第4話羨慕
「友達だから」
そんな言葉を何度も耳にしたことがある。
友達の定義とはなんなんだと思い、辞書で調べたり、ケータイを使って調べたり、もしてみたが、答えは分からなかった。
親しい関係というのは、どこまでいけばその関係になるのだろう。
毎日のように言葉を交わす家族のことを親しい関係というのだろうか。それなら、学校で会う人達とはどのような関係なのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい」
部屋の中でそう呟くと、真っ白な壁に言葉が吸い込まれていき、誰にも届くことは無かった。
明日からのテストのことを考えると、勉強をしなくてはいけないという気持ちになり、ノートや教科書が乱雑に置かれている机の前に座り、自分の好きな曲を流す。
音楽を聴くと、勉強にも身が入るような気がするから音楽を流すのだが、勉強をしていても音に気を取られてしまい、ノートに書いている漢字は、当たり前のように頭に入ってくることはない。
「集中できねぇ。」
音楽を止めて一呼吸置いてから、再びシャーペンを握り、漢字をひたすらノートに書き写す。
俺は勉強が苦手なわけではない。むしろ、得意な方だと思う。テストの結果はいつもクラスの十位以内に入っていて、親もその結果に満足しているし、俺だってその結果に満足している。
よく、「俺、勉強できないんだよなぁ。」とか、「私、暗記するの苦手なんだ。」とか、言っている人達がいるが、俺からしてみると、逃げ道をつくっているだけのように感じる。
勉強が出来ない奴なんかいない。
「じゃあ、テストの点が低い奴はどうなんの?」って言う奴がいる。
そんな奴らには、「ただの勉強不足。」って言ってやればいい。
「覚えられない。」って言っている奴もただの勉強不足だ。
覚えることの出来ないやつなんていないと俺は思っている。人間には、ものを覚えるための臓器が備わっていて、それは皆平等に、生まれた時から持っている。病気などでその臓器に障害がある人もいるのだと思うが、そんな人は、ろくに高校に通うことも出来ないだろう。
勉強はやろうと思えば誰だってできるはずなのだ。
そう考えれば自分も勉強を頑張ることができた。
小学校の先生とかに言われた、「全員スタートラインは一緒。」という、言葉は絶対に間違えていると思う。
俺の家は裕福ではない。むしろ、一般の家庭よりも貧しく、環境としては恵まれている訳では無いだろう。
こんな俺と、両親のいる家庭に生まれた人のスタートラインが同じはずがないし、障害をもった状態で生まれてしまった人のスタートラインが同じはずがない。
俺には一番古い記憶の時から父がいない。
母は女手ひとつで俺のことを育ててくれて、自分の行きたい高校にも通わせてくれた。母は俺にとってたった一人の、かけがえのない家族なのだ。
小さい頃は、家に居ても独りのことが多く、やることがなくて勉強をしていたのだが、勉強をしながら母に対して怒っていたのを憶えている。
「何で家に独りにするんだよ!」
一度だけそう母に向かってそう叫んだ事がある。そんな俺の瞳には、涙が浮かんでいた。
「ごめんね。」
何度もそう繰り返す母の姿を前に、俺の怒りはおさまり、そこには何も残らなかった。
その日から何年も経った今でさえ、あの日のことを後悔している。母なくして俺はここに存在することは出来なかった。だからこそ母のために勉強を頑張るようにしたのだ。
「ふわぁ……」
昨日も夜遅くまで起きていたせいで、欠伸が口からでて、目の前がぼやけてよく見えない。
「寝るか……」
握っていたシャーペンから手を離すと、指先に血が流れる感覚が伝わり、それほど力を入れていたのだということに気付かされた。
ケータイをマナーモードにしてから、さっきまで眠っていたベッドに寝転がった。
「ふわぁ……」
すぐに欠伸がでて瞼を閉じると、やはり疲れていたのか、身体の力が抜けていった。
「何で学校なんかに来てんだよ。」
「ここら辺臭くね?」
「本気で消えろよ。」
目が覚めると、少し汗をかいていた。夢をみていたのだ。昔の夢を……
小学生の頃から、中学生の最初の頃まで、俺はいじめられていた。
原因は俺だったから、自業自得と、自分に言い聞かせることで耐えることができた。
小学生の低学年の時の俺は、自分のことを過大評価していて、まるで物語の主人公の気分だった。
