第8話 白雪姫は噛じらない


「白雪ちゃん、福島からリンゴが届いたんだけど、食べない?」


「そろそろジムに出かけようかと思っていたんですが。お義母さん」


「あら、ごめんなさいっっ。私ったらほんとタイミングが悪くて……いいのいいの、帰ってからでいいんだから。気にしないでね?」


「ああ、でも、少しならトレーニング前に食べても悪くないはずですし、やっぱりせっかくですから一口頂いてから行くことにしましょうか」


「ほんと? いいの? 嬉しい~っ♡ じゃ、急いで剥くから待っててね。それとも丸のまま噛じっちゃう?」


「……さすがにそれは……。万一、私に何かあったら、お義母さんが一番に疑われてしまいますから。まあ、噛じったところで血の一滴も出ない自信はありますが」


「うぅ。若いっていいわぁ。羨ましい~。私なんてこの前、歯医者に行ったら、歯肉炎だって言われちゃったのよ? それでこれから毎週、通わないといけなくなっちゃって。ああ、やだ、やだ」


 楽しそうに話しながらお后さまは手際良くリンゴを剥くと、ガラス皿に盛りフォークを添えて白雪姫の前に置きました。


「はい、どうぞ召し上がれ♪」


「ありがとうございます。では、頂きます」


 シャリッ、シャリッ。

 歯切れのよい音を立てて白雪姫がリンゴを頬張ります。口の中が空になったところで


「ああ。これはとても美味しいリンゴですね。瑞々しくて、中に蜜が入っていて甘くて、それでいて爽やかな酸味もあって。いくらでも食べられそうです」


 そう言って、小さく頷きました。


「あ~、よかったあ。白雪ちゃん、食べ物には特に厳しいから、美味しくなかったらどうしようってドキドキしてたの」


 お后さまは胸に手を当てて子供のような笑顔を見せると、新しいリンゴを手に取り、また剥き出しました。


「……お義母さん。いくらでも食べられそうだとは言いましたが、いくらでも食べるとは言ってないんですが」


 白雪姫が困惑気味に言いましたが、お后さまは笑顔のまま剥き続けます。


「ふふふ。心配しないで。これはジムの皆さんへ差し入れる分よ」


「とんでもない、そんなことまでして頂かなくても」


「あら。こういうものは、美味しいうちに皆で食べた方がいいのよ。それにあなたが通うジムなら、皆さん、やっぱり健康意識の高いひとばかりなんでしょう?」


「それが必ずしもそうとは言い切れません。今日のジムの男性インストラクター2人は技術はたしかなんですが、どうもノリが軽すぎて正直、疲れます」


「今日のジム、って、なぁに?」


「クライミングです。つい先頃、街外れのお城でオープンしたばかりなんです」


「ああ。あの、お姫様がいるって話題の」


「ご存知でしたか?」


「ご存知も何も、そこの女性専用写真スタジオが超人気で予約が取れない、って私のお友達の間でも評判なのよ?」


「そうなんですか。スタジオの方はよく知らないのですが、お城のオーナーのお姫様は本当に美しい方で。そうですね、少しお義母さんに似ている気がします」


 そう言った白雪姫の頬が、なぜかポッと薄く染まりました。


「あら。まあ。そうなの? それは嬉しいこと♡」


 お后さまの目尻もさらに下がります。


「だったら、ジムの方ではなくて、そちらのお姫様にリンゴを持っていったらどうかしら?」


「……ああ。私としてはその方が嬉しいです。彼女、ひとり暮らしで、あまり食べ物に気を遣わないらしく、少々心配だったので。それにこんな可愛いウサギさん、あのインストラクターたちにはもったいないです。彼女ならきっと喜んでくれることでしょう」


