第6話 眠り姫は眠らない


「なあ。あのイバラだらけの城に美人のお姫様がずーっと眠ってる、ってホント?」


「って話だけど、誰も見たことないからなぁ」


「なら、オレらで行ってみねぇ? クライミングの練習がてら」


「って言ったって、アレ、ホールドじゃなくて、イバラだぞ?」


「ま、そうなんだけどさあ。ここらで練習できるところ、みんな登っちまったじゃん? だから、イバラがないところを探して登れそうなら、やってみる価値はあるんじゃないかと」


「高さ的にはやってみたくはなるよな。城だけに」


「だろ?」


「じゃ、行くだけ行ってみるか。でも、無理だと思ったら即、撤収するからな?」


「そりゃもちろん」


 2人の若者は早速、装備を準備すると、城に向かいました。




 昔は栄華を誇ったであろう城は今ではすっかり荒れ果てて、おとなう人もありません。さすがに門からは入れないので、周囲を囲むフェンスに穴が開いているところを探し、潜り込みました。


「なんだか何か出てきそうな場所だよなあ……」


「止めてくれよ。オレ、そういうの苦手なんだよ」


「あ、そうなの? 悪りぃ、悪りぃ」


 手入れされていない広大な庭は鬱蒼とした木々に覆われ、小声ででも何か話をしていないと不安になるような不穏な気配を感じます。

 やっぱり帰るか? と言い出したくなった、その時。

 大きな城が目の前に立ち現れました。


「うわぁ……」


「こりゃスゲエ……」


「近くで見るとパないなあ」


「ああ、マジ、ヤバいわ」


 イバラが絡んだ城はコンクリートの打ちっぱなし。凹凸の極端に少ないデザインはかなりモダンで、名のある建築家にでも注文して建てられたもののように見受けられます。


「これだけ突起物がない建物は珍しいよなあ」


「その分、クライミング心がそそられちまう」


「じゃ、いっちょ挑戦してみますか?」


「だな」


 急に張り切りだした2人は、注意深く城のまわりを見て回ります。まずはぐるりと一周、その後、登りたい場所を2人で検討しながらもう一周。3周目でルートを決定すると、身支度を整え、まずは一人目が城の壁に取り付きました。


