第3話想い

その人のことをどう思っているのかなんて考えても自分ではよく分からなかった。

周りからは普通じゃないと散々言われ続けた。

「もっとこうしろ」だとか、「そんなんじゃだめ」だとか、自分の好きなようには生きさせて貰えなかった。

人とはとことん縛られるのが嫌いな生き物なのだと改めて思った。

周りの流れに身を委ねて行動するのはとっても楽だった。だからみんなの前では本当のことは言わないようにしてきたのだ。

周りからどう思われているのかをずっと気にしながら生きてきて、もう疲れてしまったのかもしれない。

もう周りのことは気にせずに生きて行こうと思っていた時にあんな事件が起きてしまうとは思わなかった。


ーー金曜日 放課後

私はいつも通り家に帰ろうとして下駄箱である封筒を見つけた。名前は書いていなかったが、色合いや筆跡的に考えると、おそらく女子からの物なのだろう。

ドキッとした。

驚きにも似た感情だったが、それだけではなく、高揚感や優越感までもが自分の胸を支配しているような感覚に陥った。

私の身体は、鼓動を早め、いたるところにある汗腺から汗を出すことで自分の気持ちを落ち着かせようとしている。

時間でいえばほんの数分の出来事だったと思うが、そんな時間が、数時間ほどの出来事だったように感じた。

人の身体とは不思議なもので、しばらく同じ状態が続くと、自然とその状態に慣れていつもと同じような感覚が戻ってくる。

封筒を開けると、中からピンク色の手紙が出てた。文字は丸みを帯びていて、いかにも女子が書いたような字だった。

内容は二年B組の教室に来てほしいというものだった。

二年B組の教室は私のクラスの隣の教室で、同じ部活の子がいるので、この手紙はその子が書いたのではないかと思った。

ゆっくりと歩きながらその子のことを考えたが、何故呼び出すのかが分からなかった。

来週からテスト期間になるため部活が休みで、しばらく話す機会がなくなるが、連絡先を交換しているため、携帯で用事を済ませることもできたはずなのに。

そんなことを考えていると教室に着いてしまった。

「わざわざ来てくれてありがとう」

いつもと変わらぬ綺麗な笑みを浮かべながらそう言ってくる君に、心を奪われてしまった。

「どうしたの。手紙で呼び出して。」

私もなるべく平常心を保ったまま、いつもと同じように受け応えをした。

「実は昨日のことで私も沙耶ちゃんに言いたいことがあって呼び出したんだ。」

少し恥ずかしそうな素振りでそう応える君に、またしても心を奪われる。鼓動が早くなり、体温が上昇する。手汗が滲んでくるのを感じながら、それを悟られないように手を強く握る。

