Ambivalence
雲ばかりで晴れ間が見えない。足元に積もっている雪は降ってはいないが、それでもいつもよりいっそう寒く感じる。小高い丘の上は風が吹き抜けるからだろうか。
昨日には荷物が積まれていた車の荷台を確認している男がいる。秋人の家の前にいることを考えると、秋人の父親らしい。秋人を送るために運転するのだろう。
「秋人はどうしたー。まだ準備してるのか?」
家の中まで聞こえるように声を張ったのだろう。遠くでそれを見ていた私もしっかり聞き取れる声だった。
様子をそのまま眺めていると、やがて家から人影が出てきた。秋人だ。顔はよく見えないが、昨日の夜と同じ上着を着ている。やがて秋人は家の前に止めてあった車の助手席に乗り込んだ。
エンジンをかけて、秋人を乗せた車が走り出す。やがて車は私のいる場所とは反対方向に、遠く、遠くへ走っていく。
もうダメだ!
私は携帯を取り出して一つ一つ数字を打つ。手が震えるとかそんなことはない。なぜか、涙があふれて止まらない。自分はこんなところで何をやっているのだろう?
わけの分からない気持ちの中で、ただ何か使命感に駆られるようにして番号を打つ。この行為は自分の意志に基づいたものなのか、ただ流れる涙は私に憑依した『何か』に対するせめてもの自我の抵抗なのか。
打ち終わった私は一呼吸置いた後、発信ボタンに指を押さえつけた。
「消えろ」
私は小声でそう言った。
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