微かにさざ波が聞こえるはず
「分かったのですか!」
「ごめん……、分かったは言い過ぎたかも。でも、そんな気がする予想が思いついたの」
「全然いいですよー。聞かせてください」
ゆいゆいが優しい笑みを浮かべてこちらを見つめる。その顔がとてもうれしそうで、こんなことは言いたくないという気持ちを押さえて話す。
「ただ一つ、この予想はあまり当たってほしくないんだ。そんな、少しつらい話をするかもしれないけど……いい?」
「そうですか。……いいですよ。それでも、聞かせてください」
私は上を向いた。少しでも上を向いているほうが話すのは楽だと思った。
「スポーツってさ、怪我しやすいんだよね。体を使って競い合うものだから仕方ない……のだけど、それはバスケットボールも例外じゃない。聞いたところによると、突き指から半月板損傷まで、いろいろ気を付けないといけない怪我があるの。その中でも特に多いとされているのが足首の捻挫だね。捻挫と言っても重度のものになると、長い間ずっと走ることができなくなっちゃうこともあるみたい。その場合には、ギプス固定といってギプス包帯を足首からつま先にかけて装着することで、患部を安静に保つことができるのね。期間は怪我の程度によって変わるけど、Aさんはそのギプスが取れてすぐなんじゃないかな? ギプス固定をしている間は周りからもわかるから、クラスメイトはそのことについて知ってたと思うんだよね。それで、まだ完全に治っていなくて立ちづらそうにしていたAさんを心配して『大丈夫?』って声をかけたんだと思う」
ゆいゆいは辛そうな顔で下を向く。これから言うことに察しがついたのかもしれない。
「さっき私が言ったとこだね、大会は今週。それなのに自主参加の委員会に来た。おそらく、怪我で大会に出られる見込みがなくなったんだろうね。立ち上がることさえ負担に感じているようなら、今週の大会に出場するのは難しいはずだと思うよ。練習を見学すらしないのは、それすら見られないほど落ち込んでいるのか、仲間に合わせる顔がないのか……それは私には分からない」
日はまだ高い場所にある。夏の放課後が長く感じるのはそのせいだろうか。この教室は四階だから、バスケ部が活動している体育館はよく見える。
「Aさんがそのことについて悩んでいた時かな、圭一君が声をかけてくれたんだと思うよ。『二人で海にでも行こうよ』って。彼女は圭一君のことをどう思っているのかは分からないけど、気を遣わせてしまったかもしれないとBさんに話したんだよ。そうしたらBさんは気にするほどのことじゃないよって、圭一君を安心させてあげたらいいよっていう意味を込めたBさんらしい言葉として『サンダルでダッシュ!』と返信したんじゃないかな」
「……」
それを受け取ったAさんは何を思っていたのだろう?
「足がよくなったら海に行くと……。長い間ギプスに覆われていた素足が見えるようにサンダルを履いて、彼女が元気いっぱいに走る姿を圭一君が見ることができれば、もう気を遣わせるようなことはなくなるだろうと考えたってこと。治りかけの時期に本当にそんなことをしたら、優しい圭一君に怒られてしまう。それでも、それが冗談のたとえ話だったけれど、確かにAさんはその一言に元気づけられたと思うよ」
私はゆいゆいが取ったメモを見た。
B:海かー
B:圭一と二人で行くんでしょ?
A:そうだけど
A:私に気を使ってるんじゃないかなって
B:サンダルでダッシュ!
A:怒られちゃうよぉ
B:じょーだん、じょーだん
私は静かに立ち上がって、窓のそばまで歩いた。ゆいゆいは肘をついて瞼を閉じる。
「サンダルでダッシュ……この一言がまさかこんなことになるなんて思ってもみませんでした」
「でも、ただの予想の一つ、だけどね。ただ、そういうこともあるかもね、なんていうある種の冗談なんだよ。ねえ、今年は海行かない? みんなで行こうよ!」
彼女は立ち上がると、私の隣までそっと歩いてくる。
「いいですね。もしかしたら、サンダルで元気に浜辺を走っている女の子がいるかもしれませんから」
サンダルでダッシュ! 河童 @kappakappakappa
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