最終話 歩き出すのは自分の足で
――生きる、ということは人によって様々だ。
裕福な家庭に生まれて不自由なく暮らすことができるかもしれないし、お金のせいで甘やかされて常識がおかしくなる可能性がある。
貧乏でも清く生きる人間も居れば、耐えかねて犯罪をする者も。コンプレックスで人を貶めるかもしれないし、義家族だからと虐げることだって、ある。もしかしたら勘違いで友達を失くすことだって。
……だけどそれらは自分の行動で変えることができる。
時にはそれも難しいかもしれないけど、時間が解決することがあるかもしれない。
待つだけではなにも変わらない。
俺はもう一度踏み出した次の人生で今度こそ幸せになるために生きると決めた。
そしてそれは今でも――
◆ ◇ ◆
「そんなことがあったの!? 私もAクラスなんだから呼んでくれれば良かったのに……」
「いやあ……パティ、君を危険に晒したくなかったからさ……」
「ヨグス君……。ん、でもみんなが無事で良かった! 私と入れ替わりだったヘレナさんには会ってみたかったけど」
パティの店に寄ったヨグスがリースとの戦いを語り、パティが頬を膨らませていた。
後から入って来た彼女もAクラスの一員だが、戦闘スキルはルシエールよりも高くなかったためヨグスは声をかけなかった。……恋人を危険に晒したくなかったのだろうが。
「まあ、その内に会えると思うよ」
「それにしても……やっぱりラース君って凄かったんだね。彼に教えてもらったイチゴのショートケーキでウチは大繁盛だし。マキナちゃんとの結婚式は大きなウェディングケーキを作るつもりよ!」
「多分、もう少ししたらだと思うけどね。僕も仕事の都合をつけておかないと」
「ふふ、頑張ってね。次は一か月後、かな? 私はいつでも待ってるから」
「ありがとうパティ、それじゃそろそろ行ってくるよ!」
――オブリヴィオン学院 Aクラス ヨグス【鑑定】&パティ【パティシエール】
◆ ◇ ◆
「おめぇ金持ちになったんだろ? 魚屋じゃなくて他のことをすりゃいいのによー」
「別に金を持ってたって魚屋をやらない理由にはならねえだろ父ちゃん? なあシャルル」
<ですわ。わたくしはジャックと出会って可能性というものを知りました。ドラゴンとか人間とかスキルなどに拘らないのも在りようなのではないでしょうか?>
「シャルルちゃんに言われちゃ文句も言えねえな」
「なんでだよ!? ……ま、俺には過ぎた恋人だけどよ」
「ははは、分かってんじゃねえか。っと、ちょっと表へ出て来るぜ」
ジャックの父親が店の外へ向かうのを見ながらジャックが頭を掻き、不貞腐れた顔で呟く。
「……分かってんだよ。どうやっても俺が先に逝っちまうこともよ。いいのか、本当に?」
<……もちろんですわ。ですけど、わたくしにちゃんと生きがいを残してくださいましね?>
「まあ、出来るならな。先に結婚しないとだけどよ。はあ……まさかドラゴンと結婚するとは、学院入学したての俺に教えても信じてもらえねえんだろうなあ。全部ラースのせいだ」
<あら、わたくしは会えて嬉しかったですけどね>
「そういうことを言うなよ……」
ジャックは顔を赤くしてにっこりと笑うシャルルへ言う。彼女は後悔しないようにと真っすぐに好意を向ける。もちろん変なことをするジャックに怒ることもあるが。
「さて、仕事するかー。休みの日は王都にでも行くかね」
<ええ。お買い物をしましょう>
「そうだな……そろそろドレスで仕事は止めて欲しいし……」
<え!? ダメですの!?>
――オブリヴィオン学院 Aクラス ジャック【コラボレーション】 シャルル【アクアドラゴン】
◆ ◇ ◆
「はあ……やっと引っ越しが終わった……」
「お疲れ様ウルカさん♪ これで一緒に暮らせるのね」
「そうなんだけど、本当に良かったの僕で。今はヘレナに認められた立派なアイドルなのに」
「それとこれとは話が違います! わたしはウルカさんがいいんです」
