第5話 シンデレラは働かない


「ねえ、シンデレラちゃん。あなた、たまには私と一緒に料理作ったりしない? なんでもいいわよ。あなたが作りたいのとか、食べたいのとか」


「オカアサンったら何、言い出すかと思ったら。私、そういうの、興味ないから」


「だったら、ミシン使って洋服とかバッグとか作るんでも楽しいわよ? うちのミシン、結構高性能だから、ネーム入り刺繍とかもできるのよ?」


「そんなの作んないってば。買った方が安いし、面倒臭いし」


「それならお部屋の模様替えなんて、どう? そのついでにお掃除も一緒にしちゃえば、片付けや掃除の簡単なコツなんかも教えてあげられるけど」


「掃除のコツとかワケ分かんない。もう放っておいて」


「……そうは言っても。少しは家事や身の回りの始末も覚えておいた方が後々困らないと思うのよ?」


「もしかして、そういうの教えるのがオヤの務めとかそういうコト思ってるんだったら、気にしなくていいから。今時ステップファミリーなんて珍しくもなんともないし、『継母と義理の姉たちに虐められてる』なんて外で言いふらしたりしないわよ私」


「そ、そ、そんなこと私たちしてないでしょう……!」


「だーかーらー。そんなこと言わない、って言ってるでしょ。心配ご無用。その代わり、余計なお世話はしないで。私はね、家事なんて興味ないの。そんなのお金払って誰かにやってもらえばいいんだから。興味があるのは自分で稼ぐコト。自立してひとりで生きていくコト。そのために勉強してるの。勉強で忙しくて、つまんないないことに割く時間はないから、この話は二度としないで。今度こんな話したら、泣いて言いふらすから。虐められてるって」


 そう言って、シンデレラはさっさとリビングから出ていってしまいました。





 入れ代わりに入ってきた実の娘二人。


「ママ。何かあったの?」

「シンデレラ、なんか機嫌悪そうだったけど? 模試の点でも良くなかったとか?」


 口々にオカアサンに問いかけます。


「……あの子にも、家事とか身の回りのこととか教えなきゃって思って、それとなく誘ってみたんだけど、必要ない、って断られちゃったの」


「ああ、そりゃ仕方ないわよ」

「うんうん。だってあの子、勉強命だから」

「今時、高学歴高収入目指す女子って珍しいのにね」

「ほんと。バリキャリなんて身も心もすり減らすだけで、いいところ金が残るかどうかだけなのは働いてる女性みてれば分かりそうなもんなのに。頑張ったってどうせガラスの天井にぶち当たるだけなのに」

「だよね。それなのにあんなにしゃかりきになって勉強するなんて、頭いいのか悪いのか、よく分かんないな」

「このご時世、知識と教養を適度に積みつつ外見の美しさにも気を配り家のこともできるアピールして、高収入男子と結婚して今や絶滅危惧種と言われる専業主婦になる、これが一般女性の夢、なのにねぇ」

「まあ、でも、そんなハイスペ男子なんてほんと一握りだから、よっぽどのコネとか運とかでもない限り、共働き前提は分かってるんだけどね」

「だからこその”夢”なんじゃないのよぉ」

「分かってるってば。宝くじに当たったら、って話と同じなのは。それに今日び、どんなに稼ぎがあってもいつ何時、何が起きるか分かんないから、他人に依存して生きていくのはチョー危険だとも思うしね。それにしてもあの子って化粧にもオシャレにもモテにも興味もないんだから。マジ変わり者よねぇ」


「あなたたちがそう言うなら、家事の件はあきらめるしかなさそうね。でも、明日の舞踏会だけは一緒に行ってもらわないと困るのよ」


「明日、って、例の、王子様主催の?」


「そう。さっき、パパからLINEがあってね。とにかくこの年代の女性は全員、連れてこい、って社長さんから直々の命令があったらしくって」


「何、それ」


「なんでも王子様は変わり者らしくてストライクゾーンが分からないから、どんな変な、いや、ユニークな女性でも構わない、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるかも、ってことらしいわよ」


「ふぅん。王子様ってそんなに変わり者なんだぁ。知らなかった」

「だって、そういうのってやっぱり評判に関わるからあんまり公にはならない話なんじゃない?」

「そうね。でも、ま、元々、そんな高嶺の花、っていうか、身の丈に合わないひとなんて狙ってないから関係ないし。それより王子様の周りにいる中でも下の方のレベルのひとたちとお近づきになりたいな」

「うん、その辺りが私たちには妥当かも~。それか、宮廷職員とか」

「あ、それ、いいかも。公務員は不況に強いもんね」

「でしょ。新興業種の経営者とか二代目、三代目の苦労無しボンボンより、堅実で良さそうかなあって思って」


「あなたたち、そんなこと考えてたの?!」


「えー? コレって、ふつうじゃない?」

「だよね」

「王子様なんて宝くじ狙いと同じかそれ以上だもんね。しかも宝くじならお金だけだけど、王子様だとマイナス面なオプションも必ずどこかに隠されてるはずだし」

「言えてる」


(気を取り直して)

