平和の為に敵を倒すことに疑問はない、それがどうみても巨悪なら悩む必要もない
ヒューゲンらの艦隊が半壊していくのを見て、ミランドラ隊は動き出す。
(俺もまともな人間じゃない)
数が減り、それでも再集結して、攻撃を加える下方艦隊を見て、省吾は彼らを囮にしている自分を罵った。
それが戦略や戦術だとしても、この動きはやはり気分の良いものではない。
その言い訳として、できることをやるというのは当然の動きでもあった。
「フィーニッツのステルス円盤は探知できないか」
艦隊を攻撃する発光存在がフィーニッツによるふざけたマシンであることはわかる。ではその開発者である博士はどこにいるのか。あの男を取り逃がすと、またこのようなものを作り出し、むような混乱を引き起こす可能性が高い。
むしろ省吾の中ではファウデンの次に倒さねばならない相手だと認識していた。
(あの爺さんにとって、この戦いの結果はどうでもいいはずだ。俺が思うに、あの爺さんの目的は技術。自分の作品の行く末を見れればそれでいい。その為の実験を行っているつもりなんだ)
それは今までの戦いを通して出した省吾の結論である。
だからこそ倒さねばならない。知的好奇心は素晴らしいものだろうが、それで他人どころか世界に迷惑をかけていては話にならない。
さらに言えばこの男はその知的好奇心を満たす為に戦いをけしかけている。
「ゴエティアと戦う前に無駄に消費はしたくないが……そうもいっていられん。こちらが動きを見せればゴエティアも姿を見せる可能性がある。全艦、前に出るぞ。ロペス、ジャネット部隊は残存艦隊の援護だ。我々、ミランドラ隊はあの光るマシンを抑える」
敵は高出力のビームとそれを応用したバリアーを装備していた。
ならばそれに耐えられるのはミランドラだけだ。艦首のバリアー装置もさることながら、ハリネズミのような武装のおかげで敵を牽制できる。
敵一機に対して改良巡洋艦一隻に部隊総がかりというのは無駄なように思えるが、あそこで暴れる敵はそれ相応であると省吾は判断した。
何より、言葉は悪いが、あんなのに長く付き合ってやる時間もないのだ。
あの敵は間違いなく強敵だろうが、ただ強いだけの駒だ。その後ろに控えている本当の敵は強い弱いではなく、人類の尊厳にかかわる存在であるから、急がねばならない。
「パーシーとかいう男が乗っているだろうが……恨むなよ」
『艦長、戦闘機部隊も出るがよろしいか!』
戦闘に出してもらえないことに、うずうずし始めたらしいマークが叫ぶ。
士気は十分だった。
ここで戦力を出し惜しみするのも違うと思った省吾は頷いた。無駄に使うのも駄目だが、使わないはもっと駄目だ。
「機動部隊は出撃だ。ユーキ、聞こえるか」
『はい!』
「敵は厄介だが、倒せるな?」
『……考えがあります』
ユーキはすでに戦術を構築していた。
***
『──よし、許可する。しかし、それは敵に最も接近することになる。いいのか』
「今のトリスメギストスの装甲ならやれます。天才博士だか何だか知りませんが、同じようなことで応用するなんて、大したことないですよ」
ユーキは送られてくるパーシー機の姿を見て、すぐにその弱点を看破していた。
しかし、その弱点を突くという行為自体が危険性を伴い、目論見が外れればそれで手間取る。それは無駄な消耗を意味するから、やはり博打だった。
「なんだかこの船に乗ってからはずっとギャンブルをしている気がする」
「出たとこ勝負は海賊の手段でありましょう」
後部座席でフラニーはもう余裕だった。
何も心配はしていないという表情を浮かべるので、それがユーキに対して良いプレッシャーとなる。気負いするほどでもないが、精神をキリッとさせて緊張感を産む。
だから思考も鋭敏となるのだ。
「むしろ海賊って入念な準備をしてそうだけど……まぁいいか」
