たちの敗北が濃厚となることを反乱軍は理解をしていた。

 数の差は歴然であり、正面切っての戦いを仕掛けるつもりなどなかった。

 それに、ゴエティアが出てきた瞬間に、ミランドラ隊はいともたやすく、尻尾を撒いて後退を仕掛けた。


「下がれ、下がれ! まともに相手をしてやる必要はないぞ!」


 むしろ、省吾はこの状況を好機であると捉えた。

 再び、敵が狭苦しい陣形を取ってくれればむしろ手間が省ける。

 彼らからすれば、ゴエティアの働きで、強固な防御を固めることができたと思うだろうが、もとよりまともな艦隊決戦など目論んでいない省吾たちからすれば、小回りの利かない陣形になってくれることの方がありがたいのだ。

 むしろ、そのおかげで後退もしやすいし、要塞基地を再び盾にすることも出来る。

 状況は振りだしに戻ったというわけである。


「各艦は正常だな!?」


 省吾はコントロール関係のチェックだけはしつこいぐらいに聞いていた。

 飛び交う情報の中から、まだ自分たちの艦隊が欠けていないことを悟ると、多少は安堵した。

 というのも、この後退はゴエティアからの影響を防ぐ為でもあった。

 いつかのように、艦隊を突撃させて内部から食い破ることも出来なくはないだろうが、そんなことは二度も敵は許してくれないだろうし、何よりゴエティアによる機体のコントロール奪取が一番怖かった。