 お后さまが剥いたウサギ型のリンゴを覗き込みながら、白雪姫は小さくため息をつきました。


「それにしても器用ですね。私にはとても真似できない」


「ええ? そんなことないわよ? 白雪ちゃんだって練習すればすぐにできるようになると思うわ」


 お后さまが励ましても、白雪姫は首を横に振ります。


「……この前も言われたんです。鏡に。

『おまえは世界で一番美しい筋肉を持つ女性だ。頭のてっぺんから指先に至るまで、全てが完璧な筋肉に支配されている筋肉姫だ』と。

 ですから体を鍛えることには向いているのでしょうが、それ以外の事には適していないように思われます」


「え? 何、それ? あなたの鏡って、ホメてるようでいて、なんだか微妙にバカにしているようにも聴こえるんだけど??」


 驚いたお后さまは目を丸くしました。


「あ、でも、私の鏡もかなり口が悪いのよ? この前は

『同年代の中では今でも一番美しいよぉ~。顔だけは、ね~? 同年代の中だけでは、ね~? でも、そろそろ鍛えないと劣化が始まっちゃうからねぇ~、頭ははじめっから劣化してるっぽいし、ね~? このままだと同年代一番の座もヤバくなるかもよぉ~?』

 って警告されたんだから」


 そう言って頬を膨らませたお后さまに、白雪姫が珍しく身を乗り出しました。


「お義母さんの鏡の方がよっぽど失礼だと思います。でも、そういうことなら話は簡単です。体を鍛えることにかけてだけは私、知識も経験も自信もありますから。なんと言っても鏡のお墨付き、お任せ頂ければ何でもお手伝いいたします。


 ……そうだ。よろしければ今日、この後、一緒に出かけませんか? ジムでトレーニングもできますし、直接、オーナーのお姫様にリンゴも渡せますし」


「え? 一緒に行ってもいいの?」


「もちろんです。お義母さんさえイヤでなければ」


「イヤなわけないでしょ! 嬉しい~♡ 行く行く! ちょっと待ってて。今すぐ支度してくるから♪」


 リンゴを入れたタッパーウェアのフタを閉め、クロスで包んでバスケットに詰めると、お后さまは猛ダッシュでキッチンを飛び出して行きました。



 ❖❖



 2人を乗せた馬車がお城に到着しました。

 門の前には長い行列。それを横目に、馬車から降りた白雪姫はずんずんと中に入って行きます。


「白雪ちゃん! 並ばなくていいの?」


 小走りで白雪姫の後をついていきながら、お后さまは尋ねました。


「いいんです。アレは男性方に大人気のアトラクションの行列なんです。よく見てください。列の最後尾に「眠り姫救出大作戦/Kissの栄冠をこの手に♡」と書かれたプラカードを持った人が立っているでしょう? 色々な障害をクリアしてゴールに辿り着くとそこにはKissを待つ眠ったままのお姫様が……、という設定のアトラクションで、ですから私達には関係ないんです」


 ジムとスタジオは会員予約制なのでそもそも並ぶ必要はないんですよ、と付け加えた白雪姫は振り返って、小走りになって後ろを追いかけてくるお后さまを見ると、慌てて立ち止まりました。


「……歩くのが速すぎました。気付かなくて申し訳ありません」


 追いついたお后さまの息が整うまで待ち、今度は横に並んでゆっくりと歩き出します。



 



