ごみ箱にガーネット色の怪盗

ようかん

ごみ箱に落ちた宝石

 ごみ箱に宝石が落ちてきた。

 あらゆるものが壊れ、濁りきった水が淀んでいる。埃っぽく、腐敗臭が漂う空気は、呼吸をするたび肺が汚染されるかのように錯覚させる。

 そんなごみ箱を、彼女は鼻歌交じりに歩く。

 その歌はとても自由で、軽くポップな曲から、ローテンポなレクイエム、果てはどこかの童謡にまで変化した。

 手を伸ばしたくなるような眩い黄金の髪が、軽やかな歩みとともに揺れる。

 そんな、現実離れした光景に、見惚れて油断していた。

 横からものすごい勢いで人が駆け、うなじに妙な重みと痛みを感じる。

「あっ!」

 首元にぶら下げていたペンダントは、すでにスリの手中だ。

「待て!」

 慌てて追いかけても、距離は話される一方で、最後の抵抗と言わんばかりに声を張り上げても、スリ犯は一瞥もせず、彼女のほうへ向かっていく。

「ん?」

 彼女の瞳がまぬけな僕を捉えると、すぐに荒々しいスリに変わった。

 瞬間、空中で彼女が舞った。

 軽やかなステップからクルっと体を回転させ、遠心力をまとった細足が、スリ犯の顔に直撃する。それは暴力というには美しく、踊りというには痛すぎた。

「ぐえっ!」

 予想外の妨害に、スリ犯はなすすべもなく吹き飛ばされ、鼻血を出しながら大の字で野垂れた。

「力で奪って逃げるだけなんて、私に言わせれば華がないわ」

 乱れた髪を手のひらで払うと、悪戯っ子のような笑顔を見せる。

「そんなの、つまらないじゃない」

 すでに意識がないスリ犯の近くにしゃがむと、ペンダントを拾い上げる。

「これ、あなたのでしょ?」

答えを待つこともなく、ペンダントを投げてよこすと、何事もなかったかのように再び歩き出した。

 お礼を言うことも忘れ、彼女の背中を見送っていると、突然彼女が消えた。きゃっという短い悲鳴の後、豪快な音と、ドブ色の水しぶきがあがる。慌てて駆け寄ると、泥水を全身にあび、側溝の中でへたり込んでいた。

 やり場のない怒りを吠えている彼女は、泥だらけになってなお、煌びやかであった。


「クシュッン!」

 控えめなくしゃみをした彼女は、薄汚い毛布をまといながら焚火に手をかざしている。側溝に落ちた恩人をそのまましておくわけにはいかなかったので、ひとまず家まで連れてきた。家といってもボロボロの外壁に囲まれているだけの空間で、天井はただのビニールシートなのだが、泥水の中よりはましだろう。

「よかったらどうぞ、白湯ですが」

「あら、ありがとう」

 マグカップを受け取ると、コップの熱で手先を温めながら口をつける。

「まずッッッッッッッ!」

「あつッッッッッッッ!」

 吹き出された熱湯が顔面にかかり、のけぞった勢いで尻餅をつく。

「ご、ごめんなさい!想定してたよりくさかったから……」

 差し出された手を掴んで立ち上がり、干してあったタオルで顔を拭う。彼女は再び焚火の前に座り、マグカップを数回に分けてゆっくり口に運ぶ。別に無理をして飲まなくてもいいのだが、水さえ貴重な生活に気を使ってくれているのかもしれない。

「家まで連れてきてくれてありがとう。私の名前はガーネット。あなたは?」

「僕はシリルと言います。ガーネットさんはここで何を?」

 彼女を改めてみると、不自然さが際立つ。歳は僕より少し下だろうか。一つ一つの仕草に気品があり、着ている服も高級なものに見える。どこかの貴族の娘の様だが、だとするとここに来る動機に見当がつかない。

