時世を読めないものは取り残されるが、時世を読んだつもりのものは破滅へと突き進む
ニューバランス艦隊は恐怖をもって艦隊を統制しようとしていたが、一日もあればある程度の形は作られる。思考の停止というべきか、行われた所業に対して言い訳ができないと悟れば、人は恐ろしいまでに従順になる。
兵士たちは自分たちが恐るべきことをしたと認識してしまったのだ。
だが、同時にある一つの共有された概念が生まれつつあった。
それは己らが特権階級であるというもの。それは支配者側の人間であるという自覚だった。
自分たちは良き事を行う。その為の殺戮を容認しなければならない。
後戻りできない所まで来て、このまま負ければ自分たちは間違いなく戦争犯罪者として処罰を受ける。
世間に対しても、大手を振って歩くことはできないだろう。
それはつまるところ、逃避だった。ならば、せめてこの戦いに勝ち、言葉通りに贖罪として人類を正しく導く為に動かなければならない。
それだけが、彼らに残された唯一の道であると信じて。
「ファウデンめ、地球まで潰す気か」
ただ一人、己を曲げない男がいた。
アンフェールは報告に上がる地球の現状を聞いて、本格的にクーデターを起こすべきかと考えていたが、同時に今はこの勢いに乗ってしまう方が得なのではないかという算段も描いていた。
(しかし、地球上の邪魔な勢力を一掃して、キレイにするというのは我々の統治に対して都合がいい。あとは、ファウデンを抹殺して、俺が政権を握ればよい。マシンの方はどうとでもなる。しょせんは高性能な機械)
ゴエティアの行いは余計な仕事を増やしもするが、同時に反対勢力に対する打撃にもつながっている。地球各地の勢力はこの時点で機能を停止しているだろうし、良くも悪くもメディア関連も全滅している。
これは余計な情報が撒き散らされないということでもあった。理想論となるが、この戦いに生き延び、凱旋を果たせば事態は都合よく改ざんできる。
時代と歴史は勝利者が作る者というのは正しかったのだとアンフェールは認識した。
(だが、その為にはプロフェッサーたちを探さねばならんか?)
トリスメギストス。ゴエティア。この二体を開発したフィーニッツは単独で戦力を保有してどこぞへと隠れ潜んでいるが、所詮は単独である。ファウデンと裏で繋がっていたこと自体は驚くべきことではない。
そもそもフィーニッツは順次、敵の情報をこちらにも送っていた。それそのものが大きな実験であったと言われたが、果たして成果があったかどうか。
唯一分かるのはトリスメギストスもゴエティアも一機動兵器が持つ戦力としては過剰だった。それだけだ。
パイロットさえどうにかしてしまえば何とでもなる。
それが、アンフェールの誤算であることを、知る由もない。
(だが、今はどうあれ反乱軍どもを叩き潰すことが先決だ。連中をバベルキャノンで一掃すればいい。無茶をすれば二射目も発射は可能だろう。バベルは壊れるだろうが、また修理させればい良いだけ。それが終わればファウデンを殺す)
腐っても軍を指揮する者。優先するべき敵というものを認識していた。
「各宙域よりの増援はどうなっているか」
アンフェールはとにかくとして戦力をかき集めさせた。
先の戦いで無様を見せられたことに対する怒りと呆れ、焦りもあってか戦力に関しては敏感だった。
地球に残っていた部隊は素早く合流させることができたが、少しでも地球圏を離れているとワープを使っても集結にはまばらである。
「はっ。最長でも一週間となります。火星駐屯部隊であればあと二時間後に合流と思われますが……」
「火星部隊であれば三十隻はかたいか……」
火星基地に駐屯するニューバランスの部隊はもっと多いが、即時的に動ける艦隊はそれが限界であった。
それでもやってくるであろう反乱軍の艦隊に対しては優位に立てるはずだった。
「所詮、敵は烏合の衆。火星艦隊が合流すれば数でひねり潰せる」
「しかし、唯一懸念なのは……離反者も存在するということです」
「捨て置け。だがまだ手は出すな。あれらはまだ使い道がある」
「は? と、いいますと」
「場の混乱で離れた者たちだ。志は同じくと思っている。戻り次第、原隊への復帰を許可させる」
「大佐の寛大な処置に、彼らも喜ぶでしょう。しかし、良いのですか」
「戦力は多い方がいいに決まっている」
ここでアンフェールは自分がらしくない腹芸をしていることに気が付いて、思わず笑いそうになった。
原隊への復帰? 認めはするが、同時に首輪をはめるという事だ。ここにいる者たちもそうだが、むしろ逃げ出した敗残兵の方がもっと悲惨であることを、逃げ出した当人たちは気が付いていないだろう。
しかし、窓口として開いておいて、受け入れを認めればそれは自分たちする高評価につながるはずだった。
少なくとも、逃げ出したものは最終的に撃滅するというファウデンよりも寛容に見える。表面上ではあるが。
「とにかく、今はバベルキャノンの第二射の調整と、残存艦隊の修理を急がせ……」
その言葉は突然のアラートで中断された。
「何事か!」