「まあ、そんな訳で、あの子も連れて行かなきゃいけないんだけど、どう言ったら分かってもらえるんだか。私にはお手上げで……」


「あら、やだ。ママったら、そんなの簡単よ~」

「ほんと、ほんと」


「えっ? ウソ?! どう言えばいいの?」


「シンデレラには『稼げる』ってのがパワーワードなのよ。だからね、王子様はともかく、その回りには稼ぎまくってる人間も彼女が行こうとしてる大学卒のエリート宮廷職員もゴロゴロいるから、今から顔つなぎしておいて『稼ぐ』時に備えておいて損はないわよ、って言えばいいの」


「そんなんでいいの?」


「ウソだと思うなら、今から私たちで言ってあげましょうか?」


「お願い!」




 そうして、仏頂面ではありましたが、本当にシンデレラは明日の舞踏会の出席を承諾したのでした。


「ただし。条件があるの」


「なあに? シンデレラちゃん」


「私の外見に注文をつけないでもらいたい」


「どういうこと?」


「ドレスはこの中から選べとか、化粧はこうしろとか、美容院に行ってセットしてこいとか、そういうこと」


「……。」


「興味がないから任せる、なんて口が裂けても言う気はないから。それがたとえ興味のないことであっても、私の好きにするから。これを了承してもらえなければ、行かない」

「ああ、あと、もうひとつ。明後日は冠模試の一回目だから、明日はどんなに遅くとも11時には帰って寝ます。長居はしません。とにかく顔を出せばいいんでしょ? 使えそうな人間をチェックしたら、私ひとりでも先に帰ります」


 ジーンズにTシャツ姿のすっぴんで、あまりにきっぱりと言い放つシンデレラに、3人は黙って頷くほかありませんでした。




 さて、舞踏会当日。支度を済ませた3人がシンデレラを呼ぶと


「悪いけど、先、行ってて」


 部屋から声だけが返ってきます。


 まさか、ドタキャン?

 顔色を変えてドアの前で


「シンデレラちゃん。どうしたの? 馬車が家の前で待ってるのよ?」


 慌てて聞くと


「大丈夫。約束は絶対に守るから。インディアン、うそ、つかない」


 よく分からないことを言っています。

 でも、


「ママ、心配しなくても、その子、約束は守るから大丈夫」

「うん、シンデレラはつまんないウソは言わないと思うよ」


 娘たちが口添えするので、


「じゃあ先に行くけど、何かあったらすぐ連絡するのよ?」


 と言って、3人で馬車に乗り込みました。





 馬車が舞踏会の会場に着きました。

 着飾った人々があふれかえる門の前。招待状代わりのQRコードをゲートにかざして金属探知機をくぐり、順に入場していきます。

 後から来るシンデレラのために、QRコードをLINEで転送してから、3人も入場しました。


 広い会場は、案外、密でした。

「いいのかな? 今、こんなことやってて」

「いいんじゃない? QRコードで身元割ってて、追跡調査できるから」

「あ、なるほど~」

「それに万一のことがあったら、きっと宮廷病院で面倒見てくれるんじゃない?」

「おお~。それはそれで貴重な体験!」

「バカばっかり言ってないで、ほら。どなたかお知り合いの方でもいないの?」


 呆れつつ、娘たちを促します。


「ん~?」


 2人はあくまで上品に、目だけを静かに動かし続け、それとなく周りの様子を窺います。


(よしよし。その調子。がっついた気配は絶対に見せないこと。あくまでも優雅に、かつ冷静に、ターゲットを探すコト。これが大事。2人とも良くマスターしてる)


 ふっ。

 2人の顔に、美しい笑顔が浮かびました。

 どうやら今夜のターゲットになりそうな相手をひとまず発見したようです。


「行ってくるわね。何かあったらLINEする」

「私も。ママは疲れたら先に帰っててもいいわよ」

「そうね。その時は私もLINEするわ」


 手早く会話を交わすと、2人は人混みを優雅に渡り始めました。

 その背中を見送りながらオカアサンはホッと一息、入れます。


(あら、あそこで美味しそうなスイーツが配られてる。せっかく来たんだから、私もスイーツくらい頂かなくっちゃ)


 人だかりしている一角に足を運ぼうとした、その時。

 入り口の方で、さざなみのようにざわめきが広がり始めました。

 何かしら?