「探し物をしているの、父の形見なんだけど」

「形見ですか……ここにあるとは思えませんけど……」

「そうね、ここにはなさそう」

 さして残念そうでもなく、当たり前だとわかっているような口ぶりだ。

「ここってどういう場所なのかしら?スラムというのはわかるけれど、ごみが多すぎない?」

「もともと、町のごみ捨て場に人が住み着いてできたスラムなので。ここに居る人は、ダストボックスから捨てられたごみを漁って、なんとか暮らしているんです」

「ダストボックス?」

「簡単に言うと大きなごみ箱のようなもので、町のごみはダストシュートを伝って、集められ、毎週月曜日に一気にここに落とされます」

 ふーんと相槌を打つと彼女の視線は焚火に戻る。瞳に映る炎が不気味に揺らいだ。

お互いに静寂を保っていると、慌ただしい足音が近づいてくる。

「シリル兄ちゃんあそぼー!」

「大富豪しよ!今日も絶対勝つ!」

 扉のない玄関から駆け込んで来たのは、スラムの子供であるロイとフリルだ。二人はガーネットの存在に首をかしげたが、「綺麗なお姉ちゃんがいる!」の一言で済ましてしまった。

「大富豪なんてするの?」

「ここ最近は生活に少し余裕ができて、それでも前に比べたらっていう話なんですが」

 まだやるとも言っていないのだが、ロイが古びたカードを配り始める。当たり前のようにガーネットも頭数に入っているが、彼女もやる気のようなので問題ないだろう。初手はロイからだ。

「美術館に国際指名手配の大怪盗から予告状が届いて、特に稼ぎ時なんです。捕まえる絶好のチャンスとかで、ここの大人も警備員として雇ってもらっているんです。この子たちの親も今まさに警備員として出払っています」

「その怪盗なら私も知ってるわ。けど、スラムの人を警備にまわすのはどうなのかしら?買収される可能性もあるじゃない」

「スラムの警備員は要所ではなく、あくまで警備が手薄なところを補うように配備されるようです。報酬もかなり多いので裏切る可能性も低いかと」

 ガーネットが出したキングにエースを重ね、場面を切っていく。

「あなたは行かないの?」

「僕の仕事は夜からなので」

「シリル兄ちゃんはすごいんだぞ!天才探偵なんだ!」

「解決率は100%って言ってた!」

「天才探偵?」

 子供たちの純粋な視線と、ガーネットの好奇な視線に、居心地が悪くなる。

「恰好つけるとそうなりますけど、実際はただのなんでも屋です。町長さんが警察や町の探偵が投げた依頼を僕にまわしてくれるんです。紛失物探しとかペット探しがほとんどですけど」

