第4話 白檀の闇
それまで女が座っていた椅子の上には、小さな蛹が転がっていた。蛹の周りには、すっかり中身のなくなった洋服と、柔らかな皮が残されているばかりだった。
「だから言ったのに。まあ、蛹になったんだから、いずれ蝶に変わるだろうさ」
男は蛹を摘まみ上げて掌に乗せた。
そうして、くるりと和装の女を振り返る。
「やあ、姐さん。そいつは如何します?」
床に滑り落ちた服と皮とを指さして、男は首を傾げた。
「そちらは私が戴きましょう」
腰を屈めて、女は優美な仕草でそれらを拾い上げ、うふふ、と鈴を転がす声で笑った。女の顔は、白く美しい、鼬の顔だった。
男はじっとその容を見て、ほう、と細く息を漏らす。
「相変わらずに、上手く変化するもんですね」
「あら厭だ」
そっと口元に当てた白い指の下で、艶然とした笑みが浮かぶ。
「一体どんな蝶に変身するでしょうね、この蛹は」
男は壁際の大きな水槽に近づくと、そっと蛹を差し入れた。硝子の囲いの中で、男の指に驚いた何十匹もの蝶が、一斉にその翅を広げた。
辺りは束の間、蝶の翅の色に煌めいて、やがて明かりの底に、ふっと沈んだ。
残るのは、白檀の香りの暗闇だけだった。
白檀の闇 中村ハル @halnakamura
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