midnight you or you run

 あの日は今でも覚えている。俺と美冬が付き合い始めて半年、中学卒業前の何でもない日だったな。


 美冬と遊園地に訪れたとき、地震が起きた。その時に俺と美冬は屋内にいたが、倒壊寸前の建物の様子を見て脱出を試みた。俺は必死になって怪我をした美冬をかばいながら外に出ようとしたが……。


「あっ……秋人の右腕……」

 美冬は今ちょうど思い出したようだ。

 記憶を失った美冬に知られてはいけなかったこと、それは俺たちの恋愛関係でも、記憶がなくなった本当の理由でもなかった。


「秋人が……私をかばって……」


 あの時、俺は倒れてくる棒状の鉄の塊に気が付かなかった。ようやく気付いたときにはもう躱すような一瞬の時間もなくて……。


 。今もこうして荷物を抱えることができるのは左手だけだ。


 美冬はこの重い事実を背負いながら生きていくはずだった。しかし、幸か不幸か冬美はあの日受けた精神的ストレスの影響でそれまでの記憶を全て失った。このまま美冬に何も告げることなく美冬自身も記憶が戻らないままであれば、あの日の重い記憶と俺の右腕の真実に対して何も影響されないまま生活を送ることができる。俺はその事実に気づいたとき、記憶が元に戻らないことは美冬のためになるのではないかと考えた。


 しかし、それを実行するには多大な犠牲が必要だった。限定的であっても記憶を意図的に戻さないことは美冬にとっていわれのない不利益である可能性であり、それが美冬を元の生活に戻すことの妨げになるかもしれない。俺は美冬の両親や主治医と何度も話をして、最終的にはあの日の出来事とそれまでの俺との関係のみ美冬に伝えないことが彼女にとって最良の選択だと決定した。そうなってしまった以上、彼女と俺との接点は一つ残らず消さなければならなかった。一緒に撮った写真、プレゼントしたもの、俺と美冬の何もかもを処分する作業の中で、俺すらも記憶を失っているのではないかという錯覚にすら陥った。


 そんな苦しい思いをするなかでも、それ以上に俺を絶望させたことがあった。


 それはいたって単純だ。すでに同じ高校に進学を決めていた二人の関係性をある日突然なかったことにすることだった。美冬と廊下ですれ違った時、声をかけることすら許されなかった。これまで一緒にいた時間は? 作ってきた思い出は? 何もかもがわからなくなった。そんな気がした。


 無論、これらは俺が言い出したことだ。提案した時には、すでに心を決めていたつもりだったし、これこそが美冬のためになることだと思っていた。


 それは間違っていたのかもしれない。俺があの日のことを話さなかったために、彼女は斎美冬という一人の女の子に責任を感じて、このような行動をとってしまったのだろう。


 ただ、本当に俺が失敗したと思っている点を挙げるとするなら、昨日の夜に会いに行ったことだ。


 魔が差した。もう一度だけ、東京に行く前にもう一度だけどうしても彼女の顔が見たかった。美冬のお母さんは俺のわがままを許してくれたが、あの時ばかりは一度立ち止まるべきだった。

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