悩めるオトナのためのバカバカしい童話集

満つる

第1話 かぐや姫は帰らない


「ねえ、かぐやちゃん。皆さんあんなに一生懸命、結婚を申し込んでくださってるのに、あなたどうして無理難題ばかり押し付けるの?」


「え~? だって私、結婚なんてしたくないしぃ」


「だからって、もう少し断り方ってもんがあるんじゃないかしら?」


「そんなふうに気ぃばっかり遣ってるからぁ、好きでもない男に押し切られて結婚する羽目になるのよぉ、オバ(カ)アサンったら」


「……。」


「私はそんなのまっぴらごめんよぉ。好きなことしかしたくないの。する気もない結婚なら、さっさと分かりやすく断ってあげた方が親切ってもんじゃない?」


「それでも皆さん、諦めてないみたいだけど?」


「よっぽどおめでたいんだか、身の程知らずなのねぇ。うちのオジイサンみたい」


 かぐや姫は鼻で笑うと、自慢のネイルを新しくするために馴染みのサロンへと出かけていきました。





「かぐやはまた遊びに出かけたのか?」


 苦虫を噛み殺したような顔でオジイサンが部屋から出てきました。


「働きもしないで金遣いばかり荒くて、アイツは本当の穀潰しだよ。せめて求婚者の誰かと結婚してくれたら、今まで使った分くらいの金は回収できるだろうに、それもイヤだと言いやがって」


「そんなこと言ったらいけませんよ。お金目当てであの子のことを育てたわけではないでしょう?」


 オバ(カ)アサンが諌めると、


「オレに楯突くつもりか? おまえだってオレに養われてる身のくせに、よくそんなことを言えたもんだ。生意気な。だいたいおまえが甘やかしてばかりいるから、あんなワガママに育ったんだ。責任取って、おまえが金、稼いでこいよ!」


 捨て台詞を残して、オジイサンは『竹取物語』をしにパチンコ屋に出かけて行ってしまいました。


 ひとり残されたオバ(カ)アサンはしばらく下を向いて唇をかみしめていましたが、意を決したように顔を上げると、小さいバックひとつ持って、家を出ました。





 オバ(カ)アサンが向かったのは、直売所裏の竹やぶ。かぐや姫と出会った思い出の場所です。直売所でタケノコ掘りを手伝った時に、オバ(カ)アサンがかぐや姫を見つけたのでした。直売所で買った野菜を食べさせ続けたのも効果があったのでしょうか、かぐや姫は類まれなる美しさとうたわれるほどに育ちました。

 しばらく来ていなかったからか少し記憶があいまいになっていましたが、それでも10分もしないで、かぐや姫との出会いの場所にたどり着きました。


「ここ。そうよ、ここよ」


 小さく呟きながら、屈んで地面の一角に手を伸ばそうとした、その時。


「何が、ここなのぅ?」


 オバ(カ)アサンの背後から、聞き慣れた甘ったるい声がしました。振り返らなくても誰だか分かります。かぐや姫です。


「ここにね、大切なものを隠しておいたの。誰にも見つからないように」


 オバ(カ)アサンは屈んだまま、答えました。


「私、知ってるわよぅ。ソレ、へそくりでしょう?」


「そうよ、それと、あなたの写真。それも、あなたと私の二人のか、あなただけの写真」


「分かってるわよぅ。それくらい。私、これでもかぐや姫なんだから」


 そう言うと、オバ(カ)アサンの横に並んで屈んだかぐや姫は、手をまっすぐに伸ばすと


「フィーバー、タ~イム!」


 とひと言。


 すると、なんということでしょう。伸ばした手の先の地面から、袋がすすすっと飛び出してきたではありませんか。


「あ、私が埋めた袋!」


 オバ(カ)アサンが言う間もなく、そのヒザの上に袋が飛び乗っていました。

 それだけではありません。きらきらと目にも眩しい白のバーキンが飛んできて、オバ(カ)アサンの目の前にとすんっと着地しました。


「なあに? コレは」


 バーキンを知らないオバ(カ)アサンは、怪訝な顔でかぐや姫の顔を見ました。


「これはぁ、私がこっちに来る時に持ってきたおカネ。この中から必要な分だけ出てくるのぉ。養育費に、って月の人たちが持たしてくれたのよぅ。だけど、オジイサンがあんなひとだったから、こりゃダメだ、って思って隠してたの。でも、とうとうオバ(カ)アサン、覚悟を決めたみたいだから、それなら二人で持って行こうと思って」


