全てはこちらの都合では動いてくれないからこそ、全力で取り組まなければならない

 単独でワープが可能な時点で、戦術の幅は広がる。

 そして省吾らにしても、パーシーを相手に煩わしく戦っている暇などなかった。彼には悪いとは思うが、状況がそれを許さなかった。

 この時点で、省吾らはかつてパーシーという青年がいたという事ぐらいしか認識をしていない。

 今の彼らは、それ以上に気に掛けるべき戦いが残っていたから。


「敵機との衝突での被害はないな?」

「バリアー出力に一時的な低下が見られましたがすでに回復しています。念のため、微調整を行いますが」

「やってくれ。三六〇度警戒を怠るな」


 パーシーがいたとなれば近くにフィーニッツがいるのは間違いないが、ステルスというのが厄介だった。これを探知する為にトリスメギストスの機能を使うというのも現状ではもったいない。

 フィーニッツが次なる手ごまを用意していた場合を考えると、放置というのも危険だが、省吾には優先するべき相手もいる。

 今のそれは、敵部隊を指揮するアンフェールであろう。この男を討てば、少なくともこの戦いは楽になる。その後に控えるファウデンとゴエティアとの戦いを考えれば消耗は少ない方がいい。


「アンフェールの部隊は上部艦隊との戦闘に入っているが……主な戦闘部隊をそちらに集中させているせいか、押されているな」


 アンフェールはとにかく上方向への突破を優先したらしく戦力を集中させ、コールソン艦隊を食い破ろうとしていた。

 同時にその動きは急いでいるようにも見える。


「これは、ビッグキャノンを撃つつもりだな」


 要塞の衝突回避の意味合いもあるだろうが、それにはまだ時間がかかる。それはバベルの二発目の準備に関しても同じことが言えたが、アンフェール艦隊の動きを見れば、二射目はそう難しくはないという事だろう。

 

「キャノンの動きはどうなっている!?」

「わずかにエネルギー反応はありますが、どういった働きをしているのかはわかりません。ですが、起動はしています!」


 クラートの報告。

 それに付け加えるようにケスも続く。


「発射をするにしても、予兆があるはずです。砲身にエネルギーが集中していないとなれば、まだ時間はあるかと」

『ジョウェイン艦長、一つ提案がある』


 それは敵部隊を抑え込むジャネット艦長からの通信だった。


『このまま別艦隊と合流した所では無意味だ。壁になる敵艦隊も厚いし、中央突破を図るにしても被害が拡大する。ここはあえて、ビッグキャノンに狙いを絞るべきだと思う』

「……!? 奪取するのか?」

『それも魅力的ですが、敵は死物狂いで防衛するはず。むしろ、その動きを見せることが重要だと思う。それに、そちらはまだ虎の子のプラネットキラーを一発残しているはずだ』


 そう。結局、最後の一発は使う機会がないままここまで来てしまった。

 となれば、確かに今はそれの使い時かもしれなかった。


『あたしもジャネット艦長に賛成だよ』


 ロペスもそれに続く。


『アンフェールはプライドだけは高い。自分が作り上げた玩具を壊されるのを最も嫌うだろうさ。あれはあいつにとってプライドそのものに見える。間近であの男を見てきたアンタなら、わかるだろう?』


 その言葉に、ジョウェインとしての知識が頷いているようにも感じた。


「確かに。下手に攻撃を加えるより、アンフェールに対するダメージにはなるか。それに、どっちにせよビッグキャノンの脅威はどうにかしなければならない」


 省吾は頷き、そして両手をぱしんと叩き合わせる。


「目標はビッグキャノン。プラネットキラー、最後の一発だ。盛大に使うぞ」


 ミランドラ艦隊の動きは、あえてわかりやすく派手なものとなった。

 でたらめなビームの斉射は牽制にもなったが、その光はアンフェールが指揮する艦隊からでも観測できるものであった。

 しかも、それがバリアーを最大に展開して、傘のように広げるミランドラの姿も合わされば、それは挑発のようにも見えたし、ミランドラが守る艦隊が向かう先を知ればぎょっともなる。