「ミルフィ……」
二人が顔を近づけてキスをすると、引っ越したばかりの部屋の隅でスケルトンが動く。
「うむ、良きかな良きかな……」
「うわあ!? オオグレさん、見てたの!?」
「最初からでござる」
「もう、黙っているのは趣味が悪いですよ?」
「面目ない! しかし小さいころから見守って来たウルカに春が来たことを喜ばせて欲しいのでござる!」
「大げさだよ……」
ウルカが顔を赤くして詰め寄ると、じっと穴の開いた双眸をウルカに向けてからカタカタと口を開くオオグレ。
「……これで拙者も安心でござる」
「え?」
「【霊術】により今一度この世界で生きることが出来た。悔いはない」
「まさか……逝っちゃうんじゃ……」
「オオグレさん!? 嘘だよね、僕はまだ教わりたいことが……!!」
「もうウルカは十分できる男でござるよ――」
そう言ってオオグレはガクンと首を下げた。ウルカとミルフィは慌てて駆けより体を揺する。
「ちょっと、本気なんですか!?」
「オオグレさん! オオグレさーん!」
「うむ……」
「「うわあ!?」」
強く揺するとオオグレは頭を上げて呻くように呟き、そして驚く二人をよそに文字通りカラカラと笑う。
「い、いやあ、どうやって成仏するんでござるか?」
「知らないよ!? え、まさかノリで居なくなろうとしたの!?」
「つい……」
「ついじゃありませんよ……」
「もう、やり方が判らないなら一緒に居てよ。僕にとってお兄さんみたいな感じなんだしさ」
「お、おお……そうでござるな。二人がこうなるまで見守るとするでござるよ」
「その言い方はなんか嫌だわ……」
「まあいいや。荷物を出してから引っ越し祝いにラースの家に行こうか」
「ですね!」
――オブリヴィオン学院 Aクラス ウルカ【霊術】 準アイドル ミルフィ【ファンシーボイス】
◆ ◇ ◆
「ティリアは?」
「アイナちゃんのお家で遊ぶって朝からいないわよぅ」
「そうか」
「どうしたのぅ?」
「……いや、なんでも……あるか。長かったなと思ってな」
「……ベリアース王国のこと?」
学院が休みの今日、コーヒーを口にするティグレが珍しく笑みを浮かべてポツリと呟き、ベルナが尋ねる。
「ああ。これであいつも浮かばれるだろうか、なんて考えちまってな。福音の降臨……いや、教主の野郎が原因というのは分かってんだが、踊らされた国王にも同情の余地はねえ。ただ、終わったなって」
「……そうねぇ。不可抗力とはいえ、結果的に決着をつけられたものね」
「はは、だな。色々と絶望して教師になったのに決着をつけられるとは思わなかった。……実はラースのヤツは学院入学前からタダ者じゃねえと思っていたんだぜ?」
「ふふ、いつも言っているわね、それ。わたしに弟子入りしてきた時も驚いたわねぇ。今となっては前世がああだったら優しい家族を守るためにオーガにもなるってわかるわぁ」
懐かしい、と目を細めるベルナにティグレが肩を竦めて口を開く。
「ま、そうだな……。だけどあいつのおかげでお前とも知り合えて結婚できた」
「わたしが師匠にならなければ、ルツィアールに連れ戻されてサージュと一緒に暮らしていたかも?」
「ぞっとしねえな。サージュはいいやつだが、あの時は色々と面倒事が重なっていたしな」
亡き王女達のことを思い出すティグレは笑う。あれが無ければ今もただの教師を続けていたのかもしれないと。
「人生ってのはわからねえもんだな。なにもかも失くした俺が所帯を持つとは」
「いいじゃない。どこでどうなるか分からないけど、あなたはラース君とリューゼ君……え、色んな人達に真剣に関わったからご褒美をもらえたんじゃないのぅ?」
「神様にってか? ロクなもんじゃなかったが、少しあいつは可哀想だったかもな」
「それもまた、よぅ。それじゃ久しぶりに二人きりだし、デートでもする?」
「そうだな、独り身の学院長に土産でも持って行ってやろうぜ」
「ええ!」
