サンダルでダッシュ!
河童
二人の場合
「のぞみん?」
「わあ!」
椅子から転げ落ちることはなかったが、間の抜けた声が出てしまった。暑いからってぼーっとするのもよくないね。声をかけたゆいゆいは心配そうに見つめて、
「ごめんなさい、
「大丈夫だって、私がぼーっとしてただけだから。どうかしたの?」
部室を見回してみる。いつもの男どもはそれぞれ部活だったり、ゲームだったりで忙しいらしく、今日は珍しくゆいゆいと二人きりだ。私はさっきまで一人きりだったから、特にすることもなくクーラーのないこの部室でダラダラしていた。この高校は冷房設備も買えないほど財布に余裕がないらしい。放課後のこの時間でも、クーラーなしはやっぱり暑い。
「どうって程ではないのですが、さっきの委員会で少し気になることがありまして」
「ああ、委員会に行ってたのね」
「自主参加のちょっとしたお手伝いだったのですぐに終わりました」
「それで、気になること?」
「そうです。その……あまり人に言うのは好ましくないのかもしれませんが、先生が話をしていらっしゃる最中におそらく友達と連絡を取っている方がいたんです」
「あー、うちの高校は端末使用禁止だからね。その生徒が許せないと」
「いや、そこは特に気にしているわけではないんです。その様子が目に入った私は、つい画面の中の会話の内容も見えてしまって……」
ゆいゆいは申し訳なさそうな声で言う。私から言わせると校則違反で使ってるんだから、見られるほうが悪いと思うのだけど。
「その話の内容がどういうものだったのかをさっきまで考えていたのです」
「どゆこと?」
「あ、えっと……説明が下手ですみません。会話内容の一部は見えたのですが、それがどういった話の流れで、どういった意味を指しているのかがわからないかったのです」
「ああ、そういうこと。どんな話してたの?」
すると、彼女は妙に真剣な顔で、
「サンダルでダッシュ! です」
と、言った。
「へ?」
「すみません、それだけじゃわからないですよね。全文を書きますね」
そう言うと、筆箱からシャーペンを取り出して、会話をノートに書いていく。彼女のシャーペンはすらすらと動いて、すぐに書き終わる。
B:海かー
B:圭一と二人で行くんでしょ?
A:そうだけど
A:私に気を使ってるんじゃないかなって
B:サンダルでダッシュ!
A:怒られちゃうよぉ
B:じょーだん、じょーだん
「よく覚えてるね」
「へへへ……こういうのは得意なんです」
「AとBってのが話している二人ね。アプリは『リーネ』かな?」
「はい、今まで話した内容が一目でわかるタイプなので、そうだと思います。ちなみに、Aが由の目の前にいた女の子で、BはAの話し相手でAの友達だと思います。会話内容とアイコンから私はBは女の子だと推測しています」
「そうだろうね、ただの友達同士の会話って感じ。それだけに『サンダルでダッシュ!』が気になるところだね」
ゆいゆいは私に向き直って、しっかりと目を見て言った。
「どう思いますか?」
「話の内容から、圭一君とAさんが二人で海に行くという話題だね。Aさんは女の子だから、圭一君とAさんが親密な関係にあるという可能性も考えられる。もし仮にデートの話題だったとして、サンダルなんだから海水浴かな。予想できることはそれくらいだね」
「流石のぞみんです! 考え方がなんと言いますか……論理的、みたいな?」
ゆいゆいが目をキラキラさせて嬉しそうにする。
「いやいや、それくらいだってことだよ。私にしてみれば分からないことばっかり。海へ行く目的は、Aさんは圭一君が気を遣っているのではと怪しんでいるのに、サンダルでダッシュしたら怒られると言っているよね。圭一君が怒るのかは分からないけど、別に浜辺をサンダルでダッシュするくらいで怒る理由も見当たらないんだよ」
「うーん、確かにそうですね」
「つまりこれは、ヒントが足りないってやつだよ。いつも誰かさんが言ってるみたいな」
そこまで言うと、彼女は顔をしかめてしまった。
「謎を解くときのヒント、あるでしょ。別に大層なことじゃなくていいの。ゆいゆいは実際にAさんを見ているから、何か一つぐらい気づいたことがあると思うよ。そういう小さな気づきが謎解きの鍵になったりするかも」
「そうですね……」
彼女は黙って、何かあったかと思索にふけっている。
「例えば、Aさんがどういう人なのかを示す情報だったり」
「そういうことでもいいんですね! えっと……学年は名札の色が三年生の色でした。身長は普通くらいで……そうです、バッグにバスケットボールのストラップがついていました!」
「だったらバスケ部? いや、違うか」
「何かおかしいところがありましたか?」
昨日聞いた話を思い出した。
「おかしいんだよね。友達にバスケ部の子がいて、その子が話してたことなんだけど、今の時期の三年生は大会直前で追い込みをかけてるって。その大会は今週だって聞いたよ。で、さっきの委員会は自主参加だったって言ってたよね。部活は忙しいはずなのにわざわざ自主参加の委員会に来るかな?」
「それは妙ですね。怪しいにおいがします!」
「バスケットボールのストラップを人目に付きやすいバッグに付けといて、バスケ部じゃないですってのも違和感あるなー。ほかに変なとこなかった?」
「そういえば、最初と最後のあいさつの時に少し変わったことがありました。委員会でも始めと終わりには起立と礼をするのですが、Aさんは起立するのが周りと比べて少し遅れていて、初めのあいさつの時には隣の方に『大丈夫?』と聞かれていました」
「隣か……うちの学校だとクラスの中から各委員会につき二人ずつ選ばれることになってたよね。Aさんの隣はAさんのクラスメイトかな?」
「そうだと思います」
なるほどね。サンダルでダッシュ……か。
「ゆいゆい、私分かったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます