第4話 桃太郎は旅立たない


 おば(か)あさんが川で水に足を浸して笑いながらマンガを読んでいると、大きな桃が流れてきました。よく見ると桃には『福島』とシールが貼ってあります。桃、特に福島のフルーツ街道の桃が大好物なおば(か)あさんは大喜び。ろくに働きもせずパソコンの前でカクヨム三昧の挙げ句、腰痛を訴えていたのも忘れ、嬉々として重い桃をひとりで家まで運びました。


 家に帰ると、山で芝刈りをしているおじいさんの帰りを待たず、こっそり独り占めしようと桃にペティナイフの刃をたてました。

 すると、


「止めてよ、そんな物騒なことするの」


 声が聞こえたのと同時に桃が勝手に割れ、中から色白で桃のような頬をした神経質そうな男の子が現れました。


 これはもしや、巷で話題の、あの、桃太郎?

 だとしたら、桃は食べられないみたいだけど、この子を育てていれば後できっと、もっといいことがあるに違いあるまい。

 そう考えたおば(か)あさんは、


「ごめんよ、おまえが入っているのを知らなかったものだから」


 と謝りました。


「そういうことなら、まあ、許してあげるけど。ぼく、下品なこととか乱暴なこととか全然ダメだから覚えておいてよね」


 ずいぶんと上から目線の返事が返ってきましたが、おば(か)あさんは笑ってうなずきました。

 もちろん、後から帰ってきたおじいさんは待望の男の子に大喜びです。蝶よ花よとばかりに可愛がって育てました。

 その結果、桃太郎はどんどんオシャレ男子に育っていきました。




 桃太郎はあっという間に大きく育ちました。にも関わらず、働かず、鬼退治の旅に出る気配もなく、ひたすらファッションチェックにいそしんでいます。おば(か)あさんはとうとうしびれを切らして問いかけました。


「桃太郎や。そろそろ働くなり、鬼退治に行くなりする頃じゃないのかね?」


「え?何、言っちゃってるの?」


「だって、桃太郎ってそういう設定じゃなかったかね?」


「あー、もう。これだから年寄りは」


 桃色の頬を膨らました桃太郎は、忌々し気に舌打ちしました。


「いちばん最初に言ったはずだけど?  ぼく、下品なこととか乱暴なことは嫌いだよって。覚えてないの?」


 言われてみれば、なんとなく聞いた気もします。


「そうだったっけねえ?」


「そうなの! それにね、そうでなくたって、イマドキ鬼退治とか流行んないから」


 鬼退治は、流行るとか流行らないとかで行ったり行かなかったりするものなのでしょうか? おば(か)あさんが口ごもりながらそう尋ねると、


「離島ブームで鬼退治が流行ったのも知らないワケ? 当時はやれサムイ島だの天国にいちばん近い島だのって流行ったらしいけど、今は別にそういうのは流行んないの。今はね、やっぱりホリエモンとか前澤とかが言ってる通り、宇宙でしょ」


 う、宇宙?!


「そ。宇宙だよ、今は。でも、アレは金がないと行けないからねぇ」


 稼ぎに行くどころか、金を出さないといけない話になってきました。おば(か)あさんは慌てて


「じゃ、鬼退治して稼いでから行きゃいいじゃないか」


 と言いますと、桃太郎は顔の前で指を一本立ててチッチッチッとわざとらしく音を立てながら


「だーかーらー。そういうの、無理。オシャレじゃないでしょ? ぼくはオシャレじゃないことはしないよ」


 平然と言い放ちました。


「じゃ、どうやってお金を稼ぐのさ?」


「そんなの、親の仕事でしょ?」


「そんなこと言ったって、私たちももう若くはないんだよ?」


「使えないなあ、全く」


 桃色の頬をさらに赤く染めた桃太郎は、


「だったら仕方ないから、ファッション系のインフルエンサーでも目指すか」


 と言って手元のスマホに目を落とすと、あとは黙ったっきりひたすらスマホを操作するばかり。おば(か)あさんには目もくれません。

 おば(か)あさんはそれ以上、話をするのを諦めて、隣に住む仲良しのオバ(カ)アサンの家に薄皮饅頭を持って出かけました。




 隣のオバ(カ)アサンも、同じ時期に流れてきた桃を拾っていました。ただ、彼女の桃からは男の子ではなく可愛い女の子が出てきたので、桃子、と名付けて大切に育てていました。

