平和のカタチ

(前回のあらすじ)

 魔王の再発現を疑う審議会はサユキ陛下の勅命で打ち切られ、オキナとコウが慰労会を催してくれた。その最中に俺はオキナにあるお願いをした。


◇◇


「俺はまたミズイ辺境卿になるんだろ?」

 それは今回、内々で通知された話だったんだ。

 

 ミズイなら、転移魔法でも使わない限り王都までひと月はかかる。

 この距離が、例の貴族のばらいた

「俺が魔王化し王国を乗っ取る」ってデマが

「まったく根も葉もないウソだった」という公式発表と合わせて不安な人心を鎮撫ちんぶする。

 ――印象操作ってやつ?


 

 時間をかけてデマを風化させていく。

 それが今回、サユキ陛下とオキナが審議会も公聴会も力技で封じ込め、俺への誹謗ひぼう流言飛語デマを禁じた落とし所だった。


「すまない――今回の件が思わぬ火種にならない配慮をしなければならなかった」


「いや、悪くねぇよ。ミズイはナナミの故郷でもあるし、俺もれている」


 実際、ミズイ辺境卿なら勝手知ったるなんとやらだし、“風の民”はもはや身内。第二の故郷ってやつだ。

 以前から気がかりだったこちらのかぁちゃん“エスミ”も、ミズイへの移住に賛同してくれた。


「そのミズイに行く前に、例の二人にも会っておきたいんだよ」


 カノン・ボリバルとライガ。

 この二人がヒューゼンから敗戦の責任を押し付けられ、逃亡していることを聞いた。

『所在知れず』と公式にはなっていたが、ヒューゼンとの国境の『カグラ』に潜伏していることはわかっている。


「反王国の二人に会うとなると、また騒ぎ立てるものたちが出かねないから望ましくはないんだがね」


「ああ、それはわかっている。だから目立たないようにこっそり俺一人で行くさ」


「まったく、君も」――と言いかけて真顔にもどり、

「くれぐれも気をつけてくれ。君には必ず国政の中心へと戻って来てもらう」

 と、堅っ苦しい限りだ。


「ガラじゃねぇよ」と笑ってみせた。


◇◇


 カグラの山道はトロッコが転がる音と、ゴウッと吹き抜ける風の音でなかなかに騒々そうぞうしい。


「ライガ、そうにらむな」

 としゃがれた声でカノンは山道を登っていく。


「カノンよ、アイツらヒューゼンの軍部を二、三人くらいぶっ飛ばしてやりゃ良かったんだっ、それをテメェが止めるから――けったくそ悪い」

 後ろからブツブツ言ってるのはライガだ。


「ん……? 誰かいる?」

 とつぶやくや否や、二人は山の斜面へ駆け込んだ。ガサガサッと音を立てたのは一瞬で、あとは風の揺らす木々の音に紛れて気配が消える。


「よぉ、いるんだろ?」

 声をかけたのはもちろん俺。


「話があるんだ。出て来てくんねぇか? 俺の他には誰も連れてきていねぇよ」


 まるで山歩きのようないでたちで、厚手のブーツにリュックを背負い、ハットを手にとって振り回す。


「それ以上近づくなっ化け物め。なんのようだ?」

 警戒心ありありのカノンに苦笑いする。

 

「ずいぶんじゃねぇか?」

 

「我らを笑いに来たか? それとも討伐か? いずれにしても、無傷で帰れると思わんことだ」

 カノン・の底冷えのする声が、さら温度を下げていく。


「まぁ、そんなにいきり立ちなさんなって。お互いにメリットのある話だ。聞く気がないなら、後悔するぜ」


「やかましい、貴様の言うことなど興味はない」

 

「ずいぶんと嫌われたもんだなぁ――だが、てめぇらの夢が叶うとしたらどうだ? もちろん、好き勝手できるって話じゃないが」


 俺がここに来た理由――それはカノンたちを、ミズイの獣人自治区に密かに移し、保護下におこうと思ったからだ。

 このままなら、ヒューゼンの奴らに戦責を押し付けられたまま口封じに暗殺されかねない。


 敵だったとはいえ、命がけで“獣人たちが自由に生きていける国”を作ろうとしていた二人だ。

 むしろ味方に取り込んで、いずれは自治区を任せるつもりでいた。


「なにが夢だ? コウヤ、貴様が砕いたものを与えてやろうと? ふざけるな、待っているのは奴隷以下の生活だろうが」

 声だけが聞こえて姿を現すことはない。


「まぁ、否定はできんがな。ただ選択肢は与えてやれる。カノン、このままお前が殺されるのを黙って見てられないだけだよ」


「我たちは負けた、それだけだ」


「なにも成し遂げずに終わるか? ゴシマカスにしたってヒューゼンにしたって、お前を利用しただけだろ?」


「もう十分だ。それ以上言うことがなかったら早く消えろ。今回だけ見逃してやる」


「……わかったよ、だが考えておいてくれ。次は自治区の誰かをよこす。どんな暮らしをしているか聞くといい」


 そう言って立ち去ろうとすると、ライガが立木の間から現れて笑っている。


「またやろうぜ」


 まっぴらゴメンだよ。


◇◇


 王都ド・シマカスへ戻るとコウとオキナ、俺とナナミの結婚式が控えていた。

 落ち着いてから――と婚約でとどめていたが、『災禍』も戦争も終わったんだ。


「ミズイにはナナミ・エンノって名前でもどらねぇか?」

 ってナナミに聞くと、しばらくポカンとしていたが顔を真っ赤にして

「待たせすぎだよ。そうするに決まってるじゃない」

 だって。

「わかりにくかったからあと百回プロポーズして」

 とも言われたけど。


 そして今日はその当日――。

 

 空は晴れ渡り、王宮に続く街道は人であふれていた。

 その真ん中を衛兵が割るように、馬車が通る道を開いていく。


 オキナとコウ、俺とナナミが白亜の馬車に乗り宿舎から王宮へゆるゆると進んでいく。


「「「おめでとうっ」」」

「「「万歳――っ」」」


 様々な祝福を浴びながら、にこやかに手を振りかえす嫁二人。俺とオキナも笑顔で手を振る。


 スッゲェ恥ずかしい。


 このあと王宮で論功賞が行われて、そのまま俺たち二組の結婚式と披露宴が行われる。

 戦後の暗い雰囲気を打ち払うのには、これくらい派手なイベントが必要なそうで。


「なんでこうなった?」

「そう言ってくれるな、コウヤ殿。最後の奉仕と思ってくれ」

 とオキナが苦笑いしてる。


 空を見上げると雲一つなく。

 これで良いのか? いや――これで良いのだ。


 これが平和のカタチなら最高じゃないか。

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