 僕の生活は日々のごみ漁りと、たまにある探偵業で成り立っている。本当に町長さんには頭があがらない。

 ロイとフリルが8や2を使い、愚直に手札を減らしていく。

「これが終わったら町長さんのところへ行かないと、送っていきますか?」

「もう少しこの子たちと遊んでいるわ。スリにあう探偵さんじゃ頼りないし」

 そんな返答に納得してしまう自分が情けない。生まれつきなのか、育ちのせいなのか、運動神経にはからきし恵まれず、ロイやフリルにもよくからかわれる。

「よーし!最後の一枚だ!」

 勝負も終盤になり、各々手札はあと数枚、ガーネットの手札が少し多めだ。

 場にはクイーンが一枚、そろそろ勝負を仕掛けるべきか……

悩んだ末に出した2だが、ガーネットが出したジョーカーに、あっさり手番を取られてしまう。

「ふふ、私は子供が相手でも容赦なく勝ちにいくわよ?」

 不敵に彼女が微笑むと、勝負は途端に一方的なものになる。

 手札が少ないロイやフリルは複数出しに対応できず、カードパワーがたりていない僕はうまく場面を切ることが出来ない。

 ペースを完全に握られ、あっという間に彼女の手札はなくなっていく。

「あーがりっ♪」

 自慢げに勝利宣言をし、彼女の勝ちが決まる。

「だー!なんでだ!」

「お姉ちゃん強い!」

悔しさに呻く子供たちを微笑ましげに見ていると、挑発的な視線がこちらに刺さる。

「怪盗にはきっと勝ってね、天才探偵さん」

 そんな皮肉に、ただ苦笑いで返すしかなく、当然のように僕が大貧民になった。



 美術館の周りは警察が厳重に警戒しており、中に入るのも一苦労だった。

「遅くなりました」

「おお!シリル君、よく来てくれた!」

 この場にいる誰よりも恰幅の良い町長は、僕を見つけるとぱっと笑顔になる。彼はこの美術館の館長も兼ねており、警察の協力を取り付けた。

「頼りにしているよ、名探偵!きっとメシアの塔を守ってくれ」

 期待のまなざしを向けながら、両手でしっかりと僕の手を握る。

「町長……スラムのガキなんて連れてきてどうするんですか」

 町長の隣に立ったのは、身長の高い中年男性だ。周りから警部と呼ばれている彼は、僕に対する嫌悪感を隠すことなく睨みつける。

 嫌な態度ではあるが、警部の反応が普通である。町のごみ捨て場にあるスラムも、そこに巣くう僕らも、嫌悪と蔑視の対象である。町民は僕らに近づくことすら忌避する。

「シリル君はこの町一番の探偵だ。それに報酬は私が払うのだから問題ないだろう?」

「ずいぶん警察を当てにされていないようで」

「そういうわけではないが、相手はあの大怪盗だ。メシアの塔を守るには何をしても足りないぐらいだよ」

 警部は諦めたように肩をすくめると、僕に向かって念押しする。

「いいか、お前はなにもしなくていい。というか何もするな」

 あまりの剣幕に押されて頷くと、忙しそうに警部は去り、町長も「よろしく頼む」と言い残し、後に続いていった。

 犯行予告まであと一時間。なにもするなと言われても、こっちだって町長さんから報酬をもらっている。ただ立っているわけにもいかないので、今回の護衛対象を確認しに行くことにした。

「でっかいなー」

 大ホールの中央に騒然とそびえ立つ、高さ五メートル程の石の彫刻がメシアの塔。今回の怪盗のターゲットだ。

台座にはあらゆる身分と人種の像が入り乱れ、その上に立つメシアが、赤黒い宝石が埋め込まれ聖典を掲げている。名のある彫刻家が残した、美術的、宗教的に貴重な遺産だ。

 なるほど、これを盗み出すのは難しい。この大きさの石像を人力で運ぶのは不可能だろうから、重機が必要になるが、すでに美術館から離れた場所に移動されている。なんらかの方法でこの場から運び出したとしても、陸路、空路、水路は警察が完全に抑さえている。三日間、町の出入りは規制され、あらゆる出入りに身元の確認と持ち物検査が行われる。閑散期となり観光客が減少し、町の大人も別の町に出稼ぎに行っている今だからこそできる荒業である。

 もう少し見ていたかったのだが、警備員に邪魔だと言われ、壁際に追いやられてしまう。この完全な警備体制の中でどうやって盗み出すものかと、思考にふけっても答えのかけらさえ出なかった。


 そして異変は、予告時間ピッタリに起きた。耳をつんざくような警報があちこちでなり響いたのだ。

 怪盗が来たのは確かなのだろうが、これではどこから侵入してきたのかわからない。煙で燻された蜜蜂のように、警備員たちが右往左往している。いくつにも重なる警音のせいで、指示が届かず統率が取れていないのだ。

 ふと警音がやむと、その場にいた全ての視線がメシアの塔に注がれる。正確に言えば、メシアの肩に足をかけて立っている一人の怪盗に。

噂の大怪盗は、紅い仮面と金色の髪が特徴的な少女だった。

「約束通りメシアの塔をもらいにきたわ!」

 怪盗の登場に緊張が走る。

 警備員が一斉に銃を構え、騒ぎを聞きつけた警部と町長が彼女の前に対面する。

「クソ泥棒がっ!いつの間に入りやがった!」

「あら、警部お久しぶりね。相変わらず薄汚いコートがお似合いだわ。同じ空気を吸うのも嫌なのだけど、私の寛大な心で大目に見るとするわ。それと、あなたが町長さん?もう少しこの町の飲食業に力を入れたほうがいいわ。ここの料理はどれもヘドロのような味がして、何一つ喉を通らなかったもの」