そのせいで、気に食わない奴には暴力を振るっていたし、自分の思い通りにいかないと、すぐに態度を変えていた。
そんな俺は、いつものように学校に行くと、仲のいい人達に話しかけた。
「おっすー。」
「……」
周りから反応が返ってくることはなかった。その人達以外を見ても、誰一人俺と目を合わせようとはしなかった。
「何がおっすだよ。行こーぜ。」
そう言われてやっと気づいた。
自分は主人公ではないと……
それからは徐々にいじめの度合いが大きくなっていった。始めは無視されるだけだったが、陰口や、悪口を言われるようになって、物も何度か無くしたことがあった。
そんなことがあってから人を信頼することはなくなっていった。
中学生になってもいじめは続いたが、いじめの主犯格だった奴が別の中学に行ってしまったからか、悪口を言われることはなくなった。
「弱い奴らが集まっていただけだったんだな。」
そんな言葉を残りの奴に言うと、そいつらは反撃することもなく、俺から距離を置いた。
この言葉を奴らに言ったが、俺にもあてはまる。弱い奴の集まりにいて、自分が王になった気になっていた。だが、その王は集団に対抗する術を持っていなかったのだ。だからこそ独りになった。
集団は王を失くしたが、その中から王が生まれた。絶対的な王が消えると、集団は力を失っていく。たった一人の孤独な奴にすら、歯向かうことが出来ないほどに……
その日から俺は変わり、人と話すようになった。
俺を無視していた人達とは話すことはなかったが、中学になって初めて知った人達とは沢山話した。
今までの失敗を活かして、集団をなるべく作らないようにし、集団の場合は、自分はその中の一人として振る舞うことで、王にならないようにした。
だが、決して人を信頼することはなかった……
テストの結果は、いつものように満足できるものだった。今回は、休日の勉強がいきたのか、総合点はクラス内五位をとることができた。
自分のテストの結果を確認してからいつもやる人間観察をすることにした。
人間観察は、俺の癖にもなっている。人間観察をすることによって何かが起きるわけでもないが、色んなことが知れて、今後の人生の役に立つと思っている。
こうやって人間観察をすると、色んな人がいるということを改めて感じる。
俺の席に近いバスケ部に所属していた人は、前のテストの時とは違い、幾分か明るい顔をしているようにみえる。
最近の彼は、まるで人が変わったかのように、周りの人と話すようになって、友達らしき人といるのを見かけることが多くなった。
そんな彼は、誰も座っていない椅子の方に目線を移し、一瞬暗い顔をした。
彼の見ていた椅子は、このクラスの委員長が座っていた椅子だ。
委員長は、一週間前のテスト初日から学校に来ていない。先生からは体調不良で休んでいると言われているが、一週間も体調不良なんて、一年生の時皆勤だった彼がそうなるとは、俺には思えなかった。
一年生の時一緒のクラスだった彼は、初めて会った人達ともすぐに打ち解けて、クラスの中心的人物だった。
集団の中にいる彼は、小学生の頃の俺とは違い、王ではなく、その中の一人だったのだが、周りをまとめていて、そんなことができる彼のことを素直に凄いと思った。
テスト前の土曜日に、野球の試合があったらしいのだが、その時に何か、彼の心を動かす出来事が起きてしまったのだろうか。彼とろくに話すことをしていなかった俺には、何があったかを知る術は何一つない。
「渡辺。」
「はい!」
そう大きな声で先生の声に返事した彼女は、美術部に所属していたような気がする。
彼女もバスケ部の彼と同じで、テスト期間になってから変わったように感じる。
何があったかは知らないが、前よりもやや明るくなって、一回も話したことがなかった俺にも話しかけてきた。
俺は、そんな彼女のことを嫌っている。無理して明るく振る舞っているような気がしたし、たいしてテストの点数も良くないのに、何故あんなに笑顔で暮らせているのか理解ができなかったからだ。
テストの結果を受け取った彼女の顔は、前回のテストの時と同じように、暗かった。きっと、点数が前の時より低くなってしまったのだろう。
彼女の噂は聴いたことがある。両性愛者で、男よりも、女のことの方が好きというものだ。