「わ、ワープアウト反応です! 巨大な物体が……あぁ!」
オペレーターの悲鳴が答えたっだ。
ニューバランス艦隊の目前。相対距離にして四十キロ。戦闘距離としては至近距離も良いところだった。
しかもそれは良い的になる。ワープアウト直後はいかなる高性能艦でも、コンマの隙ができる。それは絶対だった。ならば長距離ビームであれ、ミサイルであれ、攻撃を加えることでそれらに先制ダメージを与えられる。
ワープアウト反応は奇襲とも取れたが距離が空きすぎていた。アンフェールの知識が、それは素人の作戦だと思わせたが、ならばこそ速攻で攻撃を仕掛けるという選択を選ばらせた。
しかし……巨大物質という単語が気がかりであった。
「撃て! 攻撃を開始しろ! 同時にこちらは対ビーム防御を……なに!?」
アンフェールの命令は確かに実行されたが、同時に彼もまた驚愕をすることになる。
なぜならば、彼らの視界に映り込むのは巨大な小惑星。否、それは各拠点に置かれたはずの要塞基地だった。それが目の前にワープしてきたのである。
「馬鹿な!? 宇宙要塞がワープを、なぜ……はっ!」
敵にも同じマシンがある。
そのことは重々承知していたはずなのに、アンフェールは侮っていた。
自分たちが大艦隊、そしてバベルキャノンをそのまま転送されたこともそうであるが、ならば敵も艦隊を差し向けることは可能だろうという予想は建てられていた。
しかし、よもや要塞を持ち込んでくるというのは想定外だったのだ。
さらに脅威なのは、あれら要塞は小惑星をくりぬいて作られる為、純粋な強度は鉄でできた戦艦たちよりも上だった。
「ぷ、プラネットキラーを撃ちだせぇい!」
あのような物体が突如として現れれば、使える武器は限られる。バベル発射までの準備を整える暇はない。
アンフェールの判断は決して間違いではなかったのだ。
彼の号令の下、数艦からプラネットキラーが射出される。いかに小惑星の要塞でも重力異常の前では動きを停止せざるを得ない。仮にそれが不可能でも、敵艦隊にダメージが与えられれば、それでいい。
「着弾まであと四十秒!」
しかし奇妙だ。
敵艦隊はどこにいる。要塞の背後に隠れているのか。攻撃が飛んでこないのも不可解だ。目の前の要塞が巨大なデコイだとすれば、敵は真上か、真下か。当然警戒はさせているが、目の前の巨大な脅威を取り除かねばならないというのは本能だった。
「テウルギア隊も前に出せ。敵がどの方角から攻めてくるかわからんぞ」
「着弾まであと三十秒!」
敵からの攻撃はない。
ならばこれは駆け引きだ。
「二十!」
だが、自分はもう一つ忘れていることはないだろうか。
アンフェールの疑念は残っていた。
「十!」
飛来していくプラネットキラー。
そして。
「……?」
着弾の報告もなければ爆発もない。
「なんだ、どうした。なぜ報告がない」
「そ、それが……プラネットキラー……反応、消失です」
「なんだと!?」
怒鳴った後で、彼は思い出した。
トリスメギストス。あれは、プラネットキラーを無効化する。
そして、その実証はすでに立っていた。
「映像拡大! レーダー感度も上げろ! 化け物を探せ!」
「艦隊南天方角より敵艦隊!」
「北天よりも!」
それ見たことかと叫びたくなったが、それも不可能だった。
「しゃらくさい! しょせんは烏合の衆、部隊を分けたことで分隊は減っているはずだ。各個撃破に持ち込め。バベルは!」
「げ、現在最終調整中ですが、時間が……砲身の冷却が」
「構わん。撃てるようになれば撃て。あとで直せばいい。敵は要塞をぶつける気か……馬鹿め、そんなことをすれば、我が艦隊は押しつぶされる。バベルの破損は許容できても、消滅は避けねばならん……!」
それに、ここで要塞から逃げる為に散り散りになっても、それはこちらが各個撃破を受けるということだった。
「包囲されているではないか……どういうことなのだ」
だが、戦力の総数はまだこちらが上だ。目の前の巨大な要塞も衝突には時間がかかるはず。まだ余裕はあった。
「……南天の敵艦隊を集中的に攻撃しろ。艦隊を移動させる準備だ」
しかし、念のための命令は出しておくのだ。
「おのれ……ファウデンは何をしている。ゴエティアは何をしている。あれが動けば、敵艦隊なんぞいかようにもできるのではないのか。それとも……」
ファウデンはこちらを見捨てたかだ。
今をもっても、何を考えているかわからない爺さんの行動は、不可解すぎた。
単独で地球に降りて、インフラを全滅させて。
しかし、こうも敵艦隊の奇襲を受ければ、奴とて戻ってこなければならないはずだった。
敵に、トリスメギストスがいるのであれば……。
アンフェールはビーム同士の干渉で発生する閃光を目にして、戦端が開かれたことを認識する。
「全艦に伝えい、背水の陣である。この戦いに負ければ、我らは一生、悪行の名の下に刻まれるぞ」
真実としては。
一番、この状況を恐れていたのはアンフェールであった。
当人に、その自覚がないのは、不幸である。
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