「どうだ?」


「イザとなればトゲがあっても命綱代わりにイバラに掴まるさ」


「そうか」


「ただ、指先にトゲが刺さらないように気をつけないと」


「ああ、だな」


 登るにつれ難しくなるルート選択を、下からアドバイスをしながら励まします。それに対し、軽口で返す登り手。


「この壁、見た目より結構、手強いぞ」


「ああ、分かる。かなり時間喰ってるからな」


「でも、こりゃ久々燃えるわ」


「早くキメろよ。オレもヤリてぇ」


「そう急かすなって。一発でキメてやるから」




 そうこうするうちになんとか城の上まで登り切ることができました。


「おおー、いい眺め!」


「いいから早く降りてきて代われよ!」


「いや、オレがイケたんだからオマエも大丈夫、登ってこいよ。2人で上から撮ってSNSにあげようぜ?」


「……イケるか?」


「ああ。上から声かけるし」


「そう言うならマットも敷いたことだし、じゃあ、まあ、いっちょ気合い入れてヤッてみるか」


 そう言うと二人目も壁に取り付き、一人目がとったルートを登り出しました。




 二人目も無事、登頂。

 予定通り、2人並んで写真撮影。


「おおっ! いい感じじゃね?」


えるなこりゃ」


「ただ、あげるのはココ出てからな。でないと、不法侵入だから警察沙汰になるとヤバい」


「お。んなことまで考えてなかったわオレ」


「考えろよ」


「考えなかったけど、代わりにあの窓」


「ん?」


「ほら、ソコの」


 すぐ真下にある、小さな小窓を指差します。


「登ってくる時、あそこに人影が見えた気がするんだよなあ」


「おいおいマジかよ」


「マジ。でさ、それが例の噂のお姫様だったらどうよ?」


「どうよ、ってオマエ。そりゃ会いたいに決まってるだろ」


「でも、姫じゃない可能性もある」


「例えば?」


「オバケとか」


「だからやめろって。そういう話。マジ苦手だってさっき言ったばっかじゃん」


「だけどさ、こんな城で暮らせるか? それもお姫様が」


「……そう言われると、確かに」


「だからヤバいっちゃヤバいんだけど、せっかくここまで登っておいて、見ないで帰るのも、なあ?」


「言えてる」


「だからさ、覚悟キメて行ってみないか?」


「まあ、毒を食らわば皿まで、って言うしな」


「何、それ」


「やる時ゃヤル、ってコトだよ」


「おけ!」




 屋上から建物内に通じる扉には、意外なことに鍵がかかっていませんでした。


「おいおい不用心だなあ」


「でも、こんな所に来るヤツなんていないだろ? オレら以外に」


「だな」


 こそこそと言いながら階段を下りると、明かりが漏れている部屋が奥に見えました。


「ほら、やっぱり誰か、いる」


「ああ」


「ヤベっ。マジ緊張してきた」


「オレも。手汗かいてきた」


「どうする?」


「どうって、何を?」


「だから、どうやってあの部屋に入るか、って話」


「そりゃ、コンコン、ってノックして」


「で、中からミイラ男とかゾンビとかが出てきたらどうするんだよ?」


「だからやめろって言ってるだろオレ苦手なんだから」


「でも、中が見えないから何が出てくるか分からないけど、開けないと姫がいても会えないし」


「……仕方ない。バッと黙ってドア開けて、姫じゃなかったら『間違えましたっ』って頭下げてソッコー閉めて、ダッシュで脱出」


「女子風呂か女子更衣室かよ」


「そう、そんな感じ」


「まあ、他に手はないか。しょうがない。それでいこう。で、オマエが開けるんだぞ?」


「え? オレ?」


「そ。言い出しっぺだからな、責任、な?」


「げー。マジかよ?」


「マジ、マジ」


「……分かったよ。オレが開けるよ。その代わり、オレだけ置いて逃げるなよ?」


「そんなことしねぇって」


「裏切るなよ?」


「インディアン、ウソ、ツカナイ」


「何、それ」


「いいから行くぞ?」


「うぃ」




 ドアの前に立った2人は大きく息を吸い込み、顔を見合わせます。手前のひとりがそのまま息を止め、ドアノブをぐっと握って勢いよくドアを押し開ける……


 と。



 ドアの向こう側は、壁という壁がポスターで埋め尽くされていました。



 何のポスターか分からず、しばし見入った2人は、それがどうやら若いオトコの絡みが描かれたイラストもしくは写真ばかりであることに気づくと、一瞬で総毛立ちました。そして猛ダッシュで部屋の外に逃げようとしたその時。


「ちょーっと、待ったぁー!」


 いきなり甲高い声が響いたかと思うと、やにわにドアを開けた腕を掴まれたのです。


 思わず振り払おうと腕を見ると。


 掴んでいる手は意外にも華奢で、細い指は白魚のよう。指先にはキラキラのネイルが施されています。そして何やらいい匂いまでしてくるではありませんか。


 アレ?


 その女子力につい、目線を上げると。


 なんということでしょう。

 そこには類まれなる可憐な美少女が立っていたのです。


「うわぁ……マジかよ……」

「やべぇ……ホントに出たよ……大当たりだよ……!」


 2人の目は即座に♡マークに変わり、身動きできなくなりました。


「そなたたちは、新しい業者か?」


「?」

「??」


「この前、電話したスタジオレンタルの業者じゃないのか?」


「いえ、違います」

「オレら、いえ、ボクらは、お城に眠ったままのお姫様がいると聞いて、助け出そうと思ってやってきたんです」

(おい、よくとっさにそんな口からデマカセ言えるな?)