隣のクラスの人達の間では、そんなことが一週間前から話題になっていて、俺も、隣のクラスの同じ部活の奴に聞いただけだが、いつも女子と一緒にいる時の態度からして、本当にそうなんだろう。
「良く学校に来れるよな。気持ち悪くね?」
そうやって言われて、俺は少し考えされたが、
「確かにな……」
と、少し静かに返すことしかできなかった。
周りの人達の目を気にして、自分の意見を変えている人のことを疎ましく思っていた俺だったが、周りの目を気にしていたのは俺の方だったことに、この話をしていて気付かされた。
今の彼女はどうだろう。
周りから自分がまるで違うものを見ているかのように見られていることに、気づいていないのだろうか。それとも、気づいているのに、気にしないで学校に通い続けているのだろうか。
前者の可能性は、かなり低いと思うが、もしそうなら、彼女はかなりの鈍感なのか、馬鹿なのだろう。
後者だった場合は、俺は、彼女への見方をあらためる必要があると思う。
彼女には、周りの意見に左右されないだけの強い意志があって、どう思われても自分には関係がないと、割り切ることのできる自我が存在しているのだろう。
彼女のことを努力できない馬鹿だと思う俺の気持ちは、変わることはないと思うが、疎ましく思う必要はなく、尊敬に値する気持ちを持つべきだと思った。
そんな人達だけではない。
テストの結果が返ってきた瞬間に、自分が一位だと言いふらす人。彼はいったいどんなことを考えて、そんなことを周りに言っているのだろうか。
「誰かに褒めて欲しいだけだろ……」
そんなことを小さく呟いてからも、人間観察を続ける。
「今回も駄目だった。」
「私も良くなかった。」
彼女達は、何故そんなことを言い合っているのだろうか。低い点数の結果を言い合っても、点数が上がることはないし、高いことを互いに称えあっても、点数の結果は同じままのはずだ。
「傷の舐め合いかよ……」
そんなことを言っても、彼女達がやっていることと同じように、なにか意味があるわけではない。
「お前何点?」
そんな言葉が、教室の至る所から聞こえた。
「でたでた……」
テスト返却後に良くある出来事だ。
人の点数を聞いて何がしたいのだろう。自分の点数と比べて、自分よりも相手が低かったら、心の底で相手のことを嘲笑っているのだろうか。自分のほうが低かった場合は、どうするのだろうか。
そんなことを考えていると、学校の予鈴がなって、授業終わりの挨拶をした。
この後は部活があるが、俺には用事があるおかげで休むことが許されている。
「今日も来ねぇのかよ。」
同じ部活の奴にそう言われて、殴りたい気持ちになったが、その気持ちを抑えて、手汗をズボンで拭った。
「すまんな。」
ふざけた調子でそう返事をしてから、目的地までゆっくりと、重い足を動かしながら向かった。
目的地に着いた時には、日が暮れ始めていた。
トン、トン、トン
「久野です。」
ドアを叩いて、自分の苗字を口にしてからドアを開けた。
ここに来る度に、消毒液の独特な臭いを嗅ぐことになるが、もうとっくの昔に慣れてしまった。
締め切られていた窓を開けると、初夏の暖かい風が部屋に充満して、消毒液の臭いを緩和してくれる。
「ただいま。」
ベッドの上で眠る女性に声をかけても、言葉は絶対に返ってくることはない。
ーーピッ、ピッ、ピッ……
周期的に鳴り響く機械の音は、彼女がただの肉の塊になってしまったのではないということを教えてくれる。
決して返事をすることのない彼女に向かって、今日あったことをしばらく話してから、自分のしていることがクラスの人達と同じ、意味が無いことだと思いながらも、開いた口を閉じることができなかった。
「そろそろ帰るね。」
そう口にしてから、自分の開けた窓を閉める時、大きな鳥が、飛び去って行くのが見えた。
この世界に主人公なんていない。
努力をするようになった彼も、落ちぶれてしまったであろう彼も、突き進むことを決めた彼女だって、決して主人公ではない。
「俺が主人公なら、母はこんなことになっていなかったのかな……」
そう呟いた俺の問に、まるで機械音が返事をするかのように、いつもとは違う長い音をたてた。
主人公 神山 しのぶ @4510simasu
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