 あまりにも傲慢な彼女の言葉に警部が吠える。

「黙れ!今日こそはお縄についてもらうぞ!」

「確かに、長居も世間話も無用ね」

すると、彼女はふっと短く息を吐き、聖典を掲げるメシアの手に、罰当たりにも靴底を叩きつけた。

 その行動に誰もが驚愕の声をあげる。

折ったのだ、後世に残る最高傑作とされたメシアの塔。その崇高なるメシアの手を。

 放心状態となっている僕らをよそに、彼女は手にある彫刻の聖典を満足そうに確認すると、あたりを見渡す。

「ふふ、みんな面白い顔をしているわね」

 警部がいち早く我に返り、捕まえろと檄を飛ばすのと同時に、彼女の周りに煙幕が漂う。突進した警備員から、捕獲を報告は上がらず。煙幕が晴れるころには、怪盗は跡形もなく消えていた。

「ちっ!逃げられたか!だが町はもうすでに封鎖済み。奴はこの町から逃げることはできない」

 美術館中の警備員が一斉に外へ飛び出していく。

 これから町への出入りは規制され、入念な持ち物検査と身分証明が求められる。聖典を持っている限り、どこかの網に必ずひっかかる。どこかに身を隠すにしても、警察、スラムの警備員が虱潰しに捜索するのだ。見つかるのも時間の問題だろう。

 大ホールに一人取り残されると、彼女がさっきまで立っていたメシアを見上げる。聖典は無残にもメシアの手とともになくなり、聖典を掲げていたメシアは、天に救いを求める憐れな一人の人間と化していた。

 そして、聖典が彼の手元にも戻ることはなく、三日が経過しようとしていた。


 暗く、息苦しく、身じろぎ一つ満足にできない。

 こんなことをしているのだからいつかは覚悟していたことだけど、実際にここに至るとやはり苦痛でしかない。人間、空も見えない閉鎖空間にいるとこうも弱るものなのか。いや、単に私が自由を好みすぎただけかもしれない。

 どうにもマイナスな思考が頭を巡ると、突如、轟音とともに天変地異が起こる。

地が天に、天が地となる。

 今までの地に頼っていた私と周りの物は、逆転した重力に従い、新たな地へと落ちていく。

 落下の衝撃の後、いくつもの物体が私を埋めていく。再び闇に埋もれてしまったが、今度はなんとかして這い出る。

「ふー!やっと空が見えたわ」

 大きく背伸びをし、深く深呼吸をする。アルプスの高原とはいかないけど、十分気持ちの良い朝だ。久しぶりに浴びる光に、心は解放感と安心感に満たされ、一人勝利を確信した。

 だからこそ、目の前に現れた彼に、心臓が飛び出るかと思うほど動揺し、ポーカーフェイスを保つのに苦心する。なぜバレた?どこでミスをした?どうして彼が?警察もいるの?

 次々と湧き出す疑問を押し殺し、やっとの思いで絞り出した声は、自分でも驚くほど弱弱しかった。

「なぜ、あなたがここにいるのかしら」

 私の問いに微笑みながら答えたのは、細身でいかにも頼りなさそうな天才探偵さんだった。




「本当に、ごみ箱の中に隠れているとは思いませんでした」

 今僕たちがいるのは、ダストボックスから捨てられたごみが堆積した、スラムの一角である。今日は週に一回ごみが捨てられる日。先ほど落ちてきた大量のごみの中から彼女、もといガーネットさんが出てきたのだ。

「……答えになっていないわ」

 僕の返答に彼女は拗ねた子供のような態度になる。

 そんな彼女の問いに答えるため、探偵らしく種明かしをすることにした。

「今回警察は、人や物の流通を完全に支配した。だからあなたは逃げることではなく、隠れることに専念した」

 その隠れ場所として選ばれたのがダストボックスだ。町中のごみが集まるダストボックスは日を重ねるごとに容量を増し、彼女を隠した。美術館で警部や町長を挑発したのも、潔癖だと思わさせて、捜査を甘くさせるミスリードだったのだろう。

「三日が過ぎれば包囲網は解かれる。それ以上町を封鎖するわけにもいかないし、あれだけ町の中を探して見つからなければ、すでにこの町から逃げたと考えてしまうから。もし仮に捜索が長引いたとしてもスラムなら身を隠しやすい」

「その通りよ。いつわかったの?」

「美術館で怪盗を見た時、金色の髪がガーネットさんと同じだなって思ったんです」

「あの時には私の正体に気づいていたの?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、スラムでのあなたの行動が思い出されたんです。あんなに綺麗な人でもスラムの道を歩いて、くさい水を飲むものなんだなって」