(うるせぇ黙ってろ)


「私がここの主だが、眠ったままではないぞ?」


「どうやらそのようですね」

「でも、どうやってここで暮らしているのですか?」


「ああ、それはだな」


 そう言うと、お姫様は2人に部屋に入ってソファに座るよう促しました。

 そして話し始めたことには、


「たしかに私以外の皆はずっと眠ったままだ。で、困った私は、以前ウチに務めていて定年退職したじいやに相談の電話をしたのだ。そうしたら、城の部屋を写真スタジオとして貸すといい、と教えてくれてな。それも女性レイヤーさん限定で貸すのが安心だというのでな、正直、何も分からなかったのだが、じいやのツテで貸し出したのだ。そうしたらコレが隠れた人気になったらしくてな。私ひとりが食べていくには困らないくらいは稼げるのだ。え? どうやって必要な物を購入して生活しているのか、って? なに、今時はネットで注文すれば、ドローンでなんでも届けてくれる。それに、それでも手に入らない物は、利用者に頼めば喜んで買ってきてくれる。できないこともやってくれる。皆、とても優しいのだ。そうやってレイヤーさんたちと付き合ううちに、すっかりBLにハマってしまって、だな」


 そこで口ごもり、頬を染めたお姫様は、2人の目にとても可愛らしく愛くるしく見えました。

(でも、BL好きなのは、な……)

(まあ、ソレはただの経験不足なだけで、リアルなオトコと付き合えば変わるかもよ?)

(お、ソレはアリかも!?)

(だからまだ諦めるのは早いって)


「ま、そんな訳で、食えてはいるのだが、税金を払えるほどではないので、差し押さえられてしまってな。で、もっと稼げるようにと、取引先を増やそうかと新しい業者とコンタクトを取ったばかりだったのだ」


「なるほど。お話はよく分かりました」

「それはさぞお困りだったことでしょう。ボクたちでお役に立てることならなんでもご相談にのりますよ」


「おお、そうか! かたじけない。では早速だが、」


 そう言うと、お姫様は身を乗り出し、


「コレ。このポーズを2人で取ってみてはくれないか?」


 マンガを開いて差し出します。

 見ると、若い男性2人がキスをしながら抱き合っているではありませんか。


「そ、それは、ちょっと……」

「コレは単にお姫様の趣味なだけではありませんか?」

(おいおいおい、やっぱコレ無理なんじゃね?)

(バカ諦めるのはまだ早い)


「あ? バレた?」


 テヘペロ顔をしたお姫様は、またこれがなんとも言えずに可愛いので、2人はつい、クラクラとしてきます。


「バレないワケはないでしょう」

「でも、いい考えが浮かびましたよ?」

(あー、やっぱメチャ可愛だわ)

(腐女子と分かってても可愛いもんは可愛いなあ)


「いい考え、とは何か?」


「この城は、広い。スタジオとして使うだけではもったいないです」


「でも、長らく手入れをしていないからボロボロだぞ? 修理したくても金もないし」


「修理しなくても、そのままで使える方法がありますよ?」


「それは一体どのような?」


「ボクらは今、城の壁を登ってここまできたんです。この手だけで。実はそういう競技がありましてね。今度のトーキョーオリンピックに正式種目として採用されたので、今、とても人気があるスポーツなんですが、なにせ練習できる場所はまだまだ足りない。なので、城の壁にはびこったイバラを取り払って、コンクリートむき出しの状態にして、安全を確保できる最低限の整備さえすれば、すぐにでも客がつくと思います」


「おお、それは面白い話だ」


「それだけではありません」


「ん? まだあるのか?」


「はい。ボロボロなのを活かして、お化け屋敷にするのです」


「お化け屋敷とな?」


「はい。元々ボクらがここに来たのは、『城の中に眠ったままのお姫様がいる』という話を聞いたからなんです。この噂話を利用しない手はない。『たくさんの亡霊や化け物をクリアしたその先に美しいお姫様が眠っていて、アナタのキスで目覚めるのを待っている』とでもうたえば、男性なら間違いなく飛びつくはずです」


「そ、そ、それは無理ー! オトコとキスなんて死んでもできないーっ!!」


「だから、それはただの広告ですって。あなたはただ寝ているだけでいい。実際にキスしようとする輩が出ないように柵か何かをきちんと設けますし、万一の時に備えてボクらが必ず隠れているようにしますから」

(マジそんな面倒なことするの??)

