三津凛

第1話

久し振りに夏目漱石を読むと、それがあまりに私と重なって読めるものだから、唖然とした。それから、一見して恵まれているように思える彼の経歴を、強い酒を舐めるようにして考えた。

海をも越える英字だって、彼に生のなんたるかを教え込むほどには強くはない。

いわんや、私など……。


誠実に生きたいと願うほどに、不純にまみれる。

たとえば結核患者になった時、余命についてなにを考えるだろう。青白いばかりの、生きた屍になって、初めて自尊心を得るだろうか。

それほどまでに、満たされず病んだままの自分に、今度こそ絶望するだろう。

それで、じわじわと磨耗していくだけの最期だろう。

病理解剖された網膜は、これ以上ないほどの白に覆われているだろう。最期に見たものが、病室の天井、医師の白衣、看護師の背中であるからだ。

白は焼きつき、それは最期の葬送を彩るこれ以上ない色彩になるだろう。


地球の裏側を、土足で歩いている。

地球の中心へ行けば行くほど、鉱物は純度を増して、エメラルド、ルビー、サファイアへと成っていく。

さながら我々は、宝石箱の上にへばりつく、シラミのような存在なのだ。


なにが哀しくて、詠う。

なにも哀しくないから、哀しいとも感じれないから詠う。

舌があるうちは、我々は詠わない。

舌を切られてこそ、初めて渇望するのだ。

芸術は不具の証しであれ。


剥き出しの神経を夜風に晒して、ほんの些細な振動にも痛い痛いと喚いている。

切れかけの電燈が瞬く。その点滅にも、痛い痛いと喚いている。

その瑣末さが、これほどまでに馬鹿馬鹿しく、それでいて重大なものに思われる。


人はやがて、誰もが等しく同じ灰へと還っていく。

それは昼間の月のように朧げで虚しく、共感はされないものである。

そのための意味を求めて、彷徨うている。

十全に満たされず、また満たされていないからこそ、だらだらと生き続けることができるのだと確信をしよう。

希望でもなく、絶望でもない、無とは鈍い痛みに似ている。



Beatus vir qui suffert tentationem,

幸いなるかな 試練に耐え得る者よ

「ヤコブ書」1-12

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三津凛 @mitsurin12

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