 広い庭を突っ切った先に、コンクリート打ちっぱなしの無骨な城が現れました。

 城の壁には色とりどりの突起物がいたる所に打ち付けられ、屋上からは紐のようなものが何本も垂れ下がっています。


「なんだか不思議なお城だこと」


 お后さまが首を傾げて呟くと、


「アレがクライミングジムです。外壁に取り付けられたホールドを使って建物の下から上まで登るのです」


「ウソ!? あんな高い建物を? 危なくないの??」


「大丈夫です。安全確保のための設備は整っていますし、登攀ルートはレベルに合わせて選べるのです。もちろん、鍛えてもいますしね」


 説明している白雪姫のもとに、2人の若者が駆け寄ってきました。


「シロさん、こんにちは~。今日は美しいご婦人とご一緒だけれど、ジム見学の方ですか?」

「わぁ。ほんとにお美しい方ですね! もしかしてシロさんのお姉様とか?」


 細マッチョで今時風イケメンな若者2人は、あいさつもそこそこにお后さまに笑いかけます。


「ええー? おねえさんだなんてそんな……」


 頬を赤らめるお后さまの横で、白雪姫は苦笑いを浮かべました。


「こちらは母です。今日は姫に紹介しようと思いまして同行願いました。ジムには後で行きますので、また後ほど」


「えっ。こんな若々しく美しい方がお母様だなんて!」

「ほんとシロさん、ご冗談を」 

「あの。お仕事なんてする気はありませんか? 美しいお母様にぴったりのいい仕事があるんですけど」

「あ、もしかして、あのコース? だったらマジでお願いしたいなあ」


「申し訳ありませんが、母に仕事をさせる気はないので」


「いや、ほんとラクな仕事なんですよ。でも、とにかくオトナ美人でないとダメなので、なかなかぴったりな方がいなくてずっと探してた所なんです」

「もうね、こんな美しい方なら成功間違いなしなんです。もうね、人助けだと思ってぜひぜひお願いしたいんです。もうね、……」


 しつこい2人に業を煮やした白雪姫は、ポケットに手を入れると中からリンゴを取り出し、2人の目の前にその手を突き出しました。


「母からお二人にと言われて持ってきました」


 そう言って、白雪姫の手にグッと力が入ったように見えた瞬間。


 ぐしゃっ。


 ひしゃげたような音と共に、リンゴから汁がぴゅっっっと飛び散りました。

 白雪姫が握った手を上向きにして開くと……


 リンゴが真っ二つに割れているではありませんか。


 口をあんぐりと開けたお后さまと、若者2人。

 その2人に白雪姫は「どうぞ」と言いながらリンゴを半分ずつ渡しました。


「あ、あ、ありがとう……」

「うわ。わ、あ……お、美味しそ、う、だね?」


「お味の方は私が保証します。つい先程、家で食べてきたばかりなので。本当に美味しいので、ぜひお早めにお召し上がりください」


 そう言って白雪姫はウェットティッシュを取り出し手を拭くと、2人に軽く会釈をしてからお后さまを目で促して、さっさと歩き出しました。








「……白雪ちゃん。あなたの握力、凄いのねえ」


 しぱらく歩いてから、お后さまはようやく口を開きました。


「リンゴ、手で割るところなんて、私生まれて初めて見たわ」


「アレ、実は小細工をしていました」


 白雪姫の言葉に驚いたお后さまは、その顔を見上げます。


「……リンゴを潰せる握力というのは通常、80前後は必要だと言われています。クライミングでも鍛えていますが、さすがにその数字は女性の私には厳しいです。でも、ただ割るだけなら、コツさえ掴めば50そこそこでもできると聞いて、試したことがあるのです。その時に知ったのですが、リンゴの上と下に小さな切り込みを入れておいて、そこに力をかけると簡単に割れるのです。さっきお義母さんが出かける支度をしている時に、何かに使えたら面白いかと思って準備していたのですが、まさかこんな形でお披露目できるとは思っていませんでした。でも、喜んで頂けたようで、何よりです」


 涼しい顔をした白雪姫はずいぶんと冗舌でした。言葉を切ったところで立ち止まり、


「それより、こちらがお姫様の部屋です」


 白雪姫の言葉に促されて目を向けると、重たそうなドアが目の前に。


「失礼します」


 ノックしてから白雪姫が大きく開けたドアの向こう側は、お后さまにとっては異世界そのものでした。


 部屋一面のポスターや写真。そのどれもが美男同士の絡み合い。ゴージャスな家具の合間合間に、やけにファンシーなぬいぐるみや派手な色合いのプラスチック製人形などがこれでもかというほどたくさん並んでいます。部屋全体が極彩色のカオスで、目と頭がクラクラするようでした。


 その部屋の真ん中に、一際ゴージャスな寝椅子。そこに横たわった類まれなる可憐な美少女が2人を認めるなりむくりと体を起こして、


「おお。ゆっきーではないか♪」


 なんとも可愛らしい声を上げました。


「よく来てくれたのぅ。嬉しいことだ♡ で、そちらの麗しいご婦人は?」


「母です。今日は姫様に差し入れをと言うので、一緒に伺いました」


「なんと。ゆっきーの母上とな。それはそれは。


 お初にお目にかかります。私、この城の主、眠り姫と申します。

 ゆっきー、もとい、白雪姫様にはいつもお世話になっております。以後、お見知りおきを♡」


「いえ。こちらこそ、うちの白雪ちゃんと仲良くしてくださって嬉しいです。

 お近付きのご挨拶に福島産のリンゴを剥いてお持ちしましたので、よかったら召し上がってくださいな」


「それはなんといいタイミング!