――オブリヴィオン学院
教師&元ベリアース王国傭兵 ティグレ【武器種別無視】
教師&ルツィアール第三王女 ベルナ=ルツィアール【魔力増幅】
◆ ◇ ◆
「……まさか、ブラオがなあ」
「ふん……ワシも驚いておるわい」
「なんにせよ、エバーライドに行くのは寂しくなるね」
昼下がりのアーヴィング家。その庭で領主のローエン、ブライオン商会のソリオ、そしてリューゼの父であるブラオが話をしていた。
リューゼがエバーライドで貴族として迎えられることになったため一家そろって移住する。その前に旧友で集まろうとローエンが画策した。
「……お前も相変わらず甘い。ワシを友人として招くなど普通は考えられんぞ」
「そう言うなよブラオ。確かに色々あったし、恨んでいないというわけでもないさ。そのお茶になにか仕込んでいたり、とか」
「ぶっ!? げほっ!? き、貴様ぁ!?」
「はっはっは、そんなことする訳ないだろ。……ま、領主の座を奪われたのは俺が甘かったからなのは言う通りさ。それがなければデダイトがお前に殺されることも無かったはずで、企んだのはお前でも実は俺がしっかりしていれば防げたんじゃないかってずっと考えていた」
「ローエン……」
ソリオが寂し気な顔で俯き、ブラオがローエンを真剣な顔で次の言葉を待つ。
「だからデダイトを殺されそうになったことは怒りがある。だけど、状況を作ったのは俺のせいでもあると思う」
「……ふん、だから甘いというのだお前は。しかし――」
「ん?」
「奪うようなことをせずとも、努力すれば良かったんだろう。結局、息子が真面目に頑張った結果また貴族になることができた。妬んで友人の子を殺そうなどと、どうしてワシは……」
そう言って涙を零しながらブラオはテーブルに手をついて頭を下げる。
「本当に申し訳なかった。許されることではないのに許してくれたローエン、お前には本当に言葉が見つからない……」
「はは、あれだけ悪態をついていたのにな。人は変わっていける、俺はそう思っているよ。ソリオも娘に対して差をつけなくなったみたいだしな」
「あー……はは、ルシエールに叱られたからね僕は……お姉ちゃんだからって厳しくするなって。思っていることは口にしないと伝わらないんだって思い知らされたなあ……」
「俺はラース、ブラオはリューゼ君、そしてソリオはルシエールちゃんに助けられたって感じか。ははは、親としてちょっと情けない、か?」
三人がローエンの言葉を聞いて目を丸くした後に声を上げて笑う。その現場にリューゼがやってくる。
「おーい親父、引っ越しの日取りを決めるって母ちゃんが呼んでたぞ!」
「む、そうか……。ではワシは行く、二度と会わないということは無いだろうが、元気でな」
「まあ転移魔法とドラゴンのサージュが居るからすぐ会えると思うぞ」
「むぐ……で、ではな! いくぞリューゼ!」
「はいはい。それじゃおじさん達、また! デダイトさんとノーラによろしく言っておいてください」
「ああ、元気でね。騎士団頑張るんだよ」
ローエンがリューゼに笑顔で手を振ると彼等は文句を言いながら立ち去っていく。
「……あのブラオがねえ」
「いいじゃないか。ぶっきらぼうだがあいつはあいつなりに家族のことを考えていたのかもしれないよ。ニーナに手を出そうとしたのは調子に乗っていたと思うけど」
「はは、手厳しい。あ、そうそうルシエールとルシエラが――」
人は変われる。ラースの前世と今が変わったようにブラオもまた変わることができたのだ。そう思いながらいつかまた三人で集まれることを楽しみにするローエンだった。
――ガスト領主&ラースの父 ローエン=アーヴィング【豊穣】
ブライオン商会 頭首 ソリオ=ブライオン【商才】
エバーライド子爵 ブラオ=グート【薬草の知識】
◆ ◇ ◆
「なんか嬉しそうだったね、おじさん」
「目が赤かったけど花粉ってやつか? ……にしても、まさかバスレー先生が俺を貴族にするとは思わなかったぜ」