 おば(か)あさんが遊びに行くと、桃子はいつも笑顔で迎えてくれますが、それは夕方以降の話です。夕方まではずっと寝ていて、桃太郎と同じく何の働きもありません。起きてきてからも、やれヘアセットだメイクだ美容だと忙しく、何の役にも立たないのでした。


「こんにちは。おじゃまするよ?」


 勝手知ったる気安さで、おば(あ)さんが玄関の戸をガラリと開けると、ちゃぶ台で頬杖をついたオバ(カ)アサンが座っているのが見えました。


「薄皮饅頭持ってきたよ。一緒に食べようと思ってさ」


 声をかけると


「あら、いいわねえ」


 いそいそと立ち上がってお茶の支度を始めます。その背中に向かって、おば(あ)さんは、さっき桃太郎とした話を愚痴りました。

 急須を手にちゃぶ台に戻ったオバ(カ)アサンがため息まじりで答えます。


「それはうちだって同じよ」


「でも、あんたんちは女の子じゃないのさ」


「イマドキは女の子の方がよく働くし、出世する子も多いのよ」


 そう言われれば、たしかに。


「鬼退治どころか、世界を股にかけて活躍してる友達もいるのに」


 オジイサンの転勤で家族で海外に住んでいたこともあり、桃子はネイティブ並に英語が使えるのです。


「せっかくの語学能力も、昼間に起きられないんじゃ宝の持ち腐れだねえ」


「ほんとよ。別にバリキャリになってほしいわけじゃないけど、人並みな幸せは掴ませてあげたいのよね」


 オバ(カ)アサンは、おば(か)あさんと違って、いつも桃子の将来を心配しているのです。


「あーあ。桃太郎が働かないのは、福島の桃としてのプライドが高いせいかとも思うんだけど。桃子ちゃんも働かないということは、やっぱりブランド桃なワケ?」


「もちろんよ。私の生まれが岡山なものだから」


 オバ(カ)アサンは誇らしげに胸を張ります。


「やっぱり。桃ってそうでなくても『フルーツの女王』ってもてはやされてプライド高いのに、ブランド産地にもなるとなおさらだよねえ」


「そうなのよ。だから私、考えたんだけど」


 そう言ってオバ(カ)アサンが声を潜め、顔を近づけてきました。


「何、何」


 おば(か)あさんの声もつられて小さくなります。


「あのね、私、カフェを開こうかと思って」


「何それ、いきなり」


「だってね、あの子がまともに働けるとは私には到底思えないのよ。だったら、ほら、この前、読んだんだけど。本屋大賞取った本。それに出てくる子が、夜から開く喫茶店をやっていてね、それを読んで、あ、これならうちの子にもできるかもしれないって思ったの。それも、フルーツを使ったお店。どう?」


 どう、といきなり聞かれても、おば(か)あさんはその本を読んでいなかったので答えようがありません。ただ、フルーツパーラーを開く、というアイディアは悪くないように思えました。

 それに、フルーツパーラーなら、桃太郎も文句は言わないような気がしました。


「だったら、うちの桃太郎とふたりでやらせるってのはどうかい?」


「あ、それなら私も安心」


「なんで?」


「だって夜営業で女だけだと不安でしょ。変な客が来たらやっぱり怖いもの」


「あんなオシャレしか能のないのでも?」


「それでも一応、桃太郎でしょ」


「うーん。まあ、ねえ」


「だから私、これから稼ごうと思って」


「なんでそうなるワケ?」


「あら、喫茶店だってイマドキ開業するなら最低でも五百万は必要らしいわよ?」


「そんなに!?」


「そ。そんなに。だから早くお金貯めて、いい物件探そうと思って。でも、桃太郎くんも一緒にやってくれるんなら、開業資金は折半でいいわよね? だったら早く開けるから助かるわ」


 オバ(カ)アサンはそう言って薄皮饅頭をひとつつまむと、


「あ、よかったらこの前、田舎から送ってきたから食べてよ」


 とちゃぶ台の上の箱を開けました。箱には大きく「岡山銘菓 きび団子」と書かれています。


「……ありがとう。頂くよ」


 これを持って桃太郎が鬼退治に行ってくれたらどんなに嬉しいことか、いや、別に鬼退治でなくてもふつうに働くだけでもこの際いいんだけれど、と思いながら、おば(か)あさんはきび団子をひとつつまんで口に運びました。

 その横で、オバ(カ)アサンが熱心にスマホを見ています。おば(か)あさんが覗き込むと、それはLINEで送られてきた求人情報でした。

 おば(か)あさんはもはやため息も出ず、お茶をぐぐっと一気にあおり飲みするのでした。




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