サンダルでダッシュ!

達見ゆう

裸靴下は変態のご定番だが、裸サンダルもそうなのだろうか

 あれから蓮見先輩とちょくちょく会うようになり、変態の心得とか私にはどうでもいい情報をいろいろ教わるようになった。


 あれは勘違いからやったことだと、いつカミングアウトすればいいのだろうか。いや、一度でもやってしまったら真人間に戻れないのかも知れないな。かといって、このまま仲間認定され続けるのもなんだし。


 こんなに悶々と悩むのもこの暑苦しい熱帯夜のせいだ。エアコンの効きは悪いし、防犯上窓を開けて寝るのも抵抗がある。

 こんな時に限ってアイスも保冷剤も氷枕にする氷も底を尽いている。


 このままゴロゴロしてても、仕方ない。コンビニ行ってアイスと氷でも買おう。今度はちゃんと服を着て防犯ブザー持って夜の散歩に出よう。今は午前一時を指しているから、先輩の行動時間だと言っていた二時には被らないはずだ。

 そう、この時までは軽く三十分ほど涼んで歩いて程よく疲れさせ、アイスで涼んで眠ろうとしたのだ。


 ……しかし、つくづく運が無いというのかなんなのか蓮見先輩と会ってしまった。しかも相手はご趣味を堪能中だ。予定より早えーよ、行動時間!


「あれ? 今夜は脱いでないの? 」


「ええ、コンビニに寄ってアイス買うから」


 本当の事を言っているはずなのに目が泳いでしまうのは相手が全裸だからだ。身内でもない、恋愛感情も無い異性の裸は目のやり場に困る。冷や汗があちこちからダラダラ出てくるのもわかる。とりあえず足元見るとサンダルを履いていた。


「は、蓮見先輩も純粋な全裸じゃないのですね。サンダル履いてる」


「ん? ああ、本来なら完全なる全裸で夜の街を堪能するのが真の変態道だ。しかし、地球環境の危機が叫ばれている世の中からも分かるように世界は不完全だ。不完全の結果がこのサンダルだ」


「……つまり、ヒートアイランド化で灼熱のアスファルトが夜になっても、ちっとも冷めないから熱いからサンダル履いてる訳ですね」


「うむ、やはり同志だな。察しが良くて何より」


 ヌーディストもそれなりの苦労があるようだ。繰り返し言うが、私がやらかしたのは純粋なる勘違いであり、真性の変態の仲間や同志などではない。こんな人と近所なんて引越しを考えようか、しかし、借り上げの社宅で家賃が安いんだよな。


「アイス食べながら歩くのもいいかな。俺、ここで隠れて待ってるから俺の分も買ってきてよ。ゴリゴリ君でいいから」


 って、パシリまで頼まれてしまった。さっさと帰りたいのに。

 それにしても、ここで会うということは先輩が誰かと出くわして危険と言ってたコンビニエリアなのになぜここにいたのだろう。時間も少し早いし。

 まあ、いい、用事をさっさと済ませて先輩に渡して帰ろう。


 コンビニはやはり涼しい。ここで寝てしまいたいくらいだが、さすがにそれは冷えきってしまうな。アイスの前にスポーツ新聞を買う。愛すべきレッドサンダースの赤城慎二君がメモリアルゴールを決めて一面を飾っていた。一通り買ったはずだがこの新聞はまだ買って居なかった。


 さて、アイスだ。私はお約束のプレミアムソフトクリームにして、蓮見先輩の分だ。癪に障るからゴリゴリ君期間限定ドリアン味にしよう。

 クックック、ゴリゴリ君ドリアン味。せいぜい悪臭に悶えるがよい。


 そうやってドス黒い気持ちで品物を物色していると遠目にサンダルでダッシュしている人を見かけた。走りにくそうだとよく見ると上はすっぽんぽんなので蓮見先輩だ。誰かに見つかって逃げていると思われる。ほっといてもいいのだが、店内を急いで巡り、追加商品を買うと慌てて駆け抜けた方向へ向かった。