「他の人にもあの戦いに参加していた人に声をかけてみたっぽいけど、断ったみたいよ? Aクラスはリューゼだけみたいだし」
「マジか。欲が無さすぎんだろ……」
「……バスレー先生の思惑は『大臣にAクラスのメンバーを据えてわたしは楽をするんです』だったらしいから……」
流石のゲスさだとリューゼは苦笑する。ラースを筆頭に財政ならルシエール、騎士ならクーデリカ、交渉事ならジャックで、ウルカは執政官、宰相としてヨグスあたりならうまく行くかもと小さく頷く。
「お前は?」
「え? ……うーん、私はリューゼが居るからいいですよねって」
「……」
その意味は分かっていた。あえてナルをそうしなかったのはバスレー流の意地悪なのだと気づいて舌打ちをするリューゼ。
「そう、だな。向こうへ行ったら……俺と結婚してくれるか?」
「……うん」
「あー、もう! なんか言わされた気がする! クソ!」
「あはは、いいじゃない。結果は変わらなかった、でしょ?」
「……まあな。それにしてもまた貴族に戻れるとは……ラースと組んで親父を追い落とした時に覚悟はしてたんだけどなあ」
「リューゼが真面目にやってきた証拠よ。『自分で考え、分からなければ相談する』。ティグレ先生の教えを守って来たあなただからよ」
ナルにそう言われてそっぽを向くリューゼ。
あの時もがむしゃらに自分で正しいと思ったことをやった結果、父親は投獄された。
誰かに『お前は正しかった』と言って欲しかった。
それを長い年月を経た今、肯定されたような気がしたのだ。
「へへ……」
「なによ急に」
「いや、俺の相手がお前で良かったって話だ! ……新しい土地で暮らすことになるけど、俺が絶対守るからな」
「うん、ありがとうリューゼ」
――オブリヴィオン学院 Aクラス リューゼ=グート【魔法剣】 Bクラス ナル=グート【氷結】
◆ ◇ ◆
「リューゼ君も行っちゃうんだねー」
「バスレー先生のところなら案外楽ができるんじゃないかな?」
「そうかなー……? むしろ引っ掻き回されそうだけどー」
デダイトの言葉に訝しむノーラが通りを歩いていくリューゼとブラオ、そしてナルの姿を見ながらそんな話をしていた。
「母さんは?」
「ニーナさんのところに行っているよー。今日はアイナちゃんとサージュも王都だよー」
「そっか、父さんは下に居るけど久しぶりに二人きりだね」
「うん! それにしてもあの戦いは凄かったねー」
部屋のソファに腰かけるとノーラが開口一番でリースとの戦いを切り出して来た。恐らくリューゼとナルを見たからだろうとデダイトは笑いながら口を開く。
「本当だよ。小さいころからラースを見ていたけど、驚きしかないや」
「だねー。スキルを授かる時にハズレだって言われていてオラと一緒だって話しかけたんだよー。全然そんなことが無かったけど」
「はは、そういえばノーラから話しかけたんだっけ。まだノルトだった時、懐かしいなあ」
「うー……それは恥ずかしいから……」
ぽかぽかとデダイトの肩を叩いて顔を赤くするノーラの。その行動に優しい目を向けながらデダイトはノーラの頭を撫でながら言う。
「……その話しかけてくれたおかげでこうやってノーラと結婚できたけどね」
「あはは……リースちゃんは仕組んでいたって言ってたけど、ラース君とデダイト君に会わなかったらずっと孤児院で学院入学もできなかったかもしれないもんねー。……お義母さんたちには頭が上がらないよー……」
「もう家族だから遠慮なくね」
「うんー。そういえば昔、オラってラース君とデダイト君、両方と結婚できると思ってたんだよねー」
「ああ、あったね。……やっぱりラースは好きだった?」
一度は解決したことだが、結婚した今、あえて聞いてみるデダイト。するとノーラは唇に指を当ててうーんと考えた後にパッと笑顔で返す。