 それは時間にして、わずか数秒。しかし戦場ではその数秒が命取りになる。

 アンフェール艦隊はその間に、二隻もの戦艦が撃沈されたのであった。


『艦長さん! トートが興奮し始めました! 奴が来るかもしれません!』


 ユーキの報告に、省吾は素早い動きを必要とした。


「全艦最大戦速! ミランドラはバリアーを最大で展開だ。プラネットキラー、いつでも撃てるようにしろ!」


 ゴエティアが来る。

 ならば、それようの動きに切り替えなければならない。

 しかし、まだ姿を見せていないのであれば、それは駆け引きとなる。

 タイミングだった。

 それに……。


(こっちがやったことを、敵ができないわけがない)


 彼は油断をしなかった。

 だから、今から行うことは全てうまく行かないことを前提に考えなくてはならない。


(最悪、ビッグキャノンを撃たれる覚悟もしなければならないか……その為に要塞をぶつけるわけだが……間に合うか?)


 要塞基地の加速は順調のはずだった。

 このままいけば、少なくとも敵艦隊を巻き込むことだけは確実だ。

 予想外の事が起きなければだが。


「……敵にトリスメギストスと同じ性能があるなら、予測するのは無駄か」


***


「敵がバベルに向かっているのだぞ! 後退をかけんか!」

「し、しかし、それでは敵の部隊に狙い撃ちにされます!」


 アンフェールは自分に歯向かう部下の胸倉をつかんでいた。


「貴様ぁ! 背後からあのキャノンに焼かれる方が良いというのか!」

「そうでは、ありません、が……」


 アンフェールの剛腕が首を絞め始めると、その士官は顔を赤くし、酸素を求めて口を開く。


「ならば後退をかけい! 各艦はバリアーとスモークを使え、盾にならんか!」


 その通達は攻めていたはずの艦隊の動きを乱れさせたが、もしこれに歯向かえばアンフェールは味方ごと撃つかもしれない。いや、むしろ自分たちはすでにそれ以上の悪行を行っているから、今更味方殺しなど気にも留めないかもしれない。

 そんな悪い意味での影響が艦隊の動きを統一させていた。

 わずかな乱れで、陣形を崩した二隻が敵の集中砲火を浴びて沈んでいく。その爆発を利用しながらアンフェール艦隊は防御陣形に移行し、後退を駆けていた。

 その実、このような陣形を取られると、バリアーが強固に働き、攻撃が通じなくなるのが厄介な所であった。

 ニューバランスにはバリアーユニットを搭載した艦艇が豊富であり、攻撃力もそうであるが、防御力もまた高い。それらをたやすく用意できるのが、強みであったのだ。


 しかし、後退は後退である。いかに防御が厚くても、攻め込まれているという事実は変わらない。そのような動きを見せれば、要塞の影に隠れていた反乱軍の艦隊も攻めに転じるというものだった。

 カラマスらの艦隊がコールソン艦隊の援護を行うように出現することで、勢いは増す。そうなれば、いかにバリアーがあろうと突破されるのは時間の問題である。

 だが、アンフェールはそんなことなどどうでもよかった。

 彼は後退を駆けつつも、指示をしていた。


「バベルの発射準備を急がせろ! 最悪、砲身が自壊しても構わん。敵に奪われる前に撃つのだ。敵が攻めてくるのであれば、好都合よ!」


 その指示は勇猛果敢に見えたが、彼の内情を語れば、バベルを失うことへの恐怖が強かった。修理可能な破損に留まるならそれでよしではあるが、あれを奪われる、もしくは完全に破壊されるようなことがあれば、彼の野望を達成する為の手段が一つ減る。

