sanctions

 おかしい。なぜ……?


 遠くを行く車には何も起こらない。

 ひどく動揺した私なんて気にせずに、後ろから声が投げかけられた。


「携帯電話と電気雷管を応用した遠隔操作型の爆弾だったみたいだけど、場所がわかれば後は簡単だったな。解除は専門外なもんで、人の入らない場所に埋めてきた」

「秋人……」

 どこに隠れていたのか。秋人が神妙な顔で近づいてきた。片手で持つには重そうな荷物を抱えている。


「今日の朝は母親に合格祝いを聞かれて、『俺の服を着て買い物に行ってきて』と言った時には、さすがに聞き返された。それでもどうにか説得して買い物に行ってくれたんだから、案外何とかなるもんだな」

「あんたと雑談しに来たんじゃない。どうしてわかったの?」

「……昨日のお前の態度を考えてたら眠くなれなくって。明け方、家の前で足音がしたのに気づいたんだ。二階から見たところ、お前がうちの車をいじってるのが見えた」


 気付かなかった。取り付けに夢中で、周りを気にしている余裕はなかった。秋人は何かを決意したように口を固く閉じて、こちらを睨みつける。


「俺から話すべきだったんだ。三年前のあの日、本当は何があったのかってことを。あの日以来、お前は。俺はずっと怖気づいて真実を話せなかった。結果として、断片的にしかあの日を覚えていないお前がこんなことをする羽目になってしまった。責任は俺にある」


 私は中学三年の春、卒業前のある日に突然それまでの記憶を失ってしまったようだ。全生活史健忘というらしい。私はあの日が来るまでは、斎美冬という一人の女の子として生活していたと聞いた。……そう聞かされただけだった。その時から周りの人は私のことを斎美冬だとして接してくるのだから、私は斎美冬に戻ろうと懸命に努力した。精一杯やれることは全部やった。しかし、私は彼女にはなれなかった。私はあいにく、彼女が持っていた才能を持ち合わせていなかった。あの日どこかに吹き飛んだものには記憶だけでなく才能も含まれているように思えてならなかった。


「あの日あんたが! 私のこれまでを全て消した! これまでずっと生きてきた一人の人間を、斎美冬を消した! もしあんたがいなかったら、斎美冬は今頃こんなところにいるわけがない! でも、あの日から変わり果てた斎美冬はずっとここで何も成さずに生きている。それは……絶対に許されないことで……それは……!」


 どうしても、許せなかった。誰かに夢を与えるはずだった彼女は消えて、一方で彼女を消した秋人は上京して夢を掴もうとしている。……それが許せなかった。


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