 まさに今、何か食べたいと思っていたところでした。早速頂いても?」


「もちろん♪」


 お后さまはバスケットから包みを取り出してテーブルの上に広げました。


「わぁ! ウサちゃんだ~!!」


 リンゴを見るなりお姫様は歓声を上げて、食い入るように見つめています。


「こんなに可愛いの、生まれて初めて見た~♡

 こんなに可愛いの、食べてもよいのだろうか~♡」


 どう見てもウサギ型のリンゴよりもお姫様の方が百万倍は可愛いのですが、当の本人はとにかく舞い上がっているようでした。


「どうぞ、どうぞ。召し上がれ♪」


 お后さまに勧められたお姫様は「では♡」と言って、一切れ口に運ぶなり、


「うっっっ……」


 胸を押さえ、顔を下に向けてうずくまってしまいました。


「えっ? 姫様、どうしましたか??」

「やだっ。ウソ? 大丈夫? なんでなんで??」


 焦る2人がお姫様の側に駆け寄ると、


「……うっ、美味すぎる……」


 そう言って、涙を流しているではありませんか。


「実は、今朝から何も食べてなくって……し、沁みる……」


 ホッとした2人はその場にへなへなと座り込みました。その姿を見たお姫様は、


「あ、心配をかけてしまったようで、すまない。でも、こんなに可愛くて、こんなに美味しいなんて、もはや犯罪ではないか」


 謝りながら、照れ臭そうに言い訳します。


「いえ。それはお姫様の方でしょう」


 白雪姫が真顔で返すと、怪訝な顔でお姫様が問い返しました。


「どういうことか?」


「お姫様こそ犯罪級に可愛くて賢いと言いたいだけです。ああ、母もそうですね。今でもこんなに美しくて、こんなに可愛いリンゴが剥けて。2人こそ正しい姫君です。それにひきかえ私ときたら……」


 白雪姫が一瞬、黙り込んだ、その時。


 コンコンコンコン。


 突然、ドアをノックする音が響きました。


「失礼しま~す」

「オーナー、お邪魔しま~す」


 外からバカに陽気な声が聞こえたかと思うと同時にドアが開き、先程の若者が2人、部屋に入ってきました。


「なんだ? 来客中にいきなり」


 お姫様が眉間にシワを寄せても2人は気にする素振りも見せず、そのままの勢いで話始めます。


「オーナー、さっきシロさんがいいもの見せてくれたんで、またまたいいアイディア浮かんじゃったんですよ~?」

「ホントもう、シロさんサイコーです」

「あ、このリンゴ、さっきのと同じですか? お母様?」

「アレ? ホントこっちはずいぶんと可愛いなあ。同じリンゴとは思えない」

「いやあ、さっきはちょっと、いや、かなりびっくりしちゃいましたけど、あのリンゴ、マジで美味かったです。ありがとうございました!」

「めちゃ美味かったです。ごちそうさまでした!」

「で、ね。男性向けの例のお化け屋敷なんですが。ゴールで寝てるの、もうイヤだってオーナーが言うし、オーナーみたいな美人なんてそうそういないから仕方なくラブドール置いてるんですが、たまに不心得者が現れて警備の目を盗んで実際に使っちゃおうとするらしくって。あ、まだ未遂ですよ? 使われてませんからね? で、そういう輩がこれ以上出ないように、さっきシロさんがやったみたいなのを脅かし役にやらせたら抑止力になるんじゃないかと思いまして」