 僕がここに来たのも、決して確証があったわけではなく、あくまで可能性を潰しにきただけ。ガーネットさんが怪盗であることも、予想していなかったわけではないが、十二分に驚いている。

シンプルであまりにもあっけない種明かしを聞き終えると、彼女は諦めたように息を吐く。

「さすがに逃げる体力は残っていないし、ここまでかしらね」

 言葉の通り、彼女の頬は少しこけ、疲労の色が滲む。声にも以前のような覇気がない。

「もしかして何も食べていないんですか?」

「犯行の前に水分と栄養を補給してそれっきりよ。非常食はあったけれど、スペースの確保よりも落下時の衝撃緩和を優先したから、動きが制限されて食べれなかったわ。下品な話だけど何も体に入れなければ出るものもないし、もしスラムで数日過ごすことになったら残飯でもあさるつもりだったわ」

 さぞ当たり前のように語る彼女に思わず感心してしまう。三日三晩、飲まず食わずでごみの中に居続けるなんて、スラムの住人でもできることではない。

本来なら彼女はごみにまみれる必要も、警察に追われる必要もないのだと思う。望めばきっと世間一般的な幸せな女の子になれるのだ。しかし、彼女はあえて茨の道を歩む。

「あなたが今まで捕まらなかった理由がわかった気がします。単純なカードパワーに頼らず、手札の多さで撹乱し、翻弄する。金と人手という二枚のカードで捕まえようとした僕たちは、実績やイメージの裏に隠れた、覚悟というカードに気づいていなかったんですね」

 ダストボックスも捜索は行われたが、上層しかされなかった。大胆で、華やかで、高貴な怪盗。そんな彼女がごみの中で三日三晩過ごすとは誰も考えなかったからだ。

「それなら、なんであなたは気づいてしまったのかしら?」

 彼女の計画に翻弄され、まんまと聖典を持ち出されてしまったので、勝利というには気が引けるのだが、問われたのなら答えるほかない。

「それは偶然にもあなたの手札を見てしまったことと……僕が探偵だったからですかね」

「あら、ずいぶんな自信ね」

 からかうような口調に、つい自虐めいた笑顔になってしまう。

「弱いカードは大貧民の方が使い慣れていますから」

 今度こそ納得したように彼女は笑うと、ごみ山の上に背中から倒れ込んだ。

「あー!捕まる前に、甘いイチゴジャムをたっぷり付けたスコーンが食べたかったわ!」

「はは、町の東側にあるお店は、グルメブックにも載った有名店みたいですよ。警察はすでに町外の捜査に切り替えていますし、行ってみては?」

 僕の言葉に、彼女は目をぱちくりさせる。

「捕まえにきたんじゃないの?」

 ここにきた本来の目的を思い出し、ごみ袋の隣に転がっている石の聖典を拾う。

「僕の仕事はこれを取り戻すだけなので」

 今度は口をポカンと開けたまま数秒固まり、枷が外れたかのように笑い出す。

「あはははは!意味わかんない!それと一緒に私を引き渡せば、名誉と懸賞金がたんまりもらえるのに!馬鹿じゃないの!」

「そりゃあお金が欲しくないわけじゃないですけど……」

 一応、ブレスレットを返してもらったお礼とか、彼女への尊敬の意を称した上での行動なのだが、こうも笑われると自分のしていることが滑稽であるかに思われる。

 恨みがましい視線を向けていると、お腹を抱えながら彼女は言う。

「勝負は私の負けね。だけど、それに見合う対価を見つけたから、よしとしましょうか」

「対価?」

 彼女は勢いよく体を起こして立ち上がると、ビシッと人差し指を僕の眼前へ向け、不敵な笑みを見せる。その笑顔が厄介ごとの前触れだと気づいていながらも、不思議と彼女に魅入られてしまう自分がいる。

「あなたを盗むことにしたわ」

「へ?」

「これを返してほしかったら、私と一緒に来なさい」

 そう言うと、僕がつけていたはずのペンダントを人差し指で回しながら、鼻歌交じりに歩き出す。

 朝日が照らす彼女は、どうしてもごみ箱には不似合いだけど、目がくらむくらい、眩しく輝いていた。


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ごみ箱にガーネット色の怪盗 ようかん @yokan22365

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