あそぼう

緋糸 椎

✒︎

 仮に武井と呼ぶことにしよう。武井はおよそ非科学的なことなど受け付けぬ唯物論者だ。宗教はおろか、霊などというものは一切信じぬ。どのような不可解な現象も何かと理屈をつけて説明したがるのだ。

 そんな武井のことであるから、あの晩も──猛暑の晩に仲間同士で怪談話の一つでもしようじゃないかと言い合った時、無論の事、武井の参加はないと思い込んだ。ところがそんな彼が「別に大した話じゃないぞ」と言ってその身に起こった不思議な話を始めたので、我々は意表を突かれた。以下は武井の語った話を、私の記憶の範囲で書き記したものである。


✒︎


 ある時、武井は長野県のとある山奥まで一泊二日のスキー旅行に出かけた。その時宿泊した民宿は部屋と部屋が襖一つで隔てられたきりの、プライバシイ性に乏しい環境であったが、別に気にすることはなかったという──



 真夜中になって、彼はカタカタという奇怪な物音で目を覚ました。それは子供の玩具の音だった。

 彼は起き上がって辺りを見渡した。電灯を消していたので朧気に見えるばかりではあったが、小学生の男の子が蠢いているのが見えた。やれやれ、何処ぞの子供が迷い込んで来たかと思い、彼は声を掛けた。


「坊や、ここは君の部屋ではないぞ。さあ、お父さんお母さんのところへ帰りたまえ」


 しかしまるで聞こえていないかのように子供が遊んでいるのを見、彼は僅かに腹を立てながら、さっきよりはっきりした口調で言った。


「ちゃんと話を聞きなさい。君の部屋に帰るんだ」


 すると、男の子は彼の腕を掴み、ぽつりと言った。


「あそぼう……」


 彼は背筋に悪寒を感じて、男の子の手を振り払った。そして立ち上がって吐き捨てるように言った。


「私は小便に行ってくる。戻ってくるまでに此処を出て元の部屋に帰りたまえ」


 そう言って彼は部屋から出て行き、戻ることはなかった。



──それでさ、翌朝になって朝食を摂りながら、尋ねてみたんだよ。「昨晩、僕が部屋で遊んでたら変なおじさんが来て、『ここは君の部屋ではない』とかおかしなこと言うんだけど、一体誰なんだろうね?」ってさ。そしたら親父がこういうんだ。

「おかしいな。他に客は泊まっていない筈なんだが」



 武井によれば、第六感らしきものを感じたのは後にも先にもそれきりだそうで、自分ではあれは夢だったに違いないと納得しているそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あそぼう 緋糸 椎 @wrbs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説