ユーキは苦笑しつつも、トリスメギストスを出撃させる。それに続くようにラビ・レーブ隊を続き、そしてマークが率いる戦闘機隊も発艦する。このうち、ラビ・レーブ隊はロペス、ジャネット部隊とも合流して、突破を図ってきた敵テウルギアを迎撃に向かわせ、トリスメギストスの直掩につくのはアニッシュとマークの戦闘機部隊だった。
「マーク隊長、お願いします」
『高速戦闘は戦闘機の本懐だ。しかし、囮になるのだぞ、お前』
「どっちにしろ、向こうはトリスメギストスを目の敵にしていますから、今更です」
『フン。言うようになった。ガッツがあるよ、お前は』
にやりとした笑みを浮かべながら、通信の向こうのマークは部隊を連れて一時的にトリスメギストスから離れていく。
「アニッシュ、この盾を離さないでよ」
残ったのはトリスメギストスとアニッシュのラビ・レーブのみ。
ユーキはトリスメギストスの左拳に当たるバリアーユニットを取り外して、アニッシュ機に装備させた。拳は、それ自体がジェネレーターにもなっているので、こうした使い方も出来た。しかし重い為に、機動性が極端に低下するのである。
『タイミングを合わせろってことでしょ』
「そういうこと」
そんな会話の終わりにアラートが響く。
同時にメインモニターには眩しく光る人型がいた。一直線に、こちらにむかってくるのが見える。
「来た……!」
ユーキはすでに防御態勢を取っていた。バリアーを全開にして、攻撃に備える。
光る人型からはまばゆく極太のビームが照射されていた。
直撃を受ければ、危険だがこちらもバリアーがある。落とされはしない。
「パーシーさん……悪いですけど、手加減はしません……!」
ユーキはあえてその場から動くことはしなかった。
その間にアニッシュ機がトリスメギストスから距離を取る。マークの戦闘機部隊も散開した状態で距離を離していた。
ミランドラは砲撃を続けながら突破してくる敵の他部隊に牽制をかけていた。
「僕たちは味方を囮に使ってしまった。だから、その戦法は使えるという事になる。そしてパーシーさんの動きもわかった。もう三回目だ。見切らせてもらうよ……!」
『──』
パーシー機はまるで何かを叫んでいるようにも見えた。それはマシンの挙動というべきか、勢いがそう感じさせた。
しかし……ユーキたちには何も聞こえてはこない。以前までなら、鼓膜を振るわせる程の叫び声を放っていたパーシーは恐ろしく無言だった。
彼の声は、どこにもなかった。
それなのに、頭をかきむしるような仕草をして、まっすぐにトリスメギストスへと突撃してくる姿は苦悶する人間のようで、不気味に映る。
『──!』
また、何かを叫んだのかもしれない。両腕を広げて、飛び掛かるようにパーシーは無数のビームを発射しながら迫る。それらは全てトリスメギストスのバリアーに阻まれる。
それが無駄だと分かった瞬間。パーシーは右腕を突き出す。それはまるでビームソードのように光が伸び、トリスメギストスを貫こうとしていた。
しかし……。
『各機、散布開始だ! 撃ち込め!』
パーシーのあまりにも直線的な機動は手動でも読みやすい。マーク隊の放つミサイルが殺到していた。
それらパーシーの体から放たれる無数の迎撃用のビームで撃ち落とされるが、それこそが狙いだった。
爆発は小規模であり、むしろビームが徐々に減衰していく。
彼らが放ったのは火薬の詰まったミサイルではなかった。
それは……対ビームスモーク弾頭である。
***
「ビームスモーク! おのれ猪口才な! しかし!」
突進を続けていたパーシーはうるさいコバエが放った攻撃を難なく防いでみせたが、それが煩わしい行為であることに憤慨した。
満載されていたビームスモークのせいで体にまとわりついたビームが減衰していく。
そう、この機体はビームが主体であるために、弱点もわかりやすいものだった。
しかし、その程度など、考慮されていないわけがない。
「エクセレント! よくも考え付いたぁ! しかし、無駄であるよ! そんなものはなぁ!」