 ファウデンに対抗する為の武器を失うことだけは避けたかったし、自分の城が消えるのも良しとしなかった。

 なんとしてもバベルに戻り、コントロールを得なければならない。

 それに、バベルの防衛にあたらせた部隊はまだ無傷である。勝機は失われていない。


「火星方面の部隊が合流さえすれば、今度は我々が彼奴等を挟撃できる。耐えさせろ。死守するのだ。この戦に勝たねば未来はないぞ」


 その鼓舞は、兵士たちの罪の意識を再確認させるものであるが、効果はてきめんである。彼らはその時点で死兵となっていた。恐怖を武器として、その場にとどまり奮戦をするのである。

 そんな指示を出したアンフェールは彼らの意地などどうでもよかった。


「バベルに何かあれば、今後の活動に支障が出る……」


 彼のそのような不安は的中する。


「大佐! 敵艦よりプラネットキラーの弾頭射出を確認しました!」

「なんだと!?」


 彼にしてみれば起きて欲しくない現実がモニターに映し出される。

 それが、まさか自分がかつて部下だった男に持たせた一発であることを思い出す。

 ミランドラから発射された、プラネットキラーの鈍い輝き。まだ弾頭は炸裂していないが、仮に迎撃できても被害は大きい。


「や、やめろ!」


 彼は思わず叫んだ。

 友軍艦隊もそれを恐れて四方に散ろうとしている。そのままではバベルへと弾頭が突き進むだけだった。

 そして……プラネットキラーは、消失した。

 その現象にアンフェールらは一瞬だけ無言となる。

 が、直後に、その現象と同じものを開戦矢先に見たことを思い出す。


「あれは……」


 バベルを守るように浮かぶ黒い機影。

 それはゴエティアだった。地球に降りたはずの機体が杖をかざしていた。

 と同時に、アンフェールは自分らが何か光の粒子に包まれていること、そしてワープシステムが勝手に起動していることに気が付いた。


「ゴエティア! 援護を──」


 最後まで言葉を発する前にアンフェールたちはワープを行った。

 次の瞬間、アンフェールは軽い眩暈と共に、自分は戦艦ではない場所にいることに気が付いた。

 そこはバベルの管制室である。今は、無人運用を行わせている為に人員はおらず、コントロールは制御艦で行う状態であったが、なぜか自分はそこにいた。


「ゴエティアの力だというのか?」


 なぜ自分がそこにいるのか。

 疑問はあれど、彼は即座に考えを切り替えた。

 これはむしろ、好機であると。

 しかも、バベルの管制室はまるで主を迎え入れるように、稼働を始め、灯りがつき、周囲の状況を観測、モニターに映し出す。


「おぉ、我が艦隊が布陣しているではないか!」


 先ほどまで、後退をかけていた自軍の艦隊がいつの間にかバベルを守るように展開している。それもまたゴエティアの力によるものだというのか。

 アンフェールはそうに決まっていると納得した。

 なぜならば、敵艦隊が真正面に見える。それはバベルの射線上である。

 アンフェールは発射席に座り、バベルの状態を確認する。さすがに、エネルギーチャージは完了していないようだし、コンディションも最悪だった。

 二発目を撃てば間違いなくバベルは破損するだろうがそれで敵が叩ければ修理にも時間が使える。

 結果としてはオーライであると認識した。


「あとはチャージを待つだけだ」


 アンフェールがトリガーに指をかけて、舌なめずりをする。

 状況は確定していない。仮に、突破をされれば危険なのはこっちなのだ。

 ならば、今はチャージを待つ。


「しかし……ファウデンはどこにいる。まさか、あのゴエティアとか言うのに乗っているのか? それとも」


 だが、どこにいようと構うものではない。

 今はこのチャンスを無駄にしてはいけないから。


「反乱軍を倒し、ファウデンを始末すれば、俺が統治者となる。気がかりはわけのわからんマシンだが、友軍として動くなら使いようもあろう。不必要ならプログラムを書き換えればいい。そうだ、所詮、機械なのだからな」


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