 かぐや姫はそう言ってにっこり微笑むと、オバ(カ)アサンの手を取って、立ち上がりました。




「ここは、なあに?」


 かぐや姫に導かれるまま竹やぶの奥まで来たオバ(カ)アサンは、あたりをキョロキョロと見回しました。

 目の前には竹を意匠に取り入れたモダンな平屋建てが建っていました。


「ここ? ここはねぇ、私たちのお店。特別にクマさんがデザインしてくれたの」


「私たち?」


「そう。オバ(カ)アサンと、私の」


「お店、って、何やるの? 私、なんにもできない、つまんない専業主婦なんだけど……」


「あー、もう。そんなこと言わないのぉ。ソレって、オジイサンに、オトコたちに洗脳されてるだけ。女の人だって、よっぽど能力が高いひとも多いのに、オトコたちが自分たちの利権を守りたくて、不当に女の人を貶めてきてるのに毒されてるのよぅ。オバ(カ)アサンはもっと自信を持っていいのよ」


 かぐや姫はそう言うと、オバ(カ)アサンの目をじっとのぞき込みました。きらきら光る美しいその眼に見つめられていると、言っていることの半分も理解できませんが、なんだか何でもできそうな気がしてくるから不思議です。これもかぐや姫の力なのでしょうか。


「でも、あなた、本当は月に帰らなくちゃいけないんじゃないの?」


「うーん。ま、そうっちゃ、そうなんだけどぅ。でも、オバ(カ)アサンが心配でまだ帰りたくないって言ったら、じゃぁその分、稼いだら許す、って言われたもんだから、お店開くことにしたのよぅ」


「で、お店って、何、やるの?」


「ホストクラブか、バー」


 かぐや姫の返事にオバ(カ)アサンは、目を丸くして口をパクパクしてしまいました。


「ほ、ほ、ほすとくらぶぅ?!」


「そ。いいでしょぉ」


 かぐや姫が艶然と微笑みます。


「初めは自分のことラノベに書いてみようかと思ったんだけど、先行作品があるみたいだから諦めたのよぅ。で、どうせなら接客業やってみようかと思ってキャバクラ考えたんだけど、やっぱり自分がやるより、誰かにやらせる方がラクかと思って。で、それなら、ほら、言い寄ってくるあのひとたちにやらせればいいかと思いついて声かけたら、やるやる、ってそりゃあ、もう、その気になっちゃって。もちろん、女と言えど素性の悪い客は入れたくないから、会員制にするのでご心配なく」


「そんなツテ、あるの?」


「大丈夫。実はこれでも女子向け起業セミナーにずっと隠れて通ってたのよぅ。で、ビジネスプランも融資のメドもたってるし、何なら帝がスポンサーになってやるって言ってるくらいだからぁ。まあ、帝は、自分のところの持て余してる側室をストレス発散に送り込みたいだけみたいなんだけど、それならそれで上客だから、やっぱり悪い話じゃないし。だから、心配は要らないでしょう?」


「そんなしっかりした話なら安心そうだけど、逆にそんな話を聞いたらあのオジイサンが黙ってはいないと思うのよ……」


 オバ(カ)アサンが不安そうに眉をひそめると、かぐや姫はからからと笑いました。


「だから、これ。もらっといたから」


 一枚の紙を取り出して、ひらひらと振ってから、オバ(カ)アサンに渡しました。

「離婚届」と書かれたその紙には、見慣れたヘタクソな文字でオジイサンの名前などがしっかりと書き込まれていました。


「オバ(カ)アサンと離婚するなら、私を育てるのにかかったお金、まとめてオジイサンだけに払ってあげるって言ったら、あのひと、さっさと書いていったわよぅ」


 バカよねえ、ほんとに。

 そう言って笑うかぐや姫は、今まで見たこともないほど美しく、オバ(カ)アサンはつい、いつまでも見惚れてしまったのでした。








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