第31話 歓迎、紅茶に不安を溶かして

広大な敷地に、豪奢な内装。

 

 しかし貴族の屋敷とは言え、エントランスの床は一面が大理石張り。天窓には聖教会のようなステンドグラスがはめ込まれたその造りは、もはや城と言っても良いような規模の邸宅だ。


「三人共、船旅お疲れさまっていうか、グラニカちゃん久しぶりー!!」


「きゃっ、え、エレナ!?」


 先程までの怒気が嘘のように、エレナリアが満面の笑みでグラニカに抱き付く。


「ご機嫌よう、エレナ様」


「やあ、エレナリア」


 ファーリアとセフィロもその様子を見ながら苦笑いで挨拶を交わす。

 エレナリアは昔からなぜかグラニカのことをとても気に入っているのだった。


「そっちの二人は何回か会ってるけど、グラニカちゃんは本当に三年ぶりよね~!会いたかったわよー!」


 妖艶なデーモン族の女性サキュバスの本気の抱擁にあたふたするグラニカだが、やがて諦めたように身を預けると、エレナリアはぬいぐるみを抱くように、満足そうに抱き上げる。


「あら、そういえば迎えを頼んだ伯父様は?」


「ああ、マダル様なら『エレナリアによろしくお伝えください』って、お帰りになったよ」


 エレナリアの伯父、マダル=グラニファーとの馬車旅は、セフィロにとっては緊張しながらも得るものがあった有意義な時間だった。


「そう、まったく伯父様も照れ屋なんだから。ま、いいわ。あー、グラニカちゃん相変わらず良い匂いね……すー、はー……すき……」


「あ、かか、嗅がないでーっ!あ、汗とかかいてるから!エレナー!?」


 顔を真っ赤にするグラニカを、エレナリアは楽しそうにからかっている。

 何やら良くない状況だった様子だが、この一時だけでも安らげるならば、とセフィロは静かにそう思う。


「ごめんね、私もグラニカちゃんの孤児院に行こうと思ってたんだけど、ほとんどこっちに缶詰めで……とにかく、無事でよかったわ。さ、こっちに来て、そろそろ休憩しないと私もう無理」


「あわ、エレナ、引っ張らないで~」


 エレナリアに引き摺られていくグラニカを、ファーリアが「待ってください~」と追いかけていく。


 セフィロがパラドンの方を見ると、ちょうど視線が合った。


「……ま、行くとしようぜ」


 パラドンに肩を押され、二人して女性陣の後を追うことになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「グラニカちゃん、いっぱい食べてね♥ もちろんファーリアもね」


「こ、こんなに……! ありがとう、エレナ!」


「わあ、とっても美味しそうですわ!」


 エレナリアに案内されたのは、精巧な細工が施されたラウンドテーブルと椅子の並ぶ、応接間。

 グラニカの目の前には、色とりどりのケーキや、ショコラ、パイやマカロンなどのスイーツが盛られたケーキスタンドがあった。

 

 もちろん、それぞれの手元には、湯気がたった紅茶のカップもある。


「エレナめ……俺への対応と全然違うじゃねえか……今に始まったことじゃないが」


「まあまあ、パラドンも食べなよこれ。旨いぜ」


 恨みがましく呟くパラドンの横で、セフィロがサクサクのパイ生地を頬張る。

 中身は、黄金色になるまで煮詰められた林檎だ。


「ばっ、セフィ、お前まで菓子で懐柔されんなよ!やめろやめろ、俺は近頃、腹が出てきたと嫁にどやされてんだ、パイを近付けるんじゃねえ!」


 数年ぶりに会っても、全員の関係はあの旅の頃と何も変わっていなかった。それぞれ生まれも故郷も、境遇も違う。それでも、一緒にこうして笑える。背を預けて、全力で命を張れる。


「……みんな、食べながら聞いてね」


落ち着いた頃、エレナリアがそう切り出した。

 

 その場の全員が、彼女の方へ視線を向ける。三人がここに到着した時に聞こえたエレナリアとパラドンの会話があったので、彼女がタイミングを見計らっているのは、全員知っていた。


