Definite Difference
静かに雪が積もる三月初旬の寒夜、私は柄にもなく部屋のカーテンを少し開けて夜空を見上げていた。その時に、とある小説の一節「すぐに寝るにはもったいなくて」を思い出したのだから、私はこの景色が嫌いではなかったという一つの事実に気づく。ずっとここから逃げてやりたいと思っていた気持ちはその程度のものだったのだろうか?
「違う。こんな田舎町に住んでいても腐ってしまうだけだ」
部屋の壁に張り付いてある額縁を見た。『中学生環境デザインコンテスト優秀賞』『全国英語スピーチコンテスト中学生の部 審査員特別賞』……手を伸ばせば届くほどすぐ近くにあるのに、なぜかそれらが遠くにあるように感じてしまう。もう私は――多くの人に期待された才女、
「美冬ー。
母の声だ。……突然こんな時間にどうしたんだろう? 山積み参考書のてっぺんで横倒しになっている置時計はもう午後九時半を示している。話をする約束なんて身に覚えがない。そもそも、私の幼馴染だったという秋人はあの時以来まともに話したことすらないのだ。速足で玄関に急ぐ。
ドアを開けると、そこに立っていたのは確かに秋人だった。厚めの上着を着ていてもどこか寒そうにしている。そこまで大事な要件なのだろうか?
「急に押しかけてきて悪かったな。家に行くことぐらいは事前に伝えておくべきだった」
「そう、私は別にいいけど。それで、何か用?」
「ああ、こんな遅くなんだから手短に話す。今日は東京にある大学に進学が決まったことを伝えに来たんだ。明日の朝にはここを出る。もう……戻っては来ないと思う」
彼は視線をそらしながら、ぶつぶつと独り言のように言った。言葉ははっきりと聞き取れたはずなのに、私は聞き返していた。
「どこって?」
「東京」
「ふーん」
話していなかったとはいえ、同じ高校で彼が成績優秀であったために彼の志望大学のうわさは聞いていたのだ。おそらく第一志望に受かったのだろう。
「話ってそれだけ?」
「それだけ」
「そう、じゃあね」
私は一方的に話を終わらせると、すぐにドアを閉めた。これ以上アイツとしゃべっていると頭がおかしくなりそうだった。それだけを思いながら、私は部屋へと戻った。二分もたっていなかった。そのたった二分の間で、置時計の見上げるほどの高さに強烈な恥辱を覚えた。
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