狂った思想の下で続けられる、こんな無意味な戦いは早期終結させるに限るとわからない人たちへの対処
「上下艦隊が少し猪突しすぎている気もするが、まだゴエティアは確認できないな?」
エンジンを始動させ、もはや生半可な攻撃では軌道修正することなど不可能となった要塞基地の背後。艦隊を組むミランドラの艦橋で、省吾は第一陣の攻撃艦隊が捉えている映像を見ながらつぶやいた。
「トリスメギストスの反応は安定しています。奴は恐らく、まだ地球にいるかと」
ケスは情報精査の方に集中しており、各種の戦況はつぶさにケスの下へと送られていた。
「地球の現状がわからないのが不安だが、そこにばかり意識は向けられないからな……」
ゴエティアによって地球上のライフラインが途切れているという状況は不気味だった。もちろん、文明社会が断絶しようと、人間は間違いなく生きていける。しかし、他者から強制的に文明を取り上げられて、原始人のような生活を送らされるというのは苦痛である。
反機械社会を掲げて、ガイアニズム、エコニズムを謳うのは別に悪いことではないが、これはいささか行き過ぎた話だった。
(行き過ぎた文明発達が地球の環境を汚すとかいうのはお決まりな話だが、同時に発達した科学が汚染を抑えることだってできるはずだ)
とはいえ、その理屈はお互いに水掛け論となる。
(俺だって学校に通っていた男だ。文明の発達のおかげで、人間は病気を克服したし、怪我を乗り越えれるようになった。ちょっと前まで、出産ってのは命がけだったのを、ある程度は母子ともに安定できるようになった。それは普通に素晴らしいことのはずだ。それらの恩恵がなくなり、ただ自然の摂理という強制を行えば、余計な混乱を招くだけだというのに)
しかも、それを行うのが機械技術の粋を極めたマシンだ。
それは違和感の塊である。人が自然として選択するのではなく、プログラミングされた機械がそれらを行わせる。圧倒的な力を秘めたマシンが、他者から力を奪い、それを押し付けるなどというのは生命の生き方として反している行いだと思うのだ。
「……気に入らんな」
「は?」
省吾のつぶやきにケスは思わず聞き返してしまった。
「いや、この戦い。勝たねばならんが、仮に勝ったとしても、ゴエティアをどうにかしなければ、ファウデンの目的は達成される気がしてな」
「ニューバランスが勝てば、人類の支配は彼らのものとなるでしょう」
「どうかな。アンフェールらはそう思い込んでいるかもしれんが、アル・ミナーを無慈悲に破壊させ、自分の娘も殺そうとして、今は地球の活動をストップさせている男だぞ。俺たちも邪魔者かもしれんが、そんなことをしている男が果たしてニューバランスを残すと思うか?」
「……! ファウデン総帥の狙いがはかり知れませんな」
「理解してやる必要はないだろう。ただ狂った爺さんが、狂った理屈で動ている。それだけだ。何とかして、あの爺さんの鼻を明かしてやりたいと思うよ……その為にはまずこの戦いには勝つ……だが、それだけじゃいかんな……」
ファウデンの思想を崩す。その第一段階という意味ではトリスメギストスの成長は良い方向に進んでいると思う。奴は、人類の支配など求めていないという報告が入っていた。
むしろそんな面倒なことをする気がない。逆を言えば、トリスメギストスは人類にそこまで期待していない。それはある意味では適切な距離感を取っているとも言えた。
過剰に期待もしなければ、深く絶望もしない。生物とはそういうものであり、己もまたその中に一つであると答えを出しつつあるらしい。
積極的な支配、管理とはつまり密接に関わるというのと同じであった。
(ある意味……トリスメギストスのその怠惰な姿勢こそが、神様に近い性質をもっているんじゃないか?)