「小さいころは、それこそ会ったころはかっこいいと思ったけど、ずっと優しかったのはデダイト君だったからねー! 学院の入学式の時に結婚して欲しいって言ってくれたの本当に嬉しかったの。だからどっちをって言われたらずっとデダイト君を選ぶと思うよー?」
「……! うん……うん!」
「わわ、どうしたの!?」
デダイトはノーラを抱きしめた。
自分のやってきたことは間違ってなかった、そういう想いが溢れたからだ。
「何でもないよ。ラース達も早く結婚すればいいのに。僕達は子供が欲しいけど」
「うう……恥ずかしいよー。あ、でもラース君達はね――」
――ラースの兄 デダイト=アーヴィング【カリスマ】 クラスメイト ノーラ=アーヴィング【動物愛護】
◆ ◇ ◆
「さすがにもう事件は起きないで欲しいわ……」
「マリアンヌ様も苦労されますね……」
「まあ、男の子は元気が一番とは言うが……俺でも困るな」
「……? なんで僕を見るのお父さん?」
ニーナのところへ遊びに来ていたマリアンヌが一連の事件の愚痴をした後でため息を吐き、ギルドマスターのハウゼンが息子のトリムを見て『そこまで元気でなくても』と複雑な表情をしていた。
「まあ、トリムはおいおいとして……マリアンヌ様も気が気がじゃないですなあ」
「元気でやっているからいいんだけどね。驚いたのはラースに前世の記憶があるのを知っていたけど、最後の戦いの時に前世のお母さんも居たらしいのよね」
「え!? そ、そんなことあるんですか!?」
「わかんないけど、みんなが言うにはそうだったって。アイナがね、帰ってからラース兄ちゃんの昔のママがママに『ありがとう』って言ってたらしいわ」
「ありがとう、ですか……?」
「うん。ちょっと意味深だけど、色々意味が含まれているんだろうなって思ったわ。……一度、会ってみたかったわね」
「そう、ですね。私も母親になった身としてどういう想いでこの世界に現れたのかは聞きたいかもしれません。……前世は大変だったみたいですし今世は大丈夫か見守っていたんですかね」
ニーナがトリムの頭を撫でながら『自分もそうするかも』と呟く。
「そうねえ。多分、ウチの子達が別の世界に転生しちゃって私がそこへ行けるなら……行っちゃうかもね。もし生まれ変わった先で不幸なら……って思うもの」
「ふむ、生まれ変わりか……信じがたいが……」
「あなた、ラース様が生き証人ですよ?」
「まあな」
「ま、今後はきちんと顔を見せに帰って来てくれればなんでもいいけどね! みんなデダイトもラースもアイナもノーラもマキナちゃんもセフィロちゃんもみんな私の可愛い子供だからね!」
「あはは、マリアンヌ様は本当に強いですね! 私も見習わなくっちゃ!」
「お母さんはもう十分強いよ……」
「なんですって?」
「うわ!? ぼ、僕アイナちゃんのところに行ってきまーす!」
「王都に居るからねー」
ニーナの笑顔にただならぬ気配を感じてトリムは家を飛び出していく。
「ふふ、トリム君もいつかハウゼンさんみたいに強くなるかしらね?」
「さあなあ……スキルが戦闘向きじゃないし……ニーナに似たから争いは好きじゃない。どっちかと言えばデダイト君に憧れているから」
「あー。ま、いいんじゃない? スキルだけが人生じゃないし。魚屋のジャック君みたいに家を継ぐ子もいるしね」
スキルはあれば役に立つけど、それを仕事に活かすかどうか、もしくは活かせるかどうは個人次第。
マリアンヌはそれを二人に話して自由にさせてあげればいいと告げた。
「そう、ですね。大きくなったらどうなるか……楽しみは先にあるんですものね」
「ええ」
――ラースの母 マリアンヌ=アーヴィング【ホスピタリティ】
元アーヴィング家メイド ニーナ【裁縫】
ギルドマスター ハウゼン【体力倍化】
ニーナの息子 トリム【風の声】
◆ ◇ ◆
「これで……良かったんですかねレッツェル様。リース……」
「……私が言えたことでもありませんが、これで全て終わり……。世界は救われた、彼によって」