 今、それに対抗できるのはトリスメギストスと旧式装備の戦闘機部隊だけ。

 しかもそれですら、まだ場を整えていない。

 今、この二つを前面に押しやっても、ゴエティアよりも艦隊の圧力に屈してしまう。


 寄せては返す波のように。それはおよそ正規軍の戦いではなかった。

 軍人たちの中には、艦隊が集結すれば、それは一大決戦に移行するという半ば、暗黙の了解のような認識があった。

 しかし、反乱軍はそれに乗らない。まるで最初の猛攻が嘘のように、つかず離れずの位置を保ち、鬱陶しい砲撃を繰り返してくる。

 しかもこれが、届きもないが、かといって放置も出来ないせいで結局は対処に追われる。


さらに言えば、せっかく集結した艦隊を再び分裂させるというのは愚行のように見えた。

 だが、眼前に迫りくる要塞基地を目の当たりにすれば、多少、陣形に乱れを生じさせる艦艇も出てくる。

 それに、彼らの背後にあるバベルというビッグキャノンの存在もある。この影響から逃れる為には、陣形を崩して、射線を確保しなければならない。

 すると、まるでそんなニューバランスの士官の感情を読み取ったかのように、艦隊は歪ながらも前進を始めた。

 バリアーを展開しながらも、まばらに艦船が前に出る。戦術も戦略も感じられない動きだった。

 しかし、その不規則が動きが逆に反乱軍側に考えるという隙を与える。


「特攻!?」


 省吾はそんな艦隊の動きが、人間の判断ではないことに気が付いた。

 でなければ、敵艦隊の動きに動揺が現れるはずもない。バリアーを装備した戦艦や巡洋艦が突出して、随伴する駆逐艦やミサイル艦はおろおろとしていた。

 さらに言えば後方に構える主力艦隊も盾が勝手に動き始めているのを見て、四方に散っていくのが見える。

 だから、省吾はそれが人間たちの混乱から発生した生の感情の動きではないと感じ取ったのだ。


「ゴエティアか!?」


 ともすれば、その理屈は簡単だった。


「敵艦隊、直進してきます!」

「当たるなよ、攻撃を仕掛けつつ、落ち着いて軌道を見れば、避けれるはずだ!」


 無機質な特攻は不気味だが、動きが単調であった。

 それは本来なら避けることなどたやすいはずなのだが、省吾はその時、他の艦艇の動きが鈍いことにも気が付いてしまった。

 まずそれが顕著なのはジャネット艦隊の動きだった。彼女の部隊の艦が明らかに不規則な動きを見せており、ふらふらと上昇をかけている。

 ジャネットの指揮する艦もメインブースターの光が弱弱しく、サブブースターが何度も不規則に噴射されていた。


「まさか……! ジャネット艦長、コントロールを奪われているのか!?」


 だとしても早すぎる。


『私の艦はまだ、なんとか……!? しかし、このままでは……!』

「敵はもしかすれば、戦艦を中継基地にしているのかもしれません!」


 ケスの推測が正しいかどうかを確認する暇などなかった。

 ジャネット艦隊は明らかに後退に遅れが生じて、いくつかの艦は接近する敵との至近距離にまで詰め寄られていた。

 十キロ圏内での戦艦同士の打ち合いは凄まじいプラズマを発生させる。


「くそ! 味方の使い方に関して、俺たちも強くはいえんが……!」

『艦長! 俺たちがゴエティアを抑える! それしかないぜ!』


 マークの怒鳴り声が艦橋に響いた。

 補給を終えたマークら戦闘機部隊は再びに出撃を求めていたのだ。

 そのまま放置すれば、格納庫内を爆破してでも飛び出しそうな勢いである。


「いけるのか!?」


 明らかに状況は危険だった。


『いかなくちゃ死ぬぞ。ガキ一人に向かわせるわけにもいかねぇだろうが!』

「だが……いや、頼む、すまん!」

『謝んなよ。あんたは指揮をしろ。俺はあんたのいう事なら聞いてやる。出るぞ! ハッチをあけろ!』


 マークはそういって通信を切り上げた。

 省吾も彼らの出撃を許可しつつ、バリアーを展開してジャネット艦隊の援護へと向かう。

 ミランドラのコントロールを奪われる危険性もあるが、トリスメギストスと戦闘機部隊がゴエティアを抑えることを期待して、それを見越したうえでの行動だった。

 予定はずいぶんと狂ってしまったが、戦場というものはそういう場所である。臨機応変に対応できないものから死んでいくのだ。

 それに、時間はかかるとはいえ、要塞基地も接近をして、それを伴う反乱軍艦隊の攻撃も厚くなってきた。

 そのまま押し込むしかないのである。


「乱戦になってしまったか……! だが、ミランドラはその方が動きやすいから……!」


 そんな言い訳をしつつも、省吾は考えを切り替えることを優先する。

 逃げ回る戦法は取れなくなったのだ。となれば、あとは前に出るしかない。敵はゴエティアにコントロールを奪われた艦とそうでないものとで分かれて、それがさらに指揮系統をめちゃめちゃにしている。

 さらに前方からは隕石のような要塞、後方には不気味にエネルギーをチャージするバベル。戦場には恐怖が渦巻いていた。


「まさか、ここで敵味方ごと、人間の数を減らそうという魂胆じゃないだろうな」


 メインモニターに映し出される艦隊同士の動きは、まるででたらめのようである。


「……子供がぐちゃぐちゃに落書きをしているみたいだな」


 ふと、彼はそんなことを思った。


***


「アニッシュ、離れないでよ。ちょっとでも離れたら、こっちの保護が効かなくなるかもしれないから」


 ユーキもまた状況を理解しつつあった。

 当初の予定通りではないが、トリスメギストスはこのままゴエティアを抑える。後方からはマークの戦闘機部隊が接近しているのもシグナルで確認できたし、アニッシュ機は機体同士を強制的にリンクしているおかげで、かつてのように突然操られるということはないはずだが、用心はしておくべきだった。

 それに、敵はゴエティアだけではない。

 コントロールされているか、それとも自由意思なのか、敵機も複数接近しているのが見えた。


「悪いけど、手加減の余裕はないんだよね、こっちはさ!」


 ミサイルを射出しながら、ユーキはいまだに杖を振るい、まるでわが物顔で戦場を操作しているゴエティアを睨む。

 ミサイルはそのまま敵のラビ・レーブを撃墜したり、爆風で押しのけたりしながら、効果を及ぼす。

 それと同時に、トリスメギストスのビームが手ごろな巡洋艦のエンジンを撃ち抜くと、いつかのようにそれを盾にしながら、次々と接近を繰り返す。

 エンジンを破壊され、動けなくなり、デブリと化した艦艇はちょうど良い足場となり、盾となり、こちらの動きを助ける。

 そうなってもなお、サブブースターで前進を続ける姿はゾンビのようであり、ゴエティアの容赦のなさを物語っているようだった。


「アイツ。アソンデル」


 トートが叫んだ。


「遊んでいる!?」

「キカイ、ソウサ、タノシイコト、ダカラ! ジブンノ、チカラ、イッパイツカエル! トートモ、ソウダッタ!」

「僕たち人間と機械とでは、楽しみ方が違うってことか!」

「ソーイウコト! アイツニ、トッテ、センソウ、ゲーム! カンリ、ゲーム!」

「そういう遊びは、他人に迷惑なんだよね!」


 ユーキは無茶な突撃を駆けてくるラビ・レーブを撃ち抜いた。

 すると、自分たちを追い抜く数機の機影が見える。マークたち戦闘機部隊だった。

 彼らはまるで一本槍のようにゴエティアへと突き進む。最大加速。適度にミサイルをばらまき、機銃を掃射。

 それで道を阻む敵を押しのける。マークたちはそこであえて機体を反転させて、大きく弧を描きながら、距離を取る。

 一撃離脱戦法は宇宙での戦い、そして戦闘機での戦いの基礎である。

 避けることに専念した戦闘機を一から捕捉しなおすのは至難の業である。

 

「援護をしてくれた……! 突撃するぞ!」


 ユーキはトリスメギストスの右手にエネルギーチューブで作った電磁ワイヤーを、左手にはネットランチャーを持たせて、ゴエティアへと続く道を加速する。

 その後ろを、バズーカとランスを持ったアニッシュ機が続き、その周囲をマークら戦闘機部隊が再び直掩に着いた。



 

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