「ふふ、ごめんね。気を使わせたわね。実は……魔王城と聖光神殿の監視基地から連絡が途絶えたの。恐らくは、両方とも……」


「っ!」


グラニカとファーリアが同時に息を呑む。


 視線をテーブルに落としたままのパラドンが、言葉を引き継いだ。


「……今、エレナの配下、オブロンが一部隊を率いて救援に向かってる。帰還最優先で、敵が居ても手を出すなと言ってある。まあ、定時報告が途絶えてもう4時間近い。さすがに鉢合わせるこたねえと思うがな」


 魔王城の監視基地と聖光神殿の監視基地は、それぞれが相当の距離離れている上、グラニファー本邸からも聖光神殿は6時間、魔王城基地は最短二日、天候が悪ければ三日ほどかかる。


 その二つから同時に連絡が途絶えたということは、敵勢力は魔王の後継者だけではないか、もしくは距離の概念を無視できるほどの力を持っていることになる。


「聖光神殿には教会の方たちもいたはずです……!すぐにお救いしなければ!」


 ファーリアが椅子から立ち上がるが、セフィロに手を握られ、なんとか落ち着きを取り戻す。


「ファーリア、今はオブロンを信じよう。こうなった以上、俺達が闇雲に動いて時間を無駄にするのはまずい。魔王の後継者を止めない限り、被害は増え続けるだけだ」


「………っ、はい、セフィ……」


 聖光協会の司祭の娘として生まれたファーリアは、生まれながらにその身に"女神の祝福"と呼ばれる刻印を宿していた。


 それが分かってからは、魔王に対抗し得る聖女として教会の中枢で守り育てられてきた為、彼女にとって教会の人間は家族であり、守るべき存在なのだ。


「オブロンの部隊には、聖光神殿に向かってもらってるわ。あそこはそもそも監視基地が隣接してるからね。遠隔通信用の魔法道具も持たせてるから、もう少しで連絡が来るはずよ」


 エレナリアにしても、駐在させていた部下たちの安否が気にならない訳がない。ファーリアの気持ちは痛いほどよくわかる。


「それで、急なんだけどね。聖光神殿の状況が判り次第、私達は魔王城攻略へ向かおうと思うの。出発は明日の早朝。準備は、そこの筋肉ダルマと終わらせてるわ」


 魔王城と聖光神殿は、方角が異なるため、オブロンの部隊だけでどちらも回るとなるとかなりの時間がかかる。

 聖光神殿は任せ、状況次第ですぐさま魔王城へと向かおうというのが、パラドンとエレナリアの考えていた作戦だった。


「一通りの旅装、登山道具、魔法薬、それに食料や馬車の手配、なんとか終わってるぜ。出ようと思えばすぐにでも出れる」


 魔王城は大陸の深奥、高い山々に囲まれた秘境の地にある。当然、道中での補給がなければ、辿り着けるものではないが、そちらに関してもエレナリアは当てがあるとのことだった。


「二人ともありがとう、状況はわかったよ。オブロンからの報告を待って、仮眠を取ったら出発しよう。目標は魔王城。全員、可能な限り体を休めてくれ」


セフィロの言葉に全員が頷く。

いよいよ、出発の時が近い。


「本当はもっと楽しく食べたいけど、夕食も用意させてるわ。出発前の最後のまともな食事だけど、食べ過ぎないようにね。特にパラドンとグラニカちゃん」


「俺は食い過ぎたことねえよ!?」


「えっ、あぅ……わ、わかった……!」


 意外と食い意地が張っているというか、見た目の割にかなり食べるグラニカに釘を刺すのがエレナリアにとっても辛かったが、無事に戻ったらいっぱいお菓子を食べて貰おうと、心を鬼にしてそう言った。


出発はいよいよ明朝。

 落ち行く夜の帳が、優しいお茶会に一抹の不安と影を落として行く。

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遠堂さんちのエンデュミオン!~前職、救世の大魔導師。特技は広域殲滅魔法だ~ 刺宮もんぼ @monbo_shimiya

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