「で、私達は見逃されたんですか?」
「ええ、福音の降臨……アポス討伐に協力したという名目で。これで私の、僕の長かった旅は終わりのようです」
「どういう――」
「あなたと共に生きる。それがラース君に言われた僕の罪の償いができる唯一のことだそうで。これからはイルミとその子と静かに暮らしますよ。……スキルは無くなったようですし、ね」
「え? ずっと生きるんじゃ……」
イルミはスキルが無くなるなんて、と驚きを隠せないがレッツェルはテーブルに手を置いたままゆっくり頷く。
「……リースとの戦いの後、スキルが別のものと変わり【超越者】ではなくなりました。なのであなたと一緒に歳を取り、死ぬことができそうです」
「そんな……でも、やっと願いが……」
「ええ。最後の時まで一緒に居てくれると嬉しいですが……」
「いる! 居るに決まっているじゃないですか……! この子の為にも……」
「ありがとうございます、イルミ」
そういって笑ったレッツェルは今までのような冷徹だったり皮肉めいたものではなく、恐らく本当の笑顔だった。
「(僕の新しいスキル……【栄枯盛衰】とは皮肉が効いていますね。しかし、人も世界も栄えた後は必ず衰退する。それが永遠の命が無くなった僕によく合う。他にどういった効果があるか分かりませんが、今はイルミと生まれてくる子と生きて死ねることが嬉しい。命は一つきり。だから人間は一生懸命に生きるのだから――)」
――元・福音の降臨幹部 レッツェル【超越者】【栄枯盛衰】
イルミ【闇の糸】
???【福音】
◆ ◇ ◆
「ちっがーう! ハンバーグはもっとこうふんわりとして柔らかいんです! お手本を作りますから一日五十枚、ノルマで!」
「ええええ……」
「ははは、凄いなバスレー。まあ、ハンバーグはラース君には敵わないよな」
「陛下も食したことが? いや、そのラースという人を連れてきてくださいよ! コックにすればいいじゃないですか」
「……神様を倒した人物をあなたはコックにできますか?」
「え、いや……それは……」
「ちなみにわたしはできます。できますが、一言『嫌だ』で断られましたがね!」
コックはゴクリを喉を鳴らし『なんて人だ……』と冷や汗をかきながらまたハンバーグを作る作業へと戻っていった。
「ラース君を含めてほとんど断られるとは思わなかったよな」
「まさかリューゼ君しか手元に入らないとは……。まあ、諦めたわけではありませんが。次はトンカツを作ってもらわねばなりませんし」
「食い物ばっかりだな……。それで、元十神者のお兄さんたちは?」
「健康状態は問題ないですね。リリスがついていた彼女はもう目を覚ましていますし、その内お兄ちゃんも目覚めると思います」
バスレーはとりあえず焼かれたハンバーグにナイフを入れて切り分け始める。
エバーライドはライムが演説をし、バスレーが大臣の娘で王族であることを告げて民衆達から理解を得ることができたため安定しだした。
とはいえ、実際に大立ち回りをしてベリアース王国の兵士を撤退させたので十分信頼は勝ち取っていたのだが。
「最悪、ラース君を王にしたかったんですがね。彼はただの冒険者で終わる人物じゃないでしょう」
「そうだなあ。私が国王よりかはいいかもしれないけど、逆に国に縛るのも勿体ないんじゃないか?」
「ま、そうかもしれませんね。……今まで本当にありがとうございましたヒンメルさん。わたしはこれでようやく時間が動き出しました」
「うん、良かった……本当に良かった。それが一番の安心できる出来事だ」
「はい! 結婚式は盛大にしてラース君達を呼んで勧誘しましょう。ハンバーグ大臣とかで」
「それは来ないだろ……」
「はっはっは! 悲しいことがあったあとは嬉しいことが待っている! 人生そうありたいものですからね!」
――オブリヴィオン学院元教師&レフレクシオン王国農林水産大臣&エバーライド王国王妃 バスレー=ベリファイン【ハンバーグ】もとい【致命傷】