(ソコが彼女の信用を勝ち取るツボなんだろーが)

(あー、なるー)


「それならまあ、考えてもいいが……。でも、お主らなぜ、初めて会ったばかりの私にそこまでの知恵を授け、なおかつ親切な申し出までしてくれるのか?」


「それは、お姫様を助けたい一心でここまで来たからです」

「そのために城の壁を登ってきたボクたちの誠意を分かっては頂けませんか?」

(マジ、こんな可愛子ちゃんじゃなければ、死んでもそんなことしないわな)

(そうそう。これだけのルックスで、しかもこんなウブな子、まずお目にかかれない)


「城の外側はクライミングに。城の中は、今まで通り女性レイヤー専用写真スタジオと、新たに男性向けとしてお化け屋敷。これで一気に3倍は稼げますよ?」

「お化け屋敷としての内装は、レイヤーさんたちに協力してもらえれば、安上がりにできるんじゃないですかね?」


「うーむ。たしかに彼女たちもノリそうな話ではあるなあ」


「でしょう? だったらこの話、ボクたちすぐに企画書にしてまとめますから、さっさと契約しちゃいましょうよ」

「そうそう。善は急げ、ですよ?」

(こんな大魚、逃してなるものか)

(ぜってー話まとめて稼いで、ついでに姫GET!)


「……分かった。本当ならじいやに相談して、会ってもらってから決めたいところだが、そなたたちを信じよう。良きに計らえ」


「ラジャー!」

「合点承知の助!」




 帰りは壁ではなく階段で下りて、地下を伝う隠し通路から敷地の外へと出た2人。

 気がつけばすっかり夕暮れ時、空がオレンジ色に染まっています。


「なーんか、すげえ1日だったなあ……」


「何言ってるんだ。これからが本番だぞ?」


「あー、企画書、ね?」


「それだけじゃない。あのお姫様をこれからどうやって調教していくか、よーく考えないと。グフフ……」


「調教、っておまえ?」


「ほら、あれだけウブなんだから、あーんな助平なコトもこーんなヤラシイことも、BL絡みで教え込めばなんでもできる気がしないか?」


「ば、ばかっ。それ以上、言うなっ」


「? 何で?」


「そもそもこのシリーズ、『性描写有り』って書いてないし、レーティングもつけてないんだぞ? それなのにそんなことおおっぴらに言ったら、運営からチェック入るかもしれないじゃないか。ヤバいだろソレ」


「なの?」


「知らんけど。でも、そういうコトって大きな声で言うなよな」


「そうか。まあそうだな。じゃ、後で2人だけでエロ本見ながら話そうぜ?」


「だーかーら。そうじゃなくて。オレたちだってヘタしたら貞操の危機だって分かってるのかよ?」


「どゆこと?」


「だってアソコ、女性レイヤーの巣窟なんだろ? だとしたら、ひとりひとりは非力でも、腐女子が集まって襲おうと思えば、オレら2人くらいなんてことないかもだぜ? 2人で無理やり絡まされて同人誌で晒し者にされるとか、写真撮られてネットに流失とか」


「ギャー、それはイヤだーっ!」


「だからあんまし変な悪だくみはしない方がいいって。あくまでも金稼ぎ&お姫様助け、くらいにしておいた方が無難だと思う」


「そうか……」


「で、うまく軌道に乗って、確かな信頼を得てから、口説けばいいじゃん」


「お。正攻法ですな?」


「急がば廻れ、ってコトだよ」


「おまえってホントことわざ好きな?」


「うるせ。それに『インディアン』はことわざじゃないぞ?」


「そなの? ま、いいよ。分かったよ。どうせ作者、めんどくさがりで、自分で『ぐうたら』って書くようなヤツだから、すぐにタグ変えたりレーティングつけたりするワケないもんな」


「そういうコト」


「だったらゆっくり口説くとしましょうかね。その頃にはエッチいの書けるような態勢にしてるかもしれないし」


(そ、それは、ちょっと……)


「ともかく、あのお姫様にはウブなまま眠っていてもらうのが一番♪」


「間違えてもBL好きなのはお化け屋敷の客だけにはバレないようにしないとな」


「でも、オレら知っててもアリと思ってるってどうよ?」


「ま、可愛けりゃだいたいのことは許せるのさ」


 そんな話をしながら帰りがけに2人は本屋に立ち寄ると、エロ本ならぬビジネス書をしこたま買い込んで、ついでになぜか店員の目を気にしつつもBLまで買って帰ったのでした。















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