「あの…」

躊躇いながらではあるが、しっかりとした口調でそう声を出したの時だった。

「はーい。もう終わりにしていいよー。」

廊下からやけに大きく明るい声が自分の耳に届いた。

「ほんとにいつ入ってくるかドキドキしたー。」

「ごめんごめん。」

どうやら彼女もこの人が来ることを知っていたらしい。今の状況を理解出来ずに、口をパクパクと動かしている私を見ながら奈緒も明るい声で私に話しかける。

「好きって言うと思った?」

そう彼女から言われてようやく気づいた。 自分が騙されていたのだということに。

わけがわからなくなって微動だにしない私を彼女たちは、まるで自分とは違う何かを見るような目で見ながら、笑い合っている。

「私たち、あんたと違って普通だから。」

その言葉を聞いて怒りに近い気持ちが私を支配するのが分かったが、何もすることは出来なかった。

「なにしてんの?」

そう声が聞こえると、二人は慌てて走り出して行った。廊下にはうるさい足音が響き渡った。

「大丈夫?」

男の子の声が聴こえて身体が反射的に言葉を発したが、そんなことよりも、とにかく一人になりたかった私は、相手の顔も見ないままさっきまでいた玄関に向かって走った。


なるべく人の目が届かない場所に向かって歩き続けていたつもりだったが、気づいた時には公園にいた。

公園には色んな人がいる。砂場で遊ぶ小さな子供達、遊具で遊ぶ子供達、その子達の親であろう人達、無我夢中でバスケットボールをつく人。

そんな人達がいる公園の中で、唯一誰もいなかったブランコに座りながら、今までの自分の行動を振り返ってみた。

昨日の部活終わりのことだった。

いつもは一人で歩く道を今日は友達と一緒に歩いている。

「沙耶は好きな人とかいないの?」

奈緒は急に恋話をもちかけてきた。

「いないよ。奈緒は?」

一瞬ドキッとしたが、何も無いかのように自然に嘘をついて問いかけた。

「私もいないよ。」

ちょっと困った顔をしながらそう応える奈緒に、もしかしたら自分と同じなのではないかと思ってしまい、秘密を打ち明けることにした。

「私、実は両性愛者なんだ。」

蚊の鳴くような声でそう言ったつもりだったのに思いの外はっきり言ってしまい、言葉を取り消すことは出来そうになかった。

「そうだったんだ……」

私の話を聞き、困っているであろう奈緒の声はいつもより小さく感じたが、嫌な顔を一瞬たりとも見せることはなく、私の考えを否定しなかった彼女に好感がもてた。

それからの帰り道では、少し気まずい空気が流れたことにより口数が減ってしまったが、別れる時には自然に挨拶を交した。

「このことは誰にも言わないから!」

ゆっくりと歩いていた奈緒は、突如振り返ると大きな声でそう言ってくれた。

「絶対だよ!」

溢れだしそうな想いが涙の形となって目から溢れたが、その涙を拭うことよりも、今、目の前にいる友人に感謝の気持ちを伝えたかった。

「ありがとう」

口から出たその言葉は、自分の耳にも届かないくらいに小さく、その後から聞こえた鼻をすする音にかき消され、奈緒に届くことはなかった。

私が奈緒に秘密を打ち明けたのには幾つか理由があった。

この日の数週間前の時、親戚などで集まって食事をするという、ちょっとしたパーティーに参加したのだが、その終わりごろに感情が高ぶってしまった私は、家族の前で秘密を打ち明けた。

「そうなの。」

周りの反応は様々だったが、その反応が一番多かったことを憶えている。

私は少し面食らったような感覚だった。

誰にも打ち明けることはできないであろう秘密を家族に打ち明けたというのに、誰一人驚くことはなく、当たり前のように理解しているようだったからだ。

「何で今まで隠してたの?」

「……ごめん。」

静かにそう問いかける母の言葉は、沈黙を許さないという、気持ちが込められているような気がして、謝ることしか出来なかった。

私の秘密を知っているのは家族だけでは無い。

高校生になった私は、ケータイを買ってもらったのだが、使い道も特になく、動画を見るか、家族と連絡を取り合うだけの道具とかしていた。

そんな私だったが、とあるアプリをダウンロードしたことにより、生活がいっきに変化した。

そのアプリでは、自分の知らない人達と連絡を取り合うことができたのだが、知らない人達との会話は、まるで現実世界とは違うように感じて、そこでなら自分の秘密を打ち明けられると思い、色んな人に自分のことを話すようになった。

反応は様々だったが、その中に自分と同じ考え方や、想いを持った人達がいると知り、さらにアプリにハマっていった。

そのせいなのか、学力が低下するという悪い効果が出たのだが、性格が明るくなっていくという良い効果も出た。

兄からは何度もやめるように言われていたのだが、正直鬱陶しいとしか思っていなかった。

家族に自分の秘密を打ち明けた日は、人生でもっとも泣いたのではないかと思う。

パーティーが終わってからも泣き続ける私に、母はずっと寄り添ってくれて、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった私だったが、目が覚めるとベッド上で毛布にくるまっていた。

この日ほど、母に感謝したことはないだろう。

秘密を打ち明けたことを今になって公園のブランコで後悔している私だったが、アプリにもいたように、様々な考えを持った人達がいるのだと割り切ることができた。

ブランコを漕ぎながら涙を流していると、どんどん身体が軽くなっているような気がしてきた。今まで知らず知らずのうちに溜め込んできた何かが身体から涙となって流れ出ていくような感覚は、これで三回目だったが、一向に慣れることは無い。