元レフレクシオン王国 財務大臣 ヒンメル=ベリファイン【理解】
◆ ◇ ◆
――ラース家
「セフィロちゃーん!」
「アイナちゃん、ティリアちゃん!」
「くおーん♪」
「アッシュも!」
庭から声がしてセフィロが駆け出すとアイナとティリアちゃんが遊びに来たようで、そのまま庭でラディナ達と共に遊び出す。
……あの時、セフィロが目を覚ました日は大宴会だった。
実際、旅立つ準備までしていざって時にあれはなかなかの肩透かしだったけど、俺達ならあんなものかもしれないとマキナが笑っていた。
あれからしばらく様子を見たり、一応は医者のレッツェルに診てもらったが特に健康状態に問題は無いらしい。むしろ生物学的に女の子で人間に『なっている』と言う。
そこで長く寝ていた理由は身体組織が変貌しているのでは、と推測する。
なんにせよこのまま生きてくれれば俺達に文句はないが、なぜという部分が分からないのが気になるかというくらいか。
「元気ねー」
「子供だからね。俺達だって十歳くらいの時はあんな感じだったろ?」
「まあね。あ、トリム君も来たわ」
「アイナはサージュだし、ティリアちゃんとくっつくかセフィロとくっつくか……?」
<呼んだか?>
「い、いや、なんでもない。ドラゴン達はどうしているんだ? ロイヤルドラゴンとか」
<ああ――>
一度サージュもロザ達と故郷へ戻ったんだけど、割と早く帰って来たから不思議に思っていたんだよな。
ロイヤルドラゴンは死期が近いなんて言ってたらしい。
ロザ達も人間界は楽しかったからまた来たいという。ロイヤルドラゴンを守らないといけないから島から移住する気はないそうだけど。
そう考えるとサージュとシャルルは上手いことやったような気がする。
<そういえばラースはこれからどうするのだ? セフィロが目覚めたから目的はもう無いんじゃないか?>
「ああ、だけど本当に緊急性は無くなったし、もうちょっとゆっくりしてもいいかなって。お金はたくさんあるしな」
<ふむ、たまにはドラゴン島にも行くか?>
「それもいいけど……ねえ、ラース」
「ん?」
急にマキナが俺の肩に手を名前を呼び、振り返ると彼女は珍しい提案をしてきた。
「ヘレナのご両親、サンディオラに居るじゃない? 折角だし久しぶりに会いにいきたいって」
「ああ、いいかもしれないな。ディビットさんにも会わないとね」
<我も行くとしようか。たまにはアイナ達に旅行をさせたいしな>
サージュの提案にまあ乗って行けばすぐだしと頷き、ヘレナに声をかけることに。
ウルカもこっちに引っ越してきたから連れて行こうと思ったんだけど、ミルフィに断固拒否されたのでマキナとヘレナ、俺とアイナ達を連れて行くことに。
そして――
「さて、と準備はできたかい?」
「うん! あ、来た来た!」
「え? ……なんでルシエールとクーデリカも居るのさ?」
「今度、旅をすることがあったら一緒に行こうって約束してたのよ!」
「……」
最近のマキナは彼女達と仲がいい。いや、前からだけど今では結構ガストの町に戻ったりもしている。
なにか企んでいる……にしても、悪いことは無さそうだし……。
近いといえば俺の誕生日。サプライズかなにかだと思ってるんだけど。
<では飛ぶぞ>
「はーい!」
「わくわく」
「どきどき」
アイナ達はおっかなびっくりゴンドラに乗り、彼女達も乗る。俺も乗るかと思ったところでマキナとクーデリカ、ヘレナにルシエールが固まってなにやらひそひそと話しているのが聞こえてきた。
(い、いいのマキナちゃん? そりゃあラース君のことが好きだけど……)
(うん、色々考えたけど。やっぱり好きな人と一緒がいいかなって。子供も多い方がいいし。あ、でも私が一番だからね)
(それはどうかなー? もしかしたらラース君の一番が変わるかも……)
(アタシはラースの子供ができればなんでもいいけどねえ)
……!? なんだなんの話をしているんだ……?
