話なんて100個も用意できませんよ!

海野しぃる

101話ある!

「か、か、書けたぁ!」

「書けたじゃないのよ! ほらあと一本、きりきり書いて! 私はもうネタ切れなの!」

「え~無理ですよ僕小説書いたことないんですもの。先輩、やっぱ一ヶ月で百本短編ホラーを集めるとか無理ですよ」


 私は無言で後輩の尻を雑誌で叩く。

 我々の掟は唯一つ、書けば書ける。

 そう、書けば書ける。書かないから書けないのだ。

 たとえどんな状態でも書けなくてはだめだ。


「ほら、あと少しで百話揃うんだからグダグダ言わずにさっさとやる! 終電間に合わなくなっても知らないからね!」

「だいたい僕ら編集者じゃないですか! 書くのは仕事じゃないでしょう!?」

「良いのよ! とにかく今日中に入稿しなきゃ企画自体間に合わなくなるの! 8月号の目玉なんだから!」

「もう架空のペンネームも思いつきませんよぉ!」


 有名作家さんにお願いして間に合った原稿は50本、残りの50本は私と後輩が残業して書いている。

 全く夢も希望も無い話だ。しかもこいつはまだ一つしか書けていない。48本は私が書いたのだ。これで話の数は99。あと一本、原稿が仕上がれば100揃うというわけだ。


「だいたい百物語なんて百話出たら本物のおばけが出て大変なことになるのにどうするんですか!」

「えっ!? そうだっけ?」

「そうですよ! 先輩そんなことも知らずに百物語企画始めたんですか!?」

「うるさいわねえ! ちょっとまって、今幾つだっけ」

「僕だって知りませんよ!」


 悲鳴をあげる後輩。情けないのだが可愛いところもある。こんな夜遅くまで仕事に付き合ってくれるし、まあ飲みに連れてってやるくらいはしても良いかもなと思っている。そう考えるとあまりいじめすぎて嫌われるのも困る。


「ごめん、うっかりしてたかも。数え直すから書いてて頂戴、なんでもいいから適当に書いておいて」


 私は原稿の数を数える。

 まず私と後輩の原稿が合わせて49話分、これはナンバリングしたので大丈夫。


「えー、それで馴染みの作家さんから集めた分が……」


 おかしい。


「あれ? こんなにあったっけ……?」


 51話ある。

 つまりもう合わせて100本あるのだ。


「先輩、出来ましたよ。101


 そう言われて顔を上げる。オフィスには誰も居ない。

 いや、それより、なにより。一人になってやっと気づく。


「……私、一人で書いてた筈だよね」


 さっきまで、私、誰と話してたんだ。

 今まで、私、何を後輩と呼んでいたんだ。

 好奇心を抑えきれず、先程まで誰かの居たパソコンの画面を覗く。


     *


「か、か、書けたぁ!」

「書けたじゃないのよ! ほらあと一本、きりきり書いて! 私はもうネタ切れなの!」

「え~無理ですよ僕小説書いたことないんですもの。先輩、やっぱ一ヶ月で百本短編とか無理ですよ」


     *


 私は無言でオフィスから飛び出した。

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話なんて100個も用意できませんよ! 海野しぃる @hibiki

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