「ん? 何じゃ? さっきやったのとは」


 お姫様が口をはさむと、


「お見せしましょうか?」


 白雪姫はさっきとは反対側のポケットに手を入れ、リンゴを取り出しました。


「私にはウサちゃんは作れませんので、こちらで失礼します」


 そう言って、お姫様の目の前で、さっきと同じようにリンゴを割ってみせました。

 びっくりして目を点にしたお姫様はすぐさま


「ゆっきー、超カッコいいー!!」


 言うなり目をハートにして白雪姫に抱きつきました。


「BLの主人公だってこんなことできないから。もう、マジでホレちゃう~♡♡」


「あああ。シロさん、うちのオーナー取らないでくださいよぉ。あっちのアトラクションはオーナーの人気頼りなのに、シロさんに取られたら商売上がったりです」

「いや、もしかしたらコレも使えるかも?」

「コレ、って??」

「ジムで鍛えてリンゴを手で割れるようになったら女の子にもモテる、って」

「あー、そっちかぁ。なるほど~」

「お化け屋敷に来た客に不埒なことをさせないよう圧をかけると同時に、モテをエサにジムへの誘導を図る。完璧なプラン!」

「いいよ! それ。シロさん、本当にいつもありがたいです!」


「……いつも、とは何が、ですか?」


 白雪姫が不思議そうな顔を見せると


「気付いてないみたいですけどね、シロさん、あなた、ジムで隠れた人気なんですよ? 年齢性別国籍不詳のあのクールビューティーは誰だ、って」

「そうそう。アクション映画並みに壁をするする登っていく謎の八頭身美形、って評判で。シロさんが来る日に合わせて来たいって人、近頃多くて。ジムの集客に貢献してくれてるんです」


「……う、う、ウソでしょう……?」


「ウソなんてついてどうするんですか。シロさん持ち上げたからってオレたち別に得しませんって」

「そうですよ。なんなら黙ってた方が得なくらいですけど、いいアイディアもらってるんで、お礼代わりです」

「いや、アトラクションでソレ、仕事に入ってもらえるんだったら、給料はずみますけど?」

「なんならお母様もご一緒に働くとか、どうでしょう?」

「あ、それ、いいかも」


「働くとしたら、私は何をすればいいのかしら?」


 お后さまが嬉しそうに身を乗り出しました。


「ほんとはお母様には、新設したいと思ってる”熟女コース”のゴールでお姫様役をやってほしかったんです。でも、そちらだと拘束時間が長いんで、手始めにまず、今のコースで脅かし役に回るなんていかがですか?」


「脅かし役?」


「はい。シロさんが手で真っ二つにするリンゴを横から渡す魔女の役とか」

「血まみれリンゴでお手玉をするとか」


「あらぁ~、なんだか何やっても楽しそう♪」


「……そんな仕事なんてお義母さんがする必要はないです」


 気色ばむ白雪姫に、お后さまは笑いかけます。


「白雪ちゃんが私のこと心配してくれてるの、よく分かってる。ありがとう。嬉しいわ。

 でもね、私、やってみたいの。こんな年にもなって、こんな楽しそうなお話でのお仕事の依頼なんて、もう、まずないことくらい、よく分かってるもの」


「……そ、そんなことはありません」


「いやぁ、お母様なら読モでもインフルエンサーでも、まだまだ引く手あまただとは思いますけど?」

「ええ。ボクもそう思います。でも、どうせやるならシロさんと一緒の方が楽しいですよねぇ?」


「おぅ。ゆっきーと母上と一緒に働けるなら、私もやってみたいくらいじゃ」


「オーナーはもういいですって。どうせすぐ飽きるに決まってるし」

「そうそう。それにすぐにBL沼に引き入れようとするし」


「ちぇ。珍しく労働意欲が湧いたのに、まさかお主らに止められるとは思ってもみなかった。

 あ、でも、BLと言えば、ゆっきー、そちは写真スタジオでもファンが続出してるのだぞ? ヘタな男よりよっぽどそそられる、ゆっきーが相手ならリアル百合に転向したっていいとかぬかしよるド阿呆まで現れる始末でな。

