「普通」とか「一般」という言葉を自分に充て、他者を攻撃する。
そういう人間は、どの世界にも、一定の割合で存在する。
もっとも、そういう言葉でくくられる範囲にいる者たちは、楽である。
自分たちは「普通」であり、「一般」だと思っていられるから。
だが、何かがそうでないとき、その手の言葉を信奉する者たちは、暴力という意識なしに、攻撃を仕掛けてくるものである。
もちろん、「攻撃している」という認識もなしに。
彼らはなまじ「ためを思って」ものを言っている要素がある分、性質が悪い。
~余談ながら、私自身、そういう人物を裁判を通してボコボコにしたことがあるので、身にしみてわかっている。
そのことを、この短編は「普通じゃない(?)」少女の身を通して我々に警鐘を与えてくれている。
今作は、日本の教育制度の限界とその方針にはみ出た者がどうなったのかという小説というよりドキュメントというような作品です。
普通という楔が多くの人のドラキュラの杭のように打たれ、行動を抑制する十字架のような枷となっている。
他人が浄化し改善を促そうとしても、かえってそれはドラキュラに聖水となってその人をもがき苦しめる地獄に陥れてしまう……いわば傷害となる。
日本は生徒を普通か否か、或いは優良品か不良品かの判別を行う工場製品のように考えているように思える。
そしてそれは民間。家族。社会ですらそれを規範としているようだ。
いわば、いじめを是としている。
その心に歩み寄る姿勢を、多くの人に求めたい。
そう強く感じる作品でした。
読ませていただきありがとうございますm(__)m