だが、省吾は宗教学には明るくない。神の定義などできない。ただ漠然とそう思うだけだ。
「敵艦隊に動きが見られます。上部艦隊へ突出するようです」
クラートの報告が入ると、省吾は意識をそちらに集中させた。
「コールソン艦隊の方か」
アル・ミナーからここまでコールソンは耐えに耐えていた。それが今爆発しているのか、勢いも激しく見える。果敢な攻めと堅牢な守りを見せて見事に敵艦隊を抑えているように見える。
だが、やはり猪突しすぎているのは不安であった。
「要塞の加速はどうなっている」
「あと一時間程でビッグキャノンとの衝突が予測できます。しかし、キャノンにも動きが」
「そりゃそうだろう。あっちの切り札の一つだ。何とかして撃つだろう」
要塞はその為の盾でもある。撃たせずに、衝突で破壊できてもよし。よしんば撃たせても次の照射までには時間がかかるはず。ゴエティアの危険もあるが、多くの兵士たちからすれば目の前に見える巨大な兵器こそが今一番の恐怖に映るだろう。
それを無力化できれば、勢いはこちらに出来る。
「トリスメギストスを帰還させろ。こちらの機動部隊は温存する。旗艦のグリゴリィはどう動いている?」
グリゴリィとは反乱軍の旗艦であり、全体の指揮を執るカラマスが乗る戦艦である。そこには他にもイャーオン、ワシリーという戦艦があり、それぞれの代表が乗り込んでいた。
最後の代表であるコールソンはシュメーオという戦艦を指揮していた。
「あちらも戦力の温存を決め込んでいると思います」
「ならばいい。ロペス、ジャネット両艦長にも伝えい。我々はバベルキャノン、もしくはゴエティアが出てきたら分艦隊として行動する。カラマス代表にも許可は貰っている」
もとよりこの改造されたミランドラは少数での方が動きやすい。
それに、ゴエティアへと対処するなら少数艦隊、部隊の方がよかった。あまりにも数が増えすぎると、コントロールを奪取された時が恐ろしいからだ。
それでもいくつかの部隊を直掩につけたのはゴエティアへの警戒だけではない。
「レーダーには目を光らせろよ。フィーニッツのステルス円盤が潜んでいると、またわけのわからんマシンで攻撃してくるかもしれんからな」
未だに姿を見せないフィーニッツが不気味だった。
とにかくこいつらに邪魔をされるとすべての予定が狂う恐れがある。だから彼らを撃滅する為の最低予想戦力も必要だったのだ。
だが、今はまだ動いてはならない。状況の推移を見極める必要がある。ようは後だしじゃんけんである。
それでもモニターされる戦況を見ると、反乱軍側にも数隻撃沈される艦艇が増えてきた。
「味方を囮にしているようで気が引けるな……」
そういう考えは、まだ省吾が甘いという証明であった。
***
反乱軍の上下艦隊のうち、下方を攻める艦隊にヒューゲン艦長はいた。
このような大規模な艦隊戦は長い軍歴の中でもそうそう経験することのないものだった。
少なくとも、自分が士官学校を出て、今まで海賊退治ぐらいはしてきても、大規模戦闘などなかったからだ。
そういう意味では、不謹慎ながらも、一大決戦というのは胸の躍るものだった。
同時に努めて冷静に指揮をとらねばならなかった。
「敵の本隊は上に逃げるぞ。邪魔となる壁の艦隊を突破して、指揮官を討てば戦いがぐっと楽になる」
上艦隊を担うコールソンとかいう反乱軍の指導者は勢いのある攻めを見せていた。その勢いに飲まれて、敵艦隊の動きは鈍い。それを下から援護すれば突破はように思えたが、戦いとはそう簡単なものではない。
実の所、ヒューゲンは攻めあぐねいている。というのも敵の分艦隊は防御を集中しており、対ビームスモークを湯水のように使い、バリアーも展開していた。対するこちらはスモークなぞ数は揃えられず、バリアーはあれど艦隊数では負けている。
金持ちと貧乏の戦い。持久戦に持ち込まれていた。
「伊達に中央本部所属ではないか。最新鋭の装備だけではない。訓練も最新だったというわけか」
ニューバランスとはエリート集団だ。
そして地球という拠点にいて、そこから方々に進軍する本格的な軍事組織。のうのうと贅沢を享受しているわけではない。
