伝えたいこと

「父上っ、ただいまっ戻りました」

 

 ――――あれから十五年が過ぎた。

 ゴシマカス王国でも“ウスケ朝の騒乱”(ウスケ国王がサユキ上皇と対立し、国を二分する騒乱となったことをそう呼ぶようになった)からの反省で、『立憲君主制』へ移行され、議会の再編やら憲法の編纂へんさんやらが行われた。

 

 議会には貴族だけではなく、民衆の代表の議員も参加できるようになったのは大きいだろう。

 土地持ちの貴族も、民衆の声を配慮しなくてはならなくなった。


 今はサユキ陛下は国王を退き、密かにムラク軍卿に預けられていた隠し子サンガさんが国王だ。そう、あのサンガ少佐だった人だ。

 ぶったまげたけれど?!


 二万の軍を平気で動かしたり、オキナとツーカーだったり、義勇軍にすぐに味方してくれたり。

 今となっては思い当たることはたくさんあるけどさ。


 俺、あの人にほとんど仕事をぶん投げてたんだよね。

 けっこう危険な場所にいたから、皇太子だったとは思わなかった。

“ウスケ朝の騒乱”での活躍が、王位継承の決め手になったらしく“叩き上げの王”として人気だ。


 ここミズイの場合、発行しまくってた国債を“青龍撃退および魔人軍の撃退”への報酬として、報奨金とは別に王国が一旦買い取り、借金がチャラになった、

 さらに、変わらず我が家の家令を勤めてくれてるサイカラさんが、魔界からの魔石のほぼ独占仲介とアダマンタイトの販売でずいぶん儲けてくれた。

 

 おかげで息子を王都にある王立学園へ留学させることができたんだ。その息子のタイチが戻ってきた。

 

「父上っ、ただいまっ戻りましたってば」

 ヤンチャで困ったクソ坊主だ。

 誰に似たんだろうねぇ――って俺か?

 

「散歩でもどうだ?」と執務室から脱出する。

 

 遠くでサイカラの探す声が聞こえる。

「コウヤ様っ、まだ決済が終わっておりませんぞっ。“獣人自治区”からも承認を求めてカノンさまが――」

 

 まぁ、後でまとめて叱られてやろう。

「で? 話があるんだろう?」


 いろんな話が出た。

「父上は『救国の英雄』じゃあないですか? それなのに学園の連中と来たら反乱分子だから辺境に追いやられたんだ、とか貴族義務ノブレス・オブリージュを負ってるんだから他の貴族ももっと優遇すべきだとか、もうデタラメなんです。そもそも国を思う貴族なら――」

 おおかたミズイがもうけているから、嫉妬を買ってるんだろう。

 一つ一つうなずきながら聞いてやる。


 だいたいが俺から見れば青臭い身びいきの話だ。

 本当の苦労ってもんをわかっていない。勝者の理論でこうあるべきと未来を語る彼を微笑ましくも、面映おもはゆい思いでながめている。


「なぁ、俺からの話もいいか?」

 

 語り切った彼に、俺もこうだったのかな? と恥ずかしくも誇らしくもあり。

 極力、若さゆえの理想論あるべき論を否定しないよう言葉を選ぶ。

 

 いま、彼に必要なのは経験と広い視野だ。

 若さゆえの一途さは微笑ましいが、他者を受け入れる余地がない。


 だから伝えなくちゃいけないことがある。

 伝えた上で体験し、十分に咀嚼そしゃくしてトライ&エラーを繰り返してもらいたい。


「今俺たちがいるこの世界も誰かが作ってくれた世界だ。幾千いくせんの犠牲と積み重ねた知恵と、誰かの祈りが積み上がって今がある――」

 

「そんな事当たり前じゃないですか?」

 

「その当たり前は、当たり前な事じゃないって事さ。

 この世界を見て回れ――いろんな角度で見れば、少しはわかるだろう。

 今あるこの世界は、いつかの誰かの祈りで希望だった世界だ。

 どう変えて行くかはお前たちの仕事だ――ほれっ」

 

 俺は左手をかざすと、上腕がピカリと輝き、タイチの左手には海亀が装着されていた。

 タイチはびっくりしたように左手の海亀を見ている。

 

 今日、タイチが帰郷するのを手紙で知らされたひと月前、“玄武さま”に顕現してもらい、頼み込んだのだ。


 俺はいつかは死ぬ。

 だが、俺が死んだあとも息子のタイチやその子孫が生きていく時代になって。

 いつか魔王が新しく生まれて同じことが起こるかも知れない。また『災禍』が訪れて世界が壊れそうになるかも知れない。


 だからタイチへ引き継ぎたいと。


『おのれはワシを相続品扱いするつもりか?!』

 と叱られたが、さいごには了承してもらった。


 だから息子のタイチにはしっかり伝えておく。

「最強の盾を手にした以上、弱き人々を守らなくちゃならねぇぞ? わかったか?」

 と言うと頬を紅潮させて

「私を後継者と認めて下さった――と?」

 聞いてくる。


「ああ、自慢の息子だよ。俺よりも何倍も勇者になる資格がある。

 だが――勇者になれるかどうかはお前次第だ」


「私が勇者になれるかどうか?」


「勇者は人の何倍もの力を授けられる。だから人からそしられるような生き方をしちゃいけない。

 それにいざという時、全てを守り切れるわけじゃないから、守るべき命の選択を迫られる」

 ――と、辛い部分もちゃんと付け加える。

 

「その時の判断だ、忘れちゃいけねぇよ?

 人は立場や貧富の差はあっても、上下の存在なんてねぇ。

 身分とか立場なんて、時間とか状況で簡単にひっくり返るもんだ。

 だから迷ったら恩を受けた順にするといい。

 恩を施す人を残していくと、また誰かに施してくれる。

 

 今の自分は自分以外の誰かのおかげで生きている――それを心に刻んで、どうせなら誰かの希望となってやれ」


 それが勇者ってもんだ――。


 そう言って俺はニパッと笑った。


完結おしまい


 ここまでお付き合いくださいまして、まことにありがとうございました😭😭

 2020年7月からスタートしたこの物語。実に三年も長きにわたって続けられたのは、お付き合いくださいました皆様のおかげです。

 時にコメントに涙したり笑ったり、勉強になったり未熟さを痛感したり。

 たくさん背を押していただきました。ありがとうございます。

 新作も二週間後に投稿に向けて準備中です。

『クロウさんは冒険しないと気がすまない?! 義経と浦島太郎が出会ってしまって冒険へ巻き込まれる竜宮アドベンチャー』

 もし、ご興味がありましたら。

 最後までご覧頂きありがとうございました。

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左手が海亀なんだが カダフィ @yosinotyu

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