第30話 集結、託された意志と英雄達

「…………もうそろそろ到着ですな。くっく、愉しい時間というのは早く感じるものだ。400年も生きていると、尚更そう感じます」


 窓の外を見ながら好好爺然とした雰囲気で笑うのは、魔界大陸の元魔王軍参謀、マダル=グラニファー。

 その経歴を持ちながら、かつて、勇者セフィロと共に魔王討伐を成した貴族の令嬢エレナリア・グラニファーの叔父に当たる彼は、可愛い姪に頼まれたという理由で、セフィロ達を魔界大陸の玄関口である港まで迎えに来てくれたのだった。


「本当に、お送り頂けて助かりました。マダル様がいらっしゃらなければ、今頃まだ、港でグラニファー家の本邸の場所を聞いて回っていたかもしれません」


 かつての敵とは言え、直接斬り結んだこともない上に、仲間の身内。完全に信頼はせずとも、セフィロもグラニカも既に警戒は解いている。


「それを予見して、エレナリアは私を向かわせたのでしょう。ふふ、全く、"マダル・グラニファー"の名を聞いただけで勇者様ですら警戒するというのに、姪とは言え、私を顎で使う豪胆さは誰に似たのやら」


 出会い頭に剣の柄に手を添えたセフィロからすれば笑えない冗談だが、道中で話した様子からも、マダルは世間で言われているよりもユーモアを心得た老人であることが感じられた。


マダルは窓の外を見たままで話を続ける。


「……あれの父親、私の兄は家督を実に忠実に守る男でしてな。若い頃の、今より血気盛んだった私は、それが気に食わず随分と食って掛かったものです。『魔王と共に世界を統べ、グラニファーの名を史に刻む』と、魔王城の門を叩いたのは、200年は前でしょうか」


 細められた目は、おそらく景色ではなく遠い記憶を見ているのだろう。セフィロは黙ってそれを聞いている。


「気付けば、魔王軍の幹部に数えられ、妻ともその頃に出会いました。私の目論見通り、グラニファーの名を聞くだけで人間や反魔王派は大いに震え上がるようになった」


 グラニカの表情がほんの一瞬だけ曇る。反魔王派の一員だった暗殺教団にとっても、それは身に覚えのある話だ。


「しかし、蓋を開けてみれば魔王のやったことは国土の荒廃、民への暴虐、グラニファーの名はいつの間にか悪逆の徒として認識されていた。もし父が生きていれば、すぐの私を斬り捨てたはずです」


 はっはっは、と笑うマダルは、どこか寂しそうに見えた。それは若気の至りに道を違えたことへの自嘲か、それとも亡き父と兄へ思うところがあったのか。


 車輪がごとりと音を立てて、大きな石門をくぐった。それは、馬車がグラニファー本家の敷地に入ったという合図だ。

窓の向こうに、巨大な貴族の邸宅が現れる。


「さて、年寄りの昔話に付き合わせてしまいましたな。私のような老人に、復興と発展を続ける世界の舵取りはできません。この地は、新たな魔王などではなく、エレナリアや、あなた方のような者が……くっく、いや、まことに私も老いたものだ。差し出がましいお話でしたな……」


 セフィロ自身、魔王を討った後に何度も魔界へは訪れているが、訪れる度に街道沿いや街には活気が増している実感がある。

故に、マダルの言いたいことは理解できた。


「……マダル様のご意向に沿えるかはわかりませんが、我々の気持ちは三年前と変わりません」


光無き世に希望を。


それだけを胸にあの時、彼らは命を懸けた。

 

 その輝きは今なお七人の、そして平和を願う全ての人々の心に燦然と灯っているはずだ。


 それを聞いたマダルが、柔らかな微笑みを浮かべたその直後、馬車は緩やかに動きを止める。


「旦那様、お客様、到着致しました」


 照りつける日差し全てを反射するような白亜の壁がそびえ立ち、どこからか芳しい花の香りもする。広大な敷地は、その権力の証だ。


 馬車を降りると、屋敷から執事服に身を包んだデーモン族の若い男が現れた。


「マダル様、それにセフィロ様とファーリア様、グラニカ様ですね。お待ちしておりました。中で、当主様がお待ちです」


 恭しくお辞儀をし、先導しようとする執事だったが、マダルは身を翻して馬車に乗り込んだ。


「お使いは終わったことだし、私はそろそろ帰らせて貰うとしよう。勇者様とお話もできたからね。それでは皆さん、エレナリアをよろしくお願いします」


 そう言って帽子を脱ぎ一礼するマダルに、セフィロ達も倣って頭を下げる。


 御者が馬の尻を叩くと、馬車は動きだし、その姿はすぐに小さくなっていった。


「それでは、セフィロ様方はこちらへどうぞ」


 執事の後に続き、三人はグラニファー邸へと入っていく。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「_______ああもう、どうなってんのよ!! 」


 屋敷に入った三人の耳に、突然甲高い怒鳴り声が響く。グラニカにとっては懐かしい声だ。


「落ち着けよ、エレナ。ここで叫んだって状況は変わらねえ。どの道、俺達がどうにかしなきゃならねえ問題だ」


「分かってるわよ!でも、くっ……まさか監視基地が襲われるなんて……!」


 その声はどうやら、エントランスの二階から聞こえているらしく、執事は「少々お待ちを」と言って二階へと上がっていった。


「当主様、失礼します。セフィロ様夫妻とグラニカ様がご到着致しました」


 凄まじい剣幕だったエレナリアは、その言葉で幾らか冷静さを取り戻し、髪を掻き上げると大きく溜め息を吐いた。



「ようやく来たのね!今行くわ!ほら、行くわよパラドン」


「へいへい、キレるとうちの嫁よりおっかねぇ」


 ぼやくパラドンを引き連れ、苛立った様子のエレナリアが階段を駆け降りてくる。


そんな二人を、セフィロ達は苦笑いで迎えた。


「ごめん、待たせたみたいだね。エレナリア、パラドン」


「すみません、可能な限り急いだのですけれど」


「あの……久しぶり、エレナ」


魔王討伐の功績を讃えたあの式典から五年。


勇者セフィロ。


勇者の妻、聖女ファーリア。


ガレオン王国第二騎士団長パラドン。


魔界大陸 代表外務長官エレナリア。


王立孤児院の聖母グラニカ。


 それぞれ肩書きは様々なれど、世界を救いし英雄たちが、魔界大陸に再び一同に会した。


彼らは再び世界を、友を救えるのか。


 見えざる異界にて胎動する悪意が、彼らをじっと見詰めていた。

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