 つられて目を向けると。


 スラリとした立ち姿も美しい和装の男性が現れたのが、遠目にも見て取れました。

 まわりの女性たちがうっとりと見上げています。

 オカアサンもつい見惚れてしまうような、凛々しい姿です。


(でも、たしかに今夜は舞踏会だけど、あくまでも女性が主役。裏目的は王子様の花嫁候補選びってこと、参加する男性陣は特に念入りに言い含められているはず。とにかく男性陣は目立っちゃいけないのに、この子こんなに人目を引いて、後でどうなるのかしら)


 そう思って見ていると、彼はしばらくあたりを見回してからオカアサンの姿を認めると、まっすぐに向かって来るではありませんか。

 オカアサンはびっくりしてその場から動けなくなりました。


 あっという間に、麗しい男性が目の前に。

 オカアサンの胸は、年甲斐もなく早鐘を打ちます。

 と、


「オカアサン、約束は守りましたからね」


 いつもよりもうんと低くて小さい声ですが、どこか聞き覚えのあるその声は……。


「えっ! シンデレラなの!?」


 涼しい笑顔を浮かべた彼、いや、彼女は、シンデレラそのひとだと黙って頷いています。


「あ、あなた、その格好は……」


 腰を抜かしそうになっているオカアサンの横に、いつの間にか娘たちが戻ってきていました。


「それって、鬼滅の刃?」

「私だったら、東京喰種が見たかったなあ」

「それならソードアート・オンラインは?」


 2人がシンデレラに向かって聞き慣れない言葉で話しかけています。


「何なの、あなたたち」


 オカアサンが目を白黒させて、それでもなんとか尋ねると、


「この子の格好はね、コスプレっていうの」

「そうそう。有名なアニメとかマンガとかゲームのキャラになり切るんだけどね」

「かなり出来がいいよ、うん。はっきり言って、スゴい」


 娘たちが説明をしてくれている間にも、4人の周りにすごい勢いで人が集まってきています。

 その時。突然、大きな声が響き渡りました。


「王子様、ご登場。皆様、お下がりください」


 声が聞こえると同時に、黒いスーツ姿の集団がこちらに向かって来るのが見えました。

 威圧感たっぷりの集団が4人の前に着くと、集団を割って中から現れたのが、制服のような詰め襟のような服の上に白いマントを羽織った長い黒髪の小柄な女性。


 あれ? さっき、王子様、って言ってた気がするんだけど……

 なんてオカアサンが思う間もなく、


「その姿、とてもお似合いです。よかったら私と一緒にあちらのVIPルームでお話しませんか?」


 少し甲高い作り声が、声の持ち主がオトコであることを告げているかのようです。

 声の持ち主は、男装のシンデレラだけを熱く見つめています。


「もちろんです。カナヲサマ。でも、胡蝶しのぶサマもお似合いになりそうですね」


 クールな笑顔を浮かべたシンデレラは、声の持ち主の手を取ると、ひざまずいてその手にそっと口づけをしました。


 キャ~♡キャ~!


 あちこちから黄色い悲鳴が飛び交います。


「なんかここ、意外にヲタ比率高いワケ?」

「いや、そんな縛り、聞いてないよね?」

「もしかして、この舞踏会って、コミケ代わりの沼だったのかな?」

「だからそんな話、知らないってば~」


 娘たちがひそひそ話をしているうちに、シンデレラと小柄な女性、そして黒いスーツ集団は、あっという間に広間の奥の扉の向こうに消えていってしまいました。





 帰りの馬車の中。


「結局、アレはどういうことだったの?」


 ようやく落ち着いて話ができる環境になったところで、オカアサンは娘たちに尋ねました。


「見ての通りでしょ?」

「そうそう。シンデレラは男装のレイヤーで、王子様は女装レイヤーだった、と」

「そりゃ、変わった趣味、って言われるかもねえ、王子様」

「まあねぇ」

「でも、今時コスなんて珍しくもないし」

「うんうん。それに似合ってたよね、2人とも」

「ほんと。レベル高かったよ」

「マジでコスもメイクもハイクオリティだった」

「ママ、だから、あの子のこと、心配要らないよ?」


「どういうこと?」


「だって、あれだけのコスチューム自分で作って、メイクもあんなに完璧なんだもん。私たちよりよっぽど裁縫も身の回りのこともできてるよ、あの子」

「そ。それにあんな趣味、隠してるんだったら、そりゃ部屋に誰も入れさせないワケだよー」

「アハハ。そりゃそうだ」

「それにしたってよく猫かぶってたもんだよね」

「ほんとほんと。勉強しかしてないみたいな顔して、あんな完璧なレイヤーなんだもん。びっくりだよー」

「だからママ、あの子、勉強だけじゃなくって、他のこともできてるみたいだから、余計なこと言わなくていいよ」

「っていうか、あの子、今回、参加したのは、私たちにカミングアウトしたかったからなんじゃない?」

「あ、なるほど~。だろうね」

「可愛いトコあるね」

「ほんと。思ってた以上に素直で可愛いコだよね」

「うん。あ、でも、これでさ、あの子、王子様ゲットしちゃったらスゴくない?」

「あ、それ、すっかり忘れてたー!」

「ゲットしちゃったら、私たちもいいひと紹介してもらおうよ!」

「それ、いい! サイコー♡」

「そうなったら、ママ、シンデレラ様様だよ?」


 疲れ切っていたオカアサンは、2人の話の半分も聞き取れませんでした。でも、とにかく2人が楽しそうで、しかもシンデレラのことを大事に思っていることだけはしっかりと伝わってきました。それが何より嬉しくて、ホッとして目を閉じると、馬車の揺れに身を任せたのでした。








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