腐っても、彼らにはエリートという自負があるというわけだ。
むしろ、ふてくされていたのは自分たち辺境配属隊の方だったのかもしれない。
ヒューゲンはこうも突破ができない艦隊の動きを見て、つくづくそう思った。
「だが、奇襲は効果がある。足並みがそろっていないのも事実だ。敵の層の薄いところを狙え。一点突破を図る。機動部隊も前に出せ。爆装機は残弾を気にするなと伝えろ」
ヒューゲンは自分たちが突っ込めばそれは全体の援護になると考えた。敵味方が入り乱れた艦隊戦ともなれば、それは都合がいい。
「ようし、オープン回線で呼びかけろ。ここに集まっている敵艦隊にも、心が揺れているものもいるかもしれん。味方に引き込めれば……」
刹那。ヒューゲンはメインモニターに光を認識した。それがビームの光であるのは長い経験でわかったが、不思議なのはそれが射出されたものではないということだ。
ビームの光がまるでそこにとどまっているように見える。光の塊。
が、そうであると認識した瞬間。その光は凄まじい速度を見せて、ヒューゲンから見れば右舷の艦隊に突進していくように見えた。
直後、いくつもの部隊が爆発を起こせばそれが攻撃であることは理解できるが、いかなる攻撃であるかを判別することはできなかった。
「なんだ! 狙撃か!」
しかしビームスモークもバリアーもある。ビームは減衰して大したダメージにはならないはずだ。
しかし、現に右舷の部隊はダメージを負い、爆発でスモークが吹き飛ばされてしまい、敵艦隊の攻撃をまともに受けてしまう。
それでは壊滅だった。
それ以上に恐怖するべきか、その光がまっすぐにこちらに向かってきているということだ。
「撃ち落とせ!」
ミサイルと機銃による迎撃を行うが、その光は弾けたかと思うと無数のビームを散布して、それらを吹き飛ばしていた。
光は、ビームそのものであり、人の形をしていた。
それがテウルギアであることを認識したのは、ヒューゲンの乗る艦の目の前に、それが現れた時だった。
「ビームを纏う、人型──」
白色のビームがヒューゲンを焼く。
一瞬にして蒸発した老兵が最後に見たのはビームの衣を脱ぎ捨てた一つ目の巨人の姿であった。
***
ヒューゲンの艦を撃沈したそれは再びビームを纏う。
白き装甲の各所にはビーム発生装置が組み込まれ、それらが共鳴を果たすことで全体をビームが覆う。それはバリアーともなり、攻撃にも使える。
図らずも、それはトリスメギストスが構築したビームパンチと同じ技術であった。
だが、その機体には余計な武装はない。ただビームを使う。それだけのシンプルさがあった。
だからこそ、特化が出来ているのだった。
「スパークゥ……私は今、光となっている……!」
ビームを纏う機体の中。
否、それはもはやコクピットではない。パーシーという男が組み込まれた、もう一つの体だった。
パーシーという存在は、機体の一部となり、機体はパーシーの巨大な体として機能している。
己の体を動かすのと大差ない感覚。巨大な力、万能感がパーシーの残った脳内を満たしていた。
「私は宇宙を照らす光! 悪魔を討つ、光輝! サルヴァトーレ!」
歓喜の声と共にパーシーは己の体を発光させる。
纏ったビームが拡散し、周囲に散らばる敵艦隊を貫く。ビームスモークの影響で撃沈しそこねた戦艦もあるが、かといってパーシーを撃墜できるものもいない。
機体そのものビームの弾丸として加速させれば、それでもはや止められる機体はいない。
パーシーはただ突撃をするだけで、敵艦隊を殲滅できるだけの力があった。
「カモォォォン! 出てこい……悪魔めぇ! トリスメギストス! そしてもう一つ……! 悪魔が二体! 恐ろしい、恐ろしい!」
絶叫がこだまする。
「ビィィィィ! ライトォォォォ! あぁ神よ、神よ! 悪魔を討つ力を!」
そのような発光現象を確認したミランドラ隊が、動きだすのは当然とも言えた。
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