 確か、公園の公衆トイレがある。恐らくそこへ避難したと思われる。


「せんぱーい、いますか? はす……」


「わぁー! 名前言うな! バレたら社会的に死ぬー! お巡りさんに見つかってしまったんだ! 間もなく追いつかれるだろう。君も逃げるんだ」


 読みは当たった、私は男子トイレの個室の前に移動してアイスを投げ入れた。


「とりあえず私に任せてください。まず、アイスを溶かしてお尻や体にでも塗ってください。そのあとは全力でトイレットペーパーで拭き取ってるようにカラカラと音を立ててください、アイスの殻は上手く隠してくださいよ」


「何を言ってるかわからんが、助かるならそうしよう。うわ! 臭っ! 冷たっ!」


「君、何をしている!」


 追手お巡りさんが見つけたようだ。高校時代の演劇部のスキルはまだ生きてるといいが、出任せを言うことにした。


「あ、すみません。先輩が酔っ払って非常事態なのでコンビニに寄って品物を調達してました」


「非常事態?」


 お巡りさんは訝しげに私を見る。


「ええ、酔って盛大に服にゲロを吐いて、さらに下痢して下着汚すという同時多発テロが先輩に起きまして。そしたら、先輩は『 臭い!』」と盛大に全部脱いで川に投げ込んでしまったのです。


 一応、暗渠のドブ川が近くにあり、少しだけ地表に出ている。筋は通ってる。


「さすがにまずいので、先輩に隠れてるように指示してコンビニで下着や身体を隠せそうなものを調達してたのですが、先輩がダッシュしてたから慌てて追いかけてきたのです。せんぱぁい、あれほどあそこに居ろって言ったのにダメじゃないですかぁ」


 察しが良い先輩は呂律が回らない声を出す。


「だってぇ、体も川も、すっげえ臭くて我慢できないぃ」


「ほら、追加のトイレットペーパーと水とタオルと下着買いましたから」


「あー、くっせえ、ここもマジでくっせえ、俺、自決するしかねえ」


「バカなこと言わないでください。酔い醒まし用の水もありますから、まずは身体を流してください」


 なかなか、上手い演技だなと思いつつ、水を投げ入れる。


 カラカラと派手に鳴るトイレットペーパーの音、ウンコと間違えんばかりの悪臭にお巡りさんも納得したようだ。


「そういうことか。だが、裸で歩くと酔ってても公然わいせつ物陳列罪になるぞ。先日も裸の女が出たらしいからな」


 ……それ、私のことです。多分隣の交番だかなんかで面識が無い警官だろう。


「こんな彼氏持つと君も大変だね、まあ、シャツと下着着るなら多めに見るから、さっさと帰るんだぞ」


 は? 彼氏? この変態と同一項に括らないでもらいたい。あくまで私は勘違いしてやらかしたのであって……。まあ、この急場をしのぎ切った。下手すると私も巻き添えで二度目の社会的死亡をするところだったのだ。



「君のおかげで助かったよ」


 私が買ったTシャツとパンツ、念の為のレインコートを羽織って先輩と連れ立って歩く。まだ少々ドリアン臭い。今回のゴリゴリ君は試すのは止めよう。


「最近のコンビニはなんでも揃ってますからね。大体、先輩。コンビニ近くなんてリスキーな場所になんで居たのですか」


「いや、コンビニ近くを走るランナーの女の子に一目惚れしちゃって」


「は?」


「彼女にひと目会えないか早めにとフラフラして、コースアウトしてしまった」


「なら、普通の格好するなりランナーの格好すればいいじゃないですか」


 呆れつつも、ツッコミを入れる。


「ありのままの自分を観てもらいたくて」


「あれは美人の女性だから成り立つ台詞です。変態がいきなりマッパでその台詞は変態番付でも大関クラスです」


「ま。とにかく助かったよ。今度お礼させてね。じゃ、お疲れ様」


 こいつ、嫌みに気づいていねえ。チッと小さく舌打ちしつつ、別れて帰宅した。


 ようやく家に帰ったのは午前三時。またあの時間か。かなりかかってしまった。

 はっと気づいてコンビニの袋を見直す。自分のソフトクリームはすっかり溶け、水滴で新聞はふやけ、憧れの赤城くんの写真はグチャグチャになっていた。


「蓮見……絶対に仲間でも同志でもないやい! あと、彼氏でもなあーい!」


 午前三時。私の叫びはやかましかったらしく、後日管理人から注意されるほどだった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サンダルでダッシュ! 達見ゆう @tatsumi-12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