消失しつつあるビームソードを中断し、ビーム粒子を己に集中させた。
大出力のビームが継続的に全身に回る。それは体内を流れる血液の如くであり、スモークで減衰しても、再び供給され途切れることがない。
これにより長距離攻撃は不可能となるが、機体性能そのものが低下するわけではない。
むしろやることは単純となる。
今の自分は、全身が武器なのだ。
「アタック! 今すぐその悪魔のそっ首ねじ切ってやる!」
全身で敵を殲滅するという感情を表現しながらパーシーは叫ぶ。
だが、彼は気が付いてなどいなかった。その声は誰にも届いてなどいない。
彼にはもはや声帯などない。そんなものは必要ないからだ。中枢神経を機械に接続してしまえば、機体が操られることはない。
なぜなら機体そのものが肉体となる。それこそがパーシーなのだ。
この光る巨人こそがパーシーなのだ。
彼の脳神経も視神経もあらゆる神経は全て。
パーツでしかない。
「エクスタシー! 悪魔よ、消え去れぇ!」
だから、全身に駆け巡るエネルギーは彼の血であり、力そのものであり、宇宙を自在に飛び回るという感覚は何にも代えがたい快楽であり、そして敵を討つという使命感。
そこに自らの体がどうなっているかなどという疑問を挟む余地はない。
目の敵を殺す。悪魔を討つ。宇宙に平和を。
「シネェェェェ!」
そんな叫び声も、彼の頭の中でしか響いてなどいない。
敵は、悪魔は、トリスメギストスは目の前から動こうとしない。バリアーを展開したまま。舐めている。見下している。今の体ならばバリアを貫き、倒せる。その顔のない貌を潰すことができる。
己の目に映し出される赤いビーコン。そこにトリスメギストスの中枢がある。それを消失させれば、全てが終わる。
「ノウ……! 抵抗するか!」
眼前、目と鼻の先にまで捉えたトリスメギストスはそこでやっと右腕を動かした。
巨大な拳がビームを纏う。ビームパンチ。こちらと同じ技術。だから減衰しない。しかし、出力だけを言えばこちらが上。多少の干渉はするだろうが貫けないことはない!
「スパイラル! 貫く!」
そして両者のビームパンチが衝突し、プラズマ発光を始める。バチバチと粒子が飛び交う度に凄まじい閃光が飛び散る。形勢はパーシーが優勢である。彼もまたそれを認識していた。それしか認識できていない。
それでいいのだ。敵を殺せる。それだけだ。
だからこそ、背後の衝撃に反応が送れた。
「ワッツ……」
パーシーは振り返る。そこにはバリアーユニットをもったラビ・レーブの姿があった。状況としては挟み撃ちである。
パーシーは笑った。なんと愚かなことをしているのだろう。この程度、弾けないとでも思ったのだろうか。全く持って無駄な行為だった。
「ノープロブレム。こんな子供だましで、私が倒せると、思ったぁぁぁぁぁ!」
怒りへと変わった感情が出力を上昇させた。
スパークする体。放出された大出力のビームが二機をいともたやすく吹き飛ばす。
弾かれたラビ・レーブを抱きかかえるようにトリスメギストスが動く。その行為は隙だった。
「へ、へへ……」
スパークのおかげで、ビームスモークも霧散している。
パーシーは右腕にエネルギーを集中させた。
そして……
「おのれ!」
トリスメギストスたちは目の前から消えた。
それがワープであることに気が付いた。パーシーは梯子を外された気分となり、さらに怒りをたぎらせる。獲物が逃げた。臆病者め!
脳内で罵る。
だから反応が送れた。
「え」
彼が気が付いた時。
バリアーを展開したミランドラの艦首がそこにあった。
だが気が付いた時には、パーシーという存在はバラバラに砕け散っていた。
と同時に機体に内包されていたビーム粒子が、パーシーであった神経を融解させ、その精神を包み込む。
「お、俺は──」
彼は心地よい闇の中へと沈んだ。
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