「どうしてないてるの?」

隣のブランコを見ると女の子が私に声をかけているのが分かった。ずっと独りだと思っていた私だったが、気づいた時には数人の子供に囲まれていた。

「おねぇちゃんだいじょうぶ?」

そう聞かれた私だったが、直ぐに言葉を返すことができず、子供達を何度も見ることしかできなかった。

「帰るよ!」

ふと、凛とした声が聞こえて顔をあげると、子供の母親らしき女性と目があい、お辞儀された。

私は、目を逸らしてから自分の顔についた涙を拭い、子供達の目線に合わせ、深呼吸した。

「ありがとう。お姉ちゃん帰るね。」

とびきりの笑顔で子供達にそう言った私は、母親らしき女性に一礼してから公園をあとにした。


公園の出来事があってからの私は、少し考え方を変えることにした。母にはこれまで以上に感謝の気持ちを持って接し、学校でも明るく振る舞うことで友達も少し増えた。

家では兄と私のダウンロードしている通話アプリについてちょっとした喧嘩のようなものをしてしまったが、私が意見を曲げなかったため、途中で兄が折れて、その話は終わった。

テスト期間も終わり、今日でテストの結果がわかるが、今の私は、テストがどのような結果でも自分の意見を変えないという強い決意があった。

学校が終わりテストの結果が分かったが、思っていたよりも酷かったため、先生と面談をすることになってしまった。

面談中の私は、まるで虫の抜け殻のように、先生の言葉に反応することなく、ただ話を聞き流すことしか出来なかった。

部活にも参加することなく、家への帰路を独りでゆっくり歩いていた。

公園の横を通る時に、人達の声が聞こえたような気がして、伏せていた顔を上げ、公園の周辺を見回したが誰一人見つけることができず、また顔を伏せて歩き出した。

また独りになってしまった。

あの日以来、自分の意見を変えることはないと思っていた。周りからどう思われようが、絶対に……

家に帰って自分のテスト結果の表を机の上に置いて、自分の着ていた制服を無造作に床に置き、ベッドに寝転がった。

「やっぱりあんなアプリやめさせたほうがいい!」

怒鳴るような声でそう言ったのはきっと、兄なのだろうが、寝ぼけていたせいで内容を理解するのに時間がかかってしまった。

母は少し泣いているようだったが、兄とは違い、落ち着いているように感じた。

「沙耶はまだ頑張れる。」

そう母が言ったのが聴こえて部屋から飛び出した。

私が二人の前に出ると、2人とも鳩が豆鉄砲をくらったかのように不思議な顔をしていた。

「私……まだ頑張れる。」

そう言った私を睨むようにして見た兄は、何か言いたそうな顔をしていたように感じたが、何も言わずに自分の部屋に入っていった。

「自分のことは自分で決めて。」

母はそう言ってから静かに立ち上がり、兄につづくように、部屋に入っていった。

その日の夜、スマホでダウンロードしていた通話アプリを消してから寝むりについた。

朝起きてから自分の携帯をいじると、いつもよりも綺麗になっているような気がしたのと同時に、身体が軽くなり、スッキリとした気分だった。

起きて考えてみると、久しぶりに日がまたぐ前に寝たことを思い出し、今まで自分が不規則な生活をおくっていたということを思い知らされた。


「変わろう」

自分の部屋の窓を開けてそう呟く。

窓の向こうには今まで私が見ていなかった色々な景色が広がっていた。

赤色の屋根の家は少し壁が古く感じたが、窓からは真っ白なカーテンが見える。

道路には、いくつも車が走っていたが、どれも同じものはひとつもなかった。

街を歩いている人達は清々しい顔をしているように感じた。

スーツをしている男性は、これから仕事があるからなのか、少し暗い顔をしている。

色んな考えの人がいる。

仕事が嫌な人もいれば、その逆で、仕事が生き甲斐になっていて好きな人もいるだろう。

犬が好きな人もいれば、猫が好きな人もいる。また、その両方の人もいるし、両方嫌いな人もいるだろう。

男性が好きな人もいれば、女性が好きな人もいる。私と同じように、どちらの性別でも恋愛対象にしている人もいる。

窓から真っ青な空を見上げながらしばらくそんなことを考えていると、自分の部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。

「朝ごはんできたって。」

兄のぶっきらぼうな物言いはいつもと同じで、私は昨日の出来事が夢だったんじゃないかと思えてきた。

「分かった。」

そう応えてからゆっくりと深呼吸をして開けていた窓を閉める。窓を閉める前に風が吹き、私の髪を揺らす。

自分の部屋を出ると、ソーセージを焼いたような匂いがして、腹が鳴った。そういえば昨日の晩御飯を食べていないこと思い出し、いつもよりも軽い足取りで下の階へと向かった。


テレビでは兄が星座占いを見ていた。

「三位は……」

私の星座は流れてこなかったため、二位以上なのだろう。

「チュンチュン」

家の外では鳥が鳴いていた……

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