「え? まさかマキナ、ルシエール達も俺の嫁にするつもりか!?」
「あ、聞こえちゃった? うん、えっとねリースの件で独り占めは良くないなって思ったの。拗れてあの子みたいになるより、いっそ一緒に居た方が……ってね」
「マジか」
「うんうん、やっぱりカッコいいし。ラース君以上の男の子っていないんだよね」
「だから、いいでしょう?」
「よ、よろしくお願いします……! ってラース君!?」
俺はその瞬間、レビテーションで空を飛びその場を後にする。
「あ、逃げた!? サージュ、ラースを追って! 説得するから!」
<む、むう……>
「急いで!」
<わ、分かった! 許せ、ラース……!>
サージュがふわりと浮くのが見え、俺は全力で飛んでいく。
「おお……」
雲を抜けると青い空が視界一面に収まり、思わず目を細める。
下ばかりを向いて生きてきた俺。だけど上を向けばこんなにも綺麗な空があるのだと今はもう昔の前世を振り返る。
人は変われる。
だけど変わらなくてもいいものもある。
それを決めるのは自分自身。
生きるということは決定の連続だ。だから考え、悩み、そして選択する。
なにか自分にできることを見つけるために色々なことをする。それが器用貧乏なんだと俺は思う。
何事にも器用なためにあちらこちらに手を出し、いずれも中途半端となり、大成しないことと言われるがそうじゃない。なにかを見つけるためには色々やらなきゃわからないだろ?
だから人はみな器用貧乏なのだ。
「待ちなさいラース!」
「げ!? さすがはサージュ、速い……!」
さて、俺はこの先どうなるだろうか?
彼女達を受け入れて子だくさん?
冒険者として名を馳せる?
もしかしたら一国の王になってたりして。
それはまだ分からない。
だから俺は模索するのだ、器用貧乏を越えた超器用貧乏で俺ができる唯一のことを――
――オブリヴィオン学院 Aクラス
ヘレナ【ダンシングマスター】
クーデリカ【金剛力】
ルシエール【ジュエルマスタ―】
ラースの親友 サージュ【古代竜】
最強夫婦の娘 ティリア【W属性魔法発動】
ラースの妹 アイナ=アーヴィング【召喚】
ラースの恋人&転生者 マキナ【カイザーナックル】
転生者 ラース=アーヴィング【超器用貧乏】
…………&You
~FIN~
◆ ◇ ◆
~あとがき~
作者の八神です。
この度は『没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで』を最後まで読んでいただきありがとうございました!
これにて当作品は完結と相成りました。
これも応援していただいた皆様のおかげです。
気が付けば連載開始から二年と二か月が経ち、その間に書籍化も果たせました。
現在はコミカライズが進行中で、こちらも良かったらご愛読いただけると幸いにございます!
今回のテーマは『変化』が主となっていました。
虐げられた過去から生まれ変わって前向きになる。そんな成長物語を想定し、それを書ききれたかなと思っております。人はなかなか変われない。だけど環境で変わることだってある。そんなメッセージを受けていただけたら嬉しいですね。
今いる環境が最悪なら自分で考えてできることからやり、抜け出す努力をするのは泥臭いですが恥ずかしいことではないですし、未来を見据えるなら必要だと私は考えます。
途中、不明瞭な点などがありご迷惑をおかけしました。
完走できたこと、繰り返しになりますがみなさまのおかげです! 本当にありがとうございました!!
現在はアルファポリス様にて『久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い』という作品を書いており、書籍化進行中です! こちらも是非お願いいたします!
それではまた、別の作品でお会いできたら嬉しいです!
2022年9月17日 八神 凪
没落貴族の俺がハズレ(?)スキル『超器用貧乏』で大賢者と呼ばれるまで 八神 凪 @yagami0093
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