 もちろん、私のゆっきーに手を出そうとするヤツは全員、出禁にしようかと思っているから、余計な心配は無用だが」


「って、どうせオーナーはシロさん独り占めにしたいだけでしょ」

「なんならオレらの所に通ってるのだってヤキモチ焼いてるんじゃないっすか?」


「あ、バレた?」


「バレてますって。お得意のテヘペロ顔したって騙されませんよ?」

「そうそう。オレらも初めて会った時、その顔に騙されそうになったもんなあ」

「懐かしいなあ」


「……チッ」


「とにかく。シロさんとお母様が一緒でしたら集客力半端ないこと間違いなしなんで、週イチでもニでも構いませんから、是非ともお願いします。お二人が嫌がるような企画は絶対に作りませんので」

「お化け屋敷でなくても、なんならジムにいらっしゃるだけでもいいので、是非ご一緒に!」


「いっそスタジオでも良いのじゃぞ?」


「……さすがに今は、突然のことで頭がいっぱいですので、帰りまして家族とよく相談してからまた改めてお返事させて頂きます」


「あら。家族の私は即OKよ?」


「……お、お義母さんっ……」


「ふふふ♪ 冗談。 

 では、今度来る時は、お姫様。使いやすいペティナイフを買ってきますので、一緒にウサちゃんリンゴを剥く練習をしながらお話しましょうね」


「わぁ。教えて頂けるなんてかたじけない!」


「あ、ボクらも今度はそっちが食べたいです」

「ウサちゃんじゃなくていいですから、お母様が剥いたリンゴでお願いします」


「……では、私も一緒に剥く練習をします……」


「はーい。承りました。

 では、また2人で来ますので、白雪ちゃんのこと、これからもどうぞよろしくお願いします♡」


「こちらこそ!」「ウィ。マダム!」

「もちろんじゃ!」



 ❖❖




 帰りの馬車の中。お后さまは深々と息を吐き出しました。


「あー今日は楽しかった~♪ 白雪ちゃん、連れて行ってくれて本当にありがとう♡」


「……いえ。こちらこそ、なんだかお見苦しいところをお見せしてしまったようで恥ずかしいです……」


「あら、何が? 

 ところでひとつ気になってたんだけど、あの2人の男の子の名前、白雪ちゃん、知ってる?」


「……いえ。実は覚えてないんです」


「ああ、やっぱり? そうじゃないかと思ってたの。

 あのね、さっき名刺頂いたんだけど、私、記憶力に自信ないから、一緒に彼らの名前、覚えてくれないかしら。お願い♡

 それと、もうひとつ頼みたいことがあるの。

 私のトレーニング計画作って、それを私の鏡に言っておいてくれる? そうしたらあの鏡、少しは毒舌を控えるかもしれないから」


「それくらい、お安い御用です」


「ありがとう! 代わりといってはなんだけど、あなたの鏡に『ウチのコ、いじめちゃダメ!』ってクレームつけとくわね♪ 文句言い返してくるようなら、なんならケンカして鏡、叩き割っちゃおうかなあ」


「え? ち、ちょっとお義母さん、そんなことしたらケガしますからやめてくださいっ」


「ふふ。ケガするほどの力はまだないから大丈夫。これから白雪ちゃんに鍛えてもららうんだから、ね?」 


 お后さまはそこでようやく口をつぐむと、ふっといたずらっ子みたいな笑顔を浮かべました。


「そうそう。家に帰ったら、ウサちゃんリンゴ、一緒に練習しましょ? どれだけ失敗しても大丈夫よ。失敗したら、そのリンゴを使ってパイ焼いて、『継母印の毒リンゴパイ』とかって名前つけて、あのアトラクションとやらの待ち行列に売り込みに行くから♪」


 続けざま、今度は馬車の運転手に向かって、


「悪いけど、デパートに寄ってくださいな。ペティナイフを買いたいので」


 そう言うと、お后さまは白雪姫に向かって、それはそれはチャーミングなウィンクを投げてよこしたのでした。

 その顔を見た白雪姫は、やっぱりあのお姫様とお義母さんはどこか似ているなあ、と